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11.起動エラー(1)
すい~
桃を乗せた黒鳥が、遠ざかって行った。
あれ、もう終わっちゃったのかな?
暁は、乗っている白鳥に尋ねてみた。
「ねえ、こっちも、だいたい終わった?」
「うーむ、あと少しってとこだな」
本当は、まだ、かなり残っている。
「けっこう落としたが、わりと外したからな」
全く躊躇しないで、ガンガン撃ちまくるスタイルだ。命中率は低い。
「そっかあ。あはは」
気にする暁ではない。笑っている。
「そうだなあ、ははは」
マッチョ・スワンズ1号も、思わず野太い笑い声を立てた。
オーロラが気に入る筈だ。
この子には、華がある。
大らかな気性に根を張り、明るく咲き誇っている華だ。喩えるなら、大輪のバラである。
気難しいド・ジョーや、マダム・チュウ+999も、同様だった。暁だけではなく、その仲間全員に好意を抱いている様子だ。
この子達の話を伝えてくれた際は、二人して胸を撫で下ろしていたのだ。
「また無事に帰れて、本当によかった」と。
「でも、撃墜数は大したものだ。えらいぞ、暁!」
マッチョ・スワンズのリーダーは、教官の口調で褒め称えた。
「やったあ!」
にこにこ笑う。感情も真っすぐだ。
うむ、自分も気に入った。マッチョ・スワンズにスカウトしたいくらいだ。
「ねえ、白鳥さんは、もっと速く泳げたりしないの。無理じゃなかったらでいいんだけど。速いスワンにも乗ってみたいな。だめ?」
「なんだと? まかしとけ!」
マッチョ・スワンズ1号は、いきなり、やる気になった。
「1」の首輪は、リーダーの印だ。
群れで一番速く、一番強いのだ。
「ようし。しっかり捕まっていろよ、暁!」
そして、やる気になった白鳥は、メンテナンスのことをすっかり忘れた。
暁の想定を大幅に上回る速度であった。
耳元で風が唸る。暁の服の袖が、バタバタとはためいた。
桃を乗せた4号が鈍行ならば、1号は夢の超特急である。
一体、水面下では、どれほどの脚の動きが繰り広げられているのだろう。
白い弾丸となって、白鳥は湖面を驀進していく。
もちろん、暁が怯えるわけがない。
大笑いする声が、湖面に響き渡った。
「あはははは! あ、陽! 楽しいよ~。一緒においでよ!」
さぼりのお誘いである。
だが、暁に、その自覚はない。
ごおおおっ
陽のスワンを折り返し地点のピンに見立てて、1号はヘアピンカーブを決めた。
このスピードで、よく曲がれたものだ。
「ふはははは! 俺は一番だ! ナンバー、ワン!」
振り返りざま、そう言い捨てる。
ボッ!
地道に働いていた白鳥3号の瞳に、炎が着火した。
ぼうぼうと、凄まじい音をたてて燃え盛る。
「なんだと! 負けないぞ。俺だって速い!」
陽を乗せたまま、スワンが吠えた。
ばさり
羽根を広げて伸び上がり、いきなり方向転換する。
慌てたのは陽だ。
落っことされそうになって、輪を掴んだ。
「え? ちょっと待って、まだ、」
「しっかり捕まってろ! 行くぜ!」
その宣告が耳に届いた瞬間。
がくりと、陽の上体が後ろに振り切れた。
凄まじい加速だ。
「うおおおおおっ! 待てぇ~!」
「ふはははははっ! まだまだぁ!」
闘うマッチョ・スワンズの雄叫びが、湖に木霊した。
「なんか……競争し始めたみたい」
桃が、小さな声で乗っている黒鳥に聞く。
「どうしよう、止めたほうがいい?」
冷静だ。
「いや、ほっといていいですよ。ああ熱くなっちゃうと、誰にも止められない」
ゆっくりと桃を乗せて泳ぎながら、黒鳥は答えた。
もうすぐ、湖をぐるりと半周するところだ。
「ほら、見えてきた。あそこが我々の巣です」
桃は、少しだけ身を乗り出した。
湖面から、何かが突き出ているのが見える。
何本も、何本も。
太い棒だ。その先っぽには、円盤状の重りが付いている。
「何、あれ?」
「バーベルですよ」
そうか。見たことがある。
西センターのトレーニングルームにも設置されていた。筋トレ用の器具だ。
棒の両端に装着した円盤の数で、重さの加減をする。
でも、大きすぎない?
林立する棒は、交差して、前衛芸術のテントみたいな空間を作り出している。
すい~
黒鳥は、その中に入って行った。
わりと広い。天井は、すかすかだ。
バーベルの巣って、居心地いいのかな。
「我々は、これを使って、日々鍛錬しています。揺るぎない心を育み、保っていけるように。桃、あなたも何か鍛錬していますか?」
えーと。そんなふうに尋ねるほど、一般的なことなのだろうか。鍛錬って。
それでも、桃は素直に答えた。
「うん、空手を習ってる。でも、私、ぜんぜん強くないよ」
兄の陽は、ずば抜けて強い。
どんなに頑張ったとしても、自分は、あんな風にはなれない。
顔を伏せた桃に、マッチョ・スワンズ4号は優しい顔を向けた。
「鍛錬することによって、心が鍛えられる。それこそが目的だから、関係ないですよ」
黒鳥がウインクした。
桃は、びっくりした。
できるんだ。ばっちり決まっている。
「人より力が付く。難しい技ができる。速く動ける。肉体に現れる鍛錬の成果は、持って生まれた個体差が出る。それは現実です。頑張れば全てできる、というのは呪いだ。かけられた者を雁字搦めにする。そんな単純にできてやしない」
だが。
諦めない強さ、とか。
人のせいにしない強さ、とか。
続けていく強さ。自分一人でも戦う強さ。
人の悪口を言わない強さ。群れない強さ。
いっぱいある。
それは、心の強さ、だ。
鍛錬することで、きっと、それは手に入れることができる。
黒鳥は、そう説くと、また優しい目をした。
「鍛錬の方法は、人それぞれだから。自分に合うものを捜せばいいんですよ」
「うん……」
そうだ。思い出した。
「あのね。私が空手教室に通い始めたのは、暁と会ったからなの」
優しい暁が大好きになって。
一緒にいたい、自分もこんなふうになりたいって思ったから。
「そんなんでも、いいのかな」
強く、なれるかな。いつか。
怯えて、できないことが、少しでもできるようになるのかな。
「いいに決まってます。大事なのは、自分自身が持っているカードで勝負する気構えだ。逃げ出さないでね」
桃も、ふわりと笑った。
なんだか、この黒鳥さんは、空手教室の先生に似ている。
名の知れた猛者らしいが、経営手腕はさっぱりで、生徒数が振るわないのだ。
黒鳥号は、バーベルの巣を抜けた。
前方に、碧が見えた。ピンク色のネズミが、肩の上にいる。
ド・ジョーもいた。水柱の上に立っている。
「碧!」
桃は、輪から右手を離して、振った。
うん、できた。さっきより、抵抗が無い。
「桃ちゃん、そっちは終わったの?」
聞いてくる碧に、桃は申し訳ない気持ちで答えた。
「ううん、上手くいかなくて。黒鳥さんが、リラックスできるようにって、ぐるっと廻ってくれてたの。ごめんね」
碧は怒らなかった。
桃のことは、よく分かっている。
こんな大きなスワンに乗らされて、さぞ怖かっただろう。
「じゃあ、このへんは大体終わったから、手伝うよ。暁と陽は、終わってるかな?」
広がる湖を見渡す。
遥か向こうで、猛然とレースをしている白鳥達の姿があった。
うおおお、とか、そりゃあああ、とか叫ぶ声が聞こえて来る。
暁と陽は、二人とも、荒ぶる白鳥を乗りこなしていた。
ロデオを競う、カウボーイさながらだ。
「終わって、ないだろうな……」
碧が絶望的に呟いた。
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