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9.マッチョ・スワンズ(1)
赤く染まり出した紅葉の木々。数多の光る石が、その絵を描き出している。
メンテナンスモードに替わった湖の壁面は、イルミネーション顔負けであった。
「で、マダム・チュウ+999、何すればいいの?」
暁が、肩の上に乗ったネズミに尋ねた。
さっきまで見惚れていたくせに、切り替えが早い。
「ああ。壁の小石にね、もう光っていないのがあるのよ。それを見つけて、このレーザーポインターで削除するってわけ」
なるほど、まさしくメンテナンスだ。
「そっか、わかった!」
暁の襟首を、無言で碧が引っ掴んだ。
完全に動きを見切っている。
止めていなければ、あと二秒で、ばしゃんと湖に降りているところだ。
現に、もう靴と靴下を脱いでいやがる。
「それ、泳いで行ってやるわけ?」
冗談じゃない。絶対に、ごめんだ。
「いや。メンテナンスモードにしたからな。おっつけ、あいつらが出動してくるだろう」
苦笑交じりの返答があった。
ド・ジョーだ。水柱に乗って近づいてくる。
やれやれ。相変わらず、真逆のコンビだ。
「あいつら?」
二人の声が仲良く合わさった。
「ああ。おら、来やがったぜ。あれに乗りゃいい」
ド・ジョーが、胸ビレで指し示す。
すい~っと、遠くから近づいて来る姿があった。
湖に、これ以上ないくらい、ふさわしい存在だ。
白鳥だった。
真っ白な羽毛。優雅に曲がる、長い頸。
嘴は、鮮やかな黄色だ。
愛らしい。気高さをも醸し出している。
四羽、いた。
黒鳥が、一羽混じっている。
こちらは、赤い嘴だ。黒い羽毛に、このうえなく映えている。
「……あ、あのさ、陽。白鳥とか黒鳥って、あんなに大きかったっけ」
碧が、陽のシャツを掴んだ。
声が、隠しようもなく震えている。
暁は、こてんと首を傾げた。
「なんか……大きすぎない?」
陽も、目をこすった。
「うん、どんどん巨大化してる。俺の目が、おかしいのかなあ?」
「いや、陽。近づいてきてるんだよ。大きくなってるわけじゃない」
「あ、それ何だっけ? 幻覚、じゃない。視覚、は違うし。う~ん。この間、勉強した気がするんだけどな~」
「錯覚?」
怯えつつ、桃が答えた。
碧も、びびりつつ、こくこく頷いた。正解だ。
陽のシャツは、もはや無残な有り様になっていた。
桃と碧が両側から縋りついて、引っ張っているせいだ。ジーンズの腰から、すっかり裾が飛び出している。
それなのに、お兄ちゃんは、なんだか満足気だ。
スワン達が、小島の前で止まった。
やっぱり、自分達よりも遥かに大きい。
尋常ではないサイズだ。
「なんで、こんなに大っきいの?」
暁は、ストレートにマダム・チュウ+999に尋ねた。全く怖がっていない。
肩に乗ったピンクネズミが、こともなげに言った。
「ああ、鍛えてるからじゃないかしら?」
鍛えてる?
なんだ、それ。
いつもだったら、即座にツッコんでいる碧だが、声が出ない。
目の前にすると、大迫力だ。
四羽とも、長い頸を折り曲げて、俯いている。
でかいが、楚々とした風情だった。
首根っこには、それぞれ、輪を嵌めている。
白鳥は黄金、黒鳥は白金だった。
両方とも、キラキラしている。
幅広い真ん中には、でかでかと数字が刻印されている。1、2、3、4。
管理番号かな?
「1」の首輪をした白鳥が、伏せていた頸を上げた。こちらに顔が向く。
すると。
カッ
いきなり炎が宿った。
美しい白鳥の、瞳の中に。
「押忍!」
体育会系の男子学生が、声を張り上げているのかと思った。
可憐な白鳥から出たとは思えない。優雅さとは真逆の御挨拶である。
しかも、無駄に通る美声だ。
「押忍!」
条件反射だ。勇仁会空手部所属の四名は、同じ挨拶を返した。
四羽のスワンは、全て顔を上げていた。
みな、熱血を滲ませた目つきである。
1の首輪をした白鳥が、高らかに宣言した。
「点呼を取る! イチ!」
右隣の白鳥が、続ける。
「ニ!」
左隣も白鳥だ。
「サン!」
ラストは黒鳥だ。
「シ!」
「我々はァ、」
1がリーダーらしい。さっきから音頭を取っている。
「マッチョ・スワンズ!」
四羽は、高らかに名乗った。
広げた翼を、胸元でクロスさせたポーズだ。
「美しさはァ、」
「筋肉!」
「大切なのはァ、」
「筋肉!!」
「最後に頼りになるのはァ、もちろん、」
「筋肉!!!」
スワン達は、翼を腕のように操って、次々と決めポーズを取った。
ボディビルダーが、ポージングしているようにしか見えない。
……なんなんだ。
碧は、水柱に立っているド・ジョーに視線を向けた。
「これ、長いかな?」
「あー。もう終わるぜ。とりあえず、これをやんねえと気が済まねえ奴らなんだ」
ふん! ふん! ふん!
連続してポージングを決めたところで、暁の肩から、マダム・チュウ+999が促した。
「じゃ、この子達を乗せてやって頂戴」
絶妙の間合いだ。
「了解!」
四羽が、揃って片方の翼を上げた。
軍人が「サー、イエッサー!」とでも応えているような塩梅だ。
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