ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

12.案内板(2)裏メニュー

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12.案内板(2)

「そうか!」
突然、大声をあげた碧に、暁がびっくりして動きを止めた。
戸惑いの目を向けてくる。

構わず、碧は暁に駆け寄った。
「こっちだ、暁!」
手を掴んで、暁をぐいぐい引っ張って行く。
珍しい。いつもと逆の構図だ。

二人は、舞台袖を抜けて、ステージに出た。
中央に、鏡が並んでいる。
碧は、ぐるりと迂回して、その前に立った。

7枚、弧を描く形で置かれている。
中央の鏡に、手を繋いだ碧と暁が映っていた。
ちゃんと鏡に戻っている。
のっぺらぼうのバレリーナは、もういない。

碧が、暁の手を放して、鏡を指さした。
「暁。ド・ジョーは、案内板を見ろって言ったんじゃない。案内板に聞け、って言ってたんだ」

暁も、記憶を蘇らせる。
確かに、そうだ。
「そっか。おかしいね。普通、見るとか、読むとかだよね」
国語の問題なら、バツがつくところだ。

目の前の鏡面には、二人の子どもが悠々と映し出されている。
これほど巨大な姿見は、めったにないだろう。

豪華さも際立っていた。
金色の太い縁飾りは、蔓バラの意匠だ。
花びら一枚一枚が、精巧に彫られている。

碧は、再び指さした。
今度は、枠の右下だ。
「暁、ここを見て」
ピエロのお面が、くっ付いている。
ぱっと見、分かりにくかった。同じ金色だ。

「この鏡、何に似てるか分かるか?」
碧の手が、もう一度、ぐるりと指し示した。
周りを取り囲んだ、お花の飾り。
そして。右下の、お面。

「あ!」
暁は、声をあげた。
頭の中で、画像がヒットする。
ここに来る直前に、使ったやつだ。

桜の花びらで囲まれた、スクリーン画面。
その右下で、キツネの顔が喋っていた。
お祭りの、お面みたいなやつが。

暁が口を開く前に、碧が答えた。
「うん。西センターにあった、電子案内板。デジタルサイネージだ」

暁は勢い込んだ。
「じゃあ、これがド・ジョーの言ってた案内板なんだ。でも、どこに書いてあるんだろ?」
鏡をぺたぺた触り出す。裏も覗き込んだ
でも、どこにも文字らしきものは無い。

「違うよ、暁。ド・ジョーは、聞けって言ってたんだ」

その言葉に、暁が息を呑んだ。
鏡面に触れたまま、碧を振り返る。
今、完全に理解した。

電子案内板のガイダンスが、暁の脳裏で再生される。
音声による案内をご希望の場合は……

ボイスコマンドだ。

「覚えてる?」
暁が、いたずらっぽく聞いてきた。
碧が、しっかり頷く。

鏡に、並んだ二人の姿が映っていた。
暁の右手は、まだ鏡面に触れたままだ。
鏡の中の少女と、手をかざし合っているように見える。

合計四つの口が、同時に、すうっと息を吸った。
そして、二人の声が揃った。
「カモン サイネージ」

かしゃん
途端に、鏡面が切り替わった。
真っ黒に塗り潰される。

さあぁっ
静かに、鏡の縁飾りから、青白い光が溢れ出した。
天辺からだ。そして、右と左に分かれて、ぐるりと鏡の枠を走っていく。

それは、さながら光の刷毛だった。
塗った後に、見事な彩色が施されていく。

バラは、つやつやと赤く。
絡まる蔓は、緑色に変わった。
まるで、本物の蔓バラが、真っ黒な鏡を縁どっているかのようだ。

ピエロのお面も、変わった。
顔は、ツートンカラーだ。
左半分が青く、右半分が白い。
口は、弧を描いて、赤く塗られていた。
青、白、赤。
フランス国旗の三色、トリコロールの配色だ。

二人で呆然と見惚れていると、お面から声が流れ出た。
女性アナウンサーみたいな、聞き取りやすい発音だ。
でも、お面に描かれた口は、動かない。

『ご案内を致します。ご用件をどうぞ』

「やったあ!」
暁が歓声を上げる。

「よし。合ってた」
ガッツポーズを取りつつ、碧は早口で畳み掛けた。
「西センターに帰りたいんだ。西センターへのアクセスは?」

綺麗な声が、即座に答えた。
『現在地は西センターです。到着しました。ご案内を終了致します。おつかれさまでした』

「おいおいおい、ちょっと待て。勝手に終わるな」
碧が、慌てて鏡に取り縋る。

すると、隣に立つ暁が、はっきり命じた。
「まず、現在地を表示して」

的確な指示だ。
鏡から体を離して、碧が、うんうんと頷く。
そう、それだよ。
本当に、この幼馴染は、度胸が良い。
自分には、到底、真似できない。

『はい。表示を作成します』
ブンッ
真っ黒な鏡面から、軽い音が響いた。

一拍後。黒い鏡面に、金色の線が走った。
縦に、横に、斜めに。
金色の筆が、すごいスピードで、イラストを描き出していく。

それは、高い建物だった。
各フロアーの見取り図も、表示されていた。
左右に、ぶち抜いた格好で浮かんでいる。
文字の表記はないが、見ただけで分かった。
これは、西センターだ。

だが、8階建てのビルを描き切っても、金色の線は、止まらなかった。
今度は、地下へと伸びていく。

暁と碧は、顔を見合わせた。
暁が、首を傾げる。
「西センターに、地下なんてあったっけ?」
碧が、即座に首を振って否定した。

地下1階の絵が完成した。
でも、まだ、線は伸びていく。

「もしかして、公にしていないだけで、実は地階があったのかな。防災用のフロアーで、秘密になってるとか」
碧の言葉が、尻つぼみになった。

それはないだろう。
自分にツッコんだ。
区の施設で、そんな秘密があったら、大問題である。

地下2階
まだ、あるみたいだ。

地下3階
それでも終わらない。

地階には、フロアーの案内図は付かなかった。
ただ延々と、建物の地下部分が描き足されていく。

とうとう、黒い鏡面の下部まで到達してしまった。
すると、線描画は、一気にスクロールされた。
地上の部分が、全て、上に追いやられて見えなくなる。

地下フロアーは、がんがん下に伸びていく。
何階あるんだ?
もう、数えきれない……。

絶句している碧の代わりに、暁が案内板に問いかけた。
「えっと、まだ?」
『はい。表示の作成は、途中です。中断しますか?』
「あと、どのくらいかかるの?」

しばし、沈黙。
固まったお面の表情からは伺い知れないが、考え込んでいるようだ。

『現在地を含めた表示を完成させるには、あと15分ほど必要です』 

ってことは。
15分もかかるほど深い地下に、この劇場は位置しているということになる。
驚きつつも、碧は冷静に判断していた。

「じゃあ、とりあえず現在地の説明をしてくれる? 作成しながら、できるかな」
『作画の速度が落ちますが、可能です』
暁の指示に、ピエロのお面が応じた。

『西センター上部は、地上8階・地下100階建ての建物から成ります。現在地は、その建物が乗っている、巨大な岩石の中に位置しています。地中に埋もれた岩石を()()き、その中に劇場を設けているのです。ガルニエ宮と呼ばれています』

淡々と、とんでもないことを言う。

「地下100階?」
暁が、素っ頓狂な声をあげた。
時間が掛かるわけだ。
しかも、岩の中?

真っ黒な鏡面には、延々と地階が描かれ続けている。
碧が、呆然と呟いた。
「ダンジョンだ……」

間仕切り線

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