ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

2.白鳥像(はくちょうぞう)(2)

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

2.白鳥像はくちょうぞう(2)

ふっと、桃(もも)は現実(げんじつ)に引(ひ)き戻(もど)された。
誰(だれ)かが話(はな)しかけてきている。

「え~と、」
前(まえ)に立(た)つ兄(あに)が、言(い)い淀(よど)んだ。
困(こま)った。何(なに)か尋(たず)ねているが、言葉(ことば)が分(わ)からない。外国(がいこく)から来(き)た人(ひと)みたいだ。

男女(だんじょ)の二人組(ふたりぐみ)だった。
女性(じょせい)の方(ほう)が、指(ゆび)をさしながら、何(なに)か言(い)ってる。

ああ、青(せい)銅(どう)像(ぞう)だ。
著名(ちょめい)な芸術家(げいじゅつか)の遺(い)作(さく)だそうで、ずっと西(にし)センターに飾(かざ)られている。
白鳥(はくちょう)が、四羽(よんわ)。今にも飛(と)び立(た)とうと羽(は)ばたいている作品(さくひん)だ。

「これ、ですか?」
陽(よう)は、日本語(にほんご)で応(こた)えながら、像(ぞう)に近(ちか)づいた。
桃(もも)も、兄(あに)の大(おお)きな体(からだ)に隠(かく)れるようにして、ひっついていく。
知(し)らない人(ひと)と話(はな)すのは、ちょっと苦手(にがて)なのだ。

おじさんの方(ほう)も、外国語(がいこくご)で喋(しゃべ)り出(だ)した。
白鳥像(はくちょうぞう)の載(の)った台(だい)座(ざ)を指(さ)して、上下(じょうげ)に動(うご)かしている。

あ、分(わ)かった。
兄(きょう)妹(だい)は、同時(どうじ)に理解(りかい)した。
台座(だいざ)の石(いし)に彫(ほ)られている、作(さく)品名(ひんめい)だ。

【飛翔(ひしょう)】
「ひしょう、です。ひ・しょう」
とっさに回答(かいとう)できない、情(なさ)けない兄(あに)の代(か)わりに、桃(もも)が小(ちい)さな声(こえ)で言(い)った。
大(おお)きな体(からだ)の横(よこ)から、ちょこっと顔(かお)を出(だ)した少(しょう)女(じょ)に、旅(りょ)行者(こうしゃ)らしき男女(だんじょ)の顔(かお)が和(なご)む。

「ヒ・ショー」
揃(そろ)ってリピートした二人(ふたり)に、でこぼこコンビの兄(きょう)妹(だい)は、こくこく頷(うなず)いた。

「あ、そうだ」
陽(よう)が、ようやく思(おも)いついた。
銅像(どうぞう)の横(よこ)っちょには、テレビみたいな代物(しろもの)が置(お)かれている。

電子(でんし)案内板(あんないばん)、デジタルサイネージだ。
これを使(つか)えばいいんだ。

ええと、確(たし)か、こうだったよな。
画面(がめん)に触(ふ)れて、ボイスコマンドだ。
「カモン サイネージ」

ぶんっ
真(ま)っ黒(くろ)な画面(がめん)に、一瞬(いっしゅん)で画(が)像(ぞう)が現(あらわ)れた。
館内図(かんないず)をバックに、キャラクターのキツネが登場(とうじょう)する。
みるみるうちに、顔(かお)だけになって、画面(がめん)の右(みぎ)下(した)に張(は)り付(つ)いた。

『ご用件(ようけん)をどうぞ』
よし。こっちでも同(おな)じだな。
陽(よう)は、簡潔(かんけつ)に命(めい)じた。
「外国語(がいこくご)での案内(あんない)」

ざっ
たちまち、画面(がめん)に複数(ふくすう)の言語(げんご)が表示(ひょうじ)された。
う~ん。「日本語(にほんご)」しか分(わ)からない。

「アア!」
どの言語(げんご)でも、感嘆(かんたん)の声(こえ)は似(に)たようなものだ。
近(ちか)づいてきて画面(がめん)を覗(のぞ)き込(こ)んでいた質問者(しつもんしゃ)が、揃(そろ)って声(こえ)をあげた。

何(なに)をしてくれているのか、意図(いと)が伝(つた)わったらしい。
手(て)が横(よこ)から伸(の)びてきた。自分(じぶん)の言(げん)語(ご)にタッチする。

ちゃらん
チャイム音(おん)を区(く)切(ぎ)りに、画面(がめん)表示(ひょうじ)が切(き)り替(か)わった。
聞(き)いたこともない言葉(ことば)が、案内板(あんないばん)から流(なが)れ出(だ)す。

旅(りょ)行(こう)者(しゃ)の方々(かたがた)は、会話(かいわ)しながら、自分(じぶん)たちで画面(がめん)を操(そう)作(さ)し出(だ)した。
そっと、桃(もも)が陽(よう)の腕(うで)を引(ひ)っ張(ぱ)る。
もう大丈(だいじょう)夫(ぶ)そうだ。

「じゃ、失礼(しつれい)します」
陽(よう)が、行儀(ぎょうぎ)よく挨(あい)拶(さつ)した。
ぺこり、と頭(あたま)を下(さ)げて去(さ)る兄(きょう)妹(だい)に、笑顔(えがお)が向(む)けられる。

口々(くちぐち)に、同(おな)じ言葉(ことば)が二人(ふたり)から紡(つむ)ぎ出(だ)された。
知(し)らない単語(たんご)だ。だけど、伝(つた)わった。
きっと「ありがとう」だ。

「あの漢字(かんじ)、よく知(し)ってたなあ、桃(もも)」
「碧(あおい)が教(おし)えてくれたじゃない。お兄(にい)ちゃんも一(いっ)緒(しょ)にいたときに」
「そうかあ? 全然(ぜんぜん)、覚(おぼ)えてなかった。俺(おれ)、馬(ば)鹿(か)だなあ」
「うん」

そのまま、噴水(ふんすい)を通(とお)り越(こ)して、螺(ら)旋(せん)階段(かいだん)に向(む)かおうとする。
慌(あわ)てて、桃(もも)は兄(あに)の腕(うで)を掴(つか)んだ。

「螺旋(らせん)階段(かいだん)、やだ。怖(こわ)い」
「だめか? まだ」
桃(もも)は、固(かた)い顔(かお)で頷(うなず)いた。

リニューアルして、がらりと変(か)わったのが、この階段(かいだん)だ。
筒状(つつじょう)の壁面(へきめん)は、巨大(きょだい)なスクリーンになっていた。
今日(きょう)も今日(きょう)とて、「海(うみ)の生(い)き物(もの)シリーズ」の映像(えいぞう)が映(うつ)し出(だ)されている。
季節感(きせつかん)は、完全(かんぜん)無視(むし)だ。
秋(あき)の日(ひ)に、常夏(とこなつ)の海(うみ)が広(ひろ)がっている。

桃(もも)も、それは楽(たの)しくて好(す)きだ。
問題(もんだい)は、付(つ)いている階段(かいだん)の板(いた)だった。
両端(りょうたん)が透明(とうめい)になっていて、下界(げかい)が丸(まる)見(み)えなのだ。

高(たか)い所(ところ)は、怖(こわ)い。
何度(なんど)かトライしてみたが、どうしてもダメだった。
上(のぼ)るのも、下(くだ)るのも。
高(たか)さをモロに感(かん)じて、足(あし)が竦(すく)んでしまう。
じっと止(と)まって映像(えいぞう)を見(み)ているのが、ぎりぎり精一杯(せいいっぱい)だ。

陽(よう)は、文句(もんく)も言(い)わず、あっさりと進路(しんろ)を変(か)えた。
エレベーターに向(む)かって歩(ある)き出(だ)す。
正直(しょうじき)の上(うえ)に「馬鹿(ばか)」が付(つ)いてしまう兄(あに)だが、いつだって優(やさ)しい。

大(おお)きな手(て)が、指示(しじ)ボタンを押(お)した。
お山(やま)の三(さん)角(かく)形(けい)が、緑色(みどりいろ)に光(ひか)る。
「碧(あおい)、もう来(き)てるかなあ」
のんびりとした口調(くちょう)は、お父(とう)さんそっくりだ。

そうだ。
稽古(けいこ)までは、まだ時間(じかん)がある。
お兄(にい)ちゃんより、碧(あおい)から詳(くわ)しく話(はなし)を聞(き)こう。
その方(ほう)が、絶対(ぜったい)に効(こう)率(りつ)的(てき)だ。

クラスの人数(にんずう)は、ずっと増(ふ)えていない。
早(はや)めに来(き)ているのは、いつだって自分(じぶん)達(たち)と碧(あおい)だけだ。
暁(あかつき)を含(ふく)めた残(のこ)り三(さん)人(にん)は、ギリギリに飛(と)び込(こ)んでくる。

「あ! 桃(もも)。俺(おれ)は無理(むり)だったけど、お母(かあ)さん達(たち)には話(はな)しちゃダメだって、碧(あおい)が言(い)ってるからな」
どんな口止(くちど)めの仕方(しかた)だ。
呆(あき)れ顔(かお)で桃(もも)が頷(うなず)いたところで、エレベーターがやってきた。
音(おと)を立(た)てて、箱(はこ)の扉(とびら)が開(ひら)く。

上(うえ)に運(はこ)ばれながら、桃(もも)は遠(とお)い目(め)をした。
どんな所(ところ)なんだろう?
この遥(はる)か深(ふか)い地下(ちか)に広(ひろ)がる、みんなが知(し)らない世界(せかい)。

延々(えんえん)と連(つら)なる、向(む)かい合(あ)った宮(きゅう)殿(でん)の階層(かいそう)。
真(ま)ん中(なか)に生(は)えてる、厳(きび)しい蔓(つる)バラさん。
バレエの劇場(げきじょう)もあるんだって。

行(い)ってみたいな、私(わたし)も。

間仕切り線

読よんで下くださって、有難ありがとうございます!
いかがだったでしょうか。
以下のサイトあてに感想かんそう・評価ひょうか・スキなどをお寄よせ頂いただけましたら、とても嬉うれしいです。

↓ロゴ画像がぞうから各かくサイトの著者ちょしゃページへと移動いどうします↓

ランキングサイトにも参加さんかしています。
クリックすると応援おうえんになります。どうぞよろしくお願ねがいします↓

小説全しょうせつすべての目次もくじページへ

免責事項・著作権について リンクについて