ダンジョンズA〔3〕嘆きの湖(裏メニュー)

5.時の筒・人の針(2)裏メニュー

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5.時の筒・人の針(2)

滔々(とうとう)と謳い上げるオネエネズミを前に、桃は目を丸くしている。
それでも、ちゃんと相槌を打ちながら、耳を傾けていた。
この連中の中で、一番模範的な態度である。

「まあ、とりあえず、こうなったら仕方ないなあ」
早々に腹をくくったらしい。陽は、にこりと碧に笑ってみせた。

すると、いきなり、暁が動いた。
透明な壁に張り付くと、叫ぶ。
「うっわあ!」

箱を包む白い(もや)が、いっせいに晴れたのだ。

一気に視界が開けた。
自分たちを載せた箱は、広大な空間に浮かんでいた。
見渡す限り、がらんどうである。

「広いねえ!」
暁は、振り返ると、にこにこ笑った。
憂慮の欠片も見受けられない。
はっきり言って、ものすごく楽しそうだ。

「おい、みかげ! ここは一体、」
言いかけて、碧は口をつぐんだ。

いない。
どこを見渡しても、ペラペラなセピア色が姿を消していた。

「あれ? みかげちゃん?」
暁も、きょろきょろする。
返事は、ない。

「いなくなったのかなあ」
陽の目にも映らない。

碧は、小さく異議を唱えた。
「……見えていないだけかも」
なにしろ、ペラペラ人間だ。
果てしなく薄くなったら、目に留まらない。
「まあ、ともあれ、もう話す必要はないってことなんだろうな」

外の光景で明らかだ。
自分たちは、再びオーロラの地宮に誘い込まれてしまった。

そして、今の時点では、もう引き返せない。
きっと、そういうことだ。
獲物をまんまと籠に入れたから、みかげは、もう出てくる必要がない。

でも……なんだ? みかげの目的って。

考えながら、碧は乗っている箱を見渡した。
どこもかしこも、透明だ。
見上げると、天井に何かがくっ付いている。

「クリップ?」
そうとしか見えない。
だが、とんでもなく、ばかでかい。
この箱を挟んで、ぶら下げている様子だ。

碧も、暁の真似をして、ぺったりと壁にくっ付いてみた。
遥か向こうにも、同じく透明な箱が、同様にぶら下げられているのが見える。
巨大な棒が、箱と箱の間に渡っていた。
ほとんど陸橋サイズだ。

「おー。でっかいなあ」
「すごいねえ!」
暁と陽のリアクションは、のんき極まりない。
碧の頬が引きつった。
いや、すごいのは、この状況下で慌ててもいない、お前たちだ。

一方の桃ちゃんときたら、まだ律義にピンクネズミのワンマンショーに耳を傾けている。
すっかり集中している。
この子もこの子で、すごい。

はー
碧は溜息をついた。
ダメだ。俺が、しっかりしなきゃ。

まず、情報だ。正確な情報が欲しい。
入って来た時、奥の鏡に、のっぺらぼうが浮いていた。
ってことは、あれは案内板なんだ。

碧は、奥の壁の前に移動すると、右手で触れた。
今は透明だけど、同じ手順を踏めば、案内板が起動するかもしれない。

「カモン サイネージ」
果たして、聞き慣れた音声が庫内に流れた。
『既に起動されています。ご案内をご希望ですか』

やった!
ピエロのお面は見えないけど、情報が得られれば、別に問題ない。
「うん。この場所の説明をして」
碧は碧で逞しいのだが、本人に自覚はない。

『はい。この場所は、「(とき)(つつ)」です。ガルニエ宮と、その下部に直結するルートです』
「なるほど。ここは筒だったのか」
碧は唸った。
広大すぎて、ぜんぜん分からない。

と、そこで、ネズミによる独演会が終演した。
「……めい、もも、やよい、ゆず、よつば、らん、りか、るい、れいな、ろみ、わかば。これが、アタシの正式な名前なのよん」
桃ちゃんが、パチパチ手を叩いた。
最後まで立派な聴衆だ。

「桃ちゃん、全部ちゃんと聞いたの?!」
暁が、桃に詰め寄った。信じられない。
「すごいねえ!」
「ああ、ほんとだな」
碧も、異論なく同意した。

うちの妹、えらい。
陽の顔は、本人よりも得意気だ。

マダム・チュウ+999も、大いに満足したらしい。
四人を見渡すと、評定を下した。
「ま、この子が一番、根気がいいみたいね」

みんなに褒められた桃は、素直に嬉しそうな表情を浮かべた。
だが、急に怯えた様子で、マダム・チュウ+999に縋りつく。

高い!
今、気が付いた。
なんで? 全部、スケスケだ。
怖い。脚が、ガクガク震え出す。

「桃、お兄ちゃんが抱っこしようか?」
すかさず手を伸ばしてくる兄に、妹は素っ気なく首を振った。
ふわふわ、ピンク色の毛皮が頬に触れる。
こっちのほうが落ち着く。

「くっついてて、いい?」
小さく尋ねると、オネエな口調で快諾された。
「あら~。いいわよお、もちろん」

モフモフで、どっしりした毛玉に、ひっつき虫みたいにくっ付く。
おかげで、なんとか辺りを見渡せた。
広い。外に、真っ白な壁が見える。

下も、床から恐る恐る覗き込んだ。
こっちは、一面、青だ。
濃い青。水色。青緑……。
めったに買ってもらえない、キラキラ輝く折り紙みたいだ。様々な色調の青だけが抜き出され、ばら撒かれている。

「きれいね……」
桃は、ひっついたまま、うっとりと呟いた。
青い水面は、絶えず動いて、美しい文様を描き出しているのだ。
まるで、万華鏡の筒に放り込まれたみたいだ。

『このエレベーターは、「(ひと)(はり)」と呼ばれています。やじろべえの形をしており、時の筒を行き来しています』
室内が落ち着いたのを感知して、案内が再開した。

「あ、そうか。やじろべえ、なんだ」
納得して、碧は声を上げた。
棒の両端に重りを付けて、均衡を保っている玩具だ。ただし、これは超特大版である。

ドドドド……
激しい水音が、透明な壁越しに聞こえてくる。
青い水面の中心から、水柱が沸き立っていた。
大迫力の、でかさだ。

『あちらの水柱の上に、やじろべえの支点が置かれています。現在は、水柱が徐々に低くなっていくターンです。「人の針」は、時の筒の中を、時計回りしながら降りていきます』

支点が乗っかるなんて、水としては、あり得ないよな。
碧は苦笑いした。
だけど、ド・ジョーが操る不思議な水を、自分は何度も見てきている。
ここは、夢の地宮なのだ。

「あれ? 向こうの箱に誰か乗ってる?」
ずっと壁に張り付いていた暁が、指さした。

隣に並んだ陽が、目を眇める。
「ああ、本当だ。男の人が乗ってる」
「なんで見えるんだよ」
碧が呆れた。
驚異の視力だ。ほとんど、(あり)んこ大だぞ。

「おーい!」
暁が、大きく手を振った。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、アピールする。

「応えた。手を振り返してる」
陽が実況したところで、上から雑音が降ってきた。

ざざっ
間を置かず、明瞭な音声に変わった。
若い男の声。そして外国語だ。

「これ、あっちの人?」
碧が、案内板に尋ねた。通信が可能らしい。

『はい。「人の針」の相手側から届いています。音声は、ロシア語です。日本語への通訳を希望しますか』

「できるの?」
ぴょんぴょん跳ね続けながら、暁が問いかける。
碧が、ちろんと見遣った。
こいつ、また大阪弁でコミュニケーションを取ろうとしてたな。

『双方に、通訳した音声を流すことができます。声質は、似せたものに変換します。映像を送ることも可能です』
「うわあ! すごい! それやって!」

ぶんっ
一瞬だけ、箱全体が黒く塗り潰された。
透明に戻ると、最初に鏡があった辺りに、四角い枠が出現していた。ディスプレイだ。

肖像画が飾られているような塩梅だった。
若い男だ。端正な顔立ちをしている。
それが、口を開いた。

『やあ! こんにちは』
「こんにちは!」
全員そろって、ご挨拶だ。

『マダム・チュウ+999、相変わらず、お美しい』
「あらん、ピョートル。あなたも相変わらず口が上手いわねえ」
ここにもいた。オネエなネズミ相手にジェントルマンな奴が。

「私、暁! こっちが碧で、陽に、桃ちゃん! 小学校四年生と、五年生と、六年生だよ」
指さしながら、ゆっくりと暁が紹介する。
満面の笑顔だ。

そっか。
碧も、笑顔を浮かべた。
言葉は、ツールを使えば通じる。

そして、気持ちは、笑いかければ通じる。
仲良くなりたいよ、あなたと。

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