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9.大階段(2)
碧の横に、黄金色の浮舟が止まっていた。
空車だ。いや、空舟だ。
ピエロの仮面は、柱の天辺で、乗る人側に顔を向けて止まっている。
「ああ! これが案内板なんだ!」
碧が合点した。さすがだ。理解が早い。
「あ、そっか!」
陽と桃の声が、揃った。
それを聞いて、ようやく得心している。
「ほら、碧、乗って、乗って」
桃の肩に乗ったマダム・チュウ+999が、遠慮なく急かした。
乗れったって……。
おっかなびっくり、碧は水に浮かんでいる板に足を掛けた。
乗車スペースは、そんなに広くない。写生大会で使う、画板くらいだ。
よく見れば、二層構造だった。分厚い台の上に、薄めの板が乗っている。
よく、こんなところで踊れるな。
うにょん
両足を台に付けた途端、お面が動いた。
裏返ると、ぴったりと碧の顔に覆い被さる。
「うわ!」
何も見えない。
「ちょ、ちょっと! これ、どうすればいいの?」
振り切ろうとしても、お面はどこまでも付いてくる。無駄に高性能だ。
意に反して愉快なダンスをしている碧を助けるべく、ピンクネズミが素早く動いた。
桃から陽に飛び移り、筋肉二郎、一郎と順番に足蹴にする。
白鳥達が悲鳴を上げたが、おかまいなしだ。
しゅたっと、碧の肩に着地する。
マダム・チュウ+999は、ロデオみたいに振り回されながらも、碧に耳打ちした。
「唱えるのよ、碧」
そうか。これは案内板だった。
碧は、理解した瞬間に言葉を紡いでいた。
「カモン、サイネージ」
ぴたり
うにょうにょした動きが、たちまち止まった。
かっ
光が、お面の目から迸る。いつもと同じ、青白い光だ。
だが、今回は、あまり眩しくない。
両目から光を放ちながら、お面は元の位置に戻った。
立っている碧に、顔を向けて止まる。
目から光が消えた。音声が流れる。
『ご案内を致します。ご用件をどうぞ』
はー……
スワンズの上から、はらはら見守っていた陽と桃が、そろって安堵の溜息をついた。
碧も、息を吐き出した。ようやく、ちゃんと立てた。
なんだか、棒人間みたいだな。
黄金の柱が、胴体に見える。
お面の顔は、少し斜めに付いていた。
見上げられている感じだ。
マダム・チュウ+999が、乱れた碧の髪を、ちょいちょいと直してあげていた。
甲斐甲斐しい。
だが、碧は気付かずに、口早に問いかけた。
「花束の宴に案内して欲しい。ボックス席はどこ?」
『演目と出演者により異なります。今宵は、5作品が上演されます。ジゼル、コッペリア、リーズの結婚、くるみ割り人形、眠りの森の美女です』
困った。どれに出るかなんて、分からない。
「加羅みかげ、だ」
至近距離で、陽の声がした。
碧が横を向いた。
いつのまにか、白鳥から降りて来たらしい。
陽は、水が流れていない場所に立っていた。
だが、ズボンの裾が濡れている。
どこかで、流れに突っ込んだのだろう。
『エントリーを確認できました。ジゼルに出演します。』
よし。
碧と陽は、頷き合った。
「じゃあ、案内して。陽も乗って」
軽やかに、陽も板に飛び乗った。
その途端。
ブー
残念な音が鳴り響く。
『重量オーバーです。降りて下さい』
あっちゃあ
二人で、目を見合わせる。駄目だ。
「もう一台、来てるわよん。陽は、あっちに乗ったら?」
マダム・チュウ+999が、指し示した。
本当だ。どこからともなく、浮舟が到着していた。
どうやら、床に人が立っているのを感知して、迎えに来るらしい。
「いや、いいよ。俺は三郎に乗っていく。碧が先導してくれ。俺たちは、後を付いていくから。それでいいかなあ、一郎さん?」
「押忍!」
OKだ。
陽が駆け戻った。
途中で、また、じゃぶんと水の帯に突っ込んだが、気にもかけない。
首輪の鞍に手を掛けて、ひょいっと騎乗した。
碧にはできない芸当だ。
『直行して、よろしいですか?』
「ああ。出発してくれ」
碧が頼んだ途端、浮舟が動き出した。
「うわ!」
碧が、思わず、お面の端っこを掴んだ。
『そこに掴まらないで下さい。補助手すりを出しますか?』
「なんか分かんないけど、それお願い」
ういーん
柱の両脇から、輪っかが出てきた。
まるで、ハニワの腕だ。
いよいよ棒人間の様相を呈してきた。
碧が、慌てて両手で掴まる。
『ロージュまで、ご案内致します』
相変わらず、アナウンサーみたいな美声だ。
黄金の浮舟は、大階段に向かった。
ういーん
乗客がそっくり返らないように、足場の板に傾斜がかかる。
柱の長さと向きも、速やかに調整された。
なるほど。これなら、無理なく乗っていられそうだ。まあ、踊るのは無理だけど。
浮舟は、上に向かう水流に乗っかった。
右側は、下りだ。すれ違う胡蝶たちは、お祭り騒ぎ続行中である。
案内板に乗った碧。
続いて、陽を乗せた白鳥の筋肉三郎。
黒鳥の桃。
二郎が、その後ろに付き、殿はリーダーの一郎になった。
マッチョスワンズは、一列で上って行く。
「はぁ……。フォーマルも素敵なんだけどねえ」
マダム・チュウ+999が、碧の肩の上で溜息をついた。
タキシードの黒い生地に、ちょこん、と座っている。
「なに?」
「パーカーのほうが、居心地がいいわあ」
前回、前々回と、碧のフードはネズミの巣と化していた。
相当、気に入っていたらしい。
碧の唇が、少し弧を描いた。
「そいつはご愁傷さま」
「やだ! 碧ったら。そんな言い方、いつ習ったの? 堅ゆで卵野郎、そっくりよ。あんなの真似しちゃ駄目」
ぎゃあぎゃあ
先頭で繰り広げられる喧騒を見遣って、黒鳥が桃に微笑みかけた。
「仲がいいね」
「そうかな……?」
桃が、小首を傾げた。



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