ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

12.御神渡り(おみわたり)(2)

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12.御神渡おみわたり(2)

水面(すいめん)に浮(う)かんだスワンたちには、災難(さいなん)だった。
そのまま氷上(ひょうじょう)に縫(ぬ)い付(つ)けられてしまったのだ。
相当(そうとう)、冷(つめ)たいらしい。
四羽(よんわ)とも、呻(うめ)きながら、巨大(きょだい)な羽(はね)をバタバタさせている。

「白鳥(はくちょう)さん! 大丈夫(だいじょうぶ)?」
暁(あかつき)は叫(さけ)んだ。
すると、上(うえ)から音(おと)が響(ひび)いてきた。

ころころころ……
え?
暁(あかつき)は、上空(じょうくう)を見上(みあ)げた。
なに? 涼(すず)やかで、可愛(かわい)らしい音(おと)だ。

すうっ
暁(あかつき)の脚(あし)から、青白(あおじろ)い光(ひかり)が消(き)えた。

陽(よう)と碧(あおい)は、音(おと)には気付(きづ)いていない様子(ようす)だ。
じたばた悶(もだ)える白鳥(はくちょう)の手綱(たづな)をとりつつ、心配(しんぱい)そうに声(こえ)を掛(か)けている。

黒鳥(こくちょう)は、いっとき暴(あば)れたものの、今(いま)は、じっと耐(た)えていた。
揺(ゆ)らしたら、桃(もも)が怖(こわ)がってしまう。
だが、苦悶(くもん)の表情(ひょうじょう)だ。

「黒鳥(こくちょう)さん、黒鳥(こくちょう)さん!」
桃(もも)は、もう涙声(なみだごえ)だ。
だが、どうすることもできない。

「あ、暁(あかつき)……。最期(さいご)に、俺(おれ)の名前(なまえ)を呼(よ)んでくれないか?」
マッチョ・スワンズのリーダーは、情感(じょうかん)たっぷりに呟(つぶや)いた。
「名前(なまえ)?」
あるんだ、個体名(こたいめい)が。

すると、超低音(ちょうていおん)の声(こえ)が、水(みず)を差(さ)した。
「なにを雰囲気(ふんいき)に浸(ひた)ってやがる。こんくらい屁(へ)でもないだろう、お前(まえ)ら筋肉(きんにく)達(だる)磨(ま)は」
呆(あき)れ顔(かお)で、ド・ジョーが吐(は)き捨(す)てた。
体育会(たいいくかい)系(けい)な輩(やから)に対(たい)する扱(あつか)いは、雑(ざつ)である。

金色(きんいろ)のドジョウが乗(の)った水柱(みずばしら)も、氷柱(ひょうちゅう)と化(か)していた。
だが、天辺(てっぺん)に立(た)っている魚体(ぎょたい)は、凍(こお)ってはいない。
水(みず)で出来(でき)たトレンチコートとソフト帽(ぼう)からは、豊(ゆた)かに水(みず)が流(なが)れ落(お)ちている。

「お~ら、よっと」
氷柱(こおりばしら)の上(うえ)で、ド・ジョーが跳(は)ねた。
ぽちゃん
落(お)ちる。すると。
ぼわん!
氷柱(ひょうちゅう)が、水柱(すいちゅう)に変(か)わった。

それだけではない。ド・ジョーが乗(の)った水柱(みずばしら)が、氷(こおり)の中(なか)に、ぐいっと押(お)し込(こ)まれた。
たちまち。
凍(こお)り付(つ)いた広大(こうだい)な湖面(こめん)が、溶(と)けて水(みず)に戻(もど)っていた。

はー、やれやれ。
マッチョ・スワンズは、それぞれ息(いき)をついた。
動(うご)けるかどうか、羽(は)繕(づくろ)いをして確(たし)かめている。

「オーロラにも困(こま)ったものねえ」
マダム・チュウ+999が、頬(ほお)に手(て)を当(あ)てて憂(うれ)いた。

「これって、オーロラがやったの?」
碧(あおい)が尋(たず)ねる。犯人(はんにん)は、あいつか。
「そうよ。楽(たの)しそうにしてたから、はしゃいじゃったのね」
なんと迷惑(めいわく)な「はしゃぎかた」だ。

リーダーのもとに、マッチョ・スワンズが集結(しゅうけつ)した。
「よし! みんな無事(ぶじ)か」
「押(オ)忍(ス)!」
はい、大丈夫(だいじょうぶ)です。

「桃(もも)ちゃん、大丈夫(だいじょうぶ)?」
暁(あかつき)が、白鳥(はくちょう)の鞍上(あんじょう)から気遣(きづか)った。
瞳(ひとみ)の端(はし)が、濡(ぬ)れちゃってる。

「桃(もも)、泣(な)かないで。ちょっとくらい凍(こお)り付(つ)いても、我々(われわれ)には大事(だいじ)無(な)い。鍛錬(たんれん)の賜物(たまもの)です」
巨大(きょだい)な黒鳥(こくちょう)が、桃(もも)にウインクした。
イケメン、というか、イケ鳥(どり)だ。

「そうなんだ! すごいねえ」
暁(あかつき)が、にこにこした。
「黒鳥(こくちょう)さんも白鳥(はくちょう)さん達(たち)も、無事(ぶじ)でよかった。あ、さっき、お名前(なまえ)があるって言(い)ってたよね? みんなあるの?」

マッチョ・スワンズ4羽(わ)は、こくりと頸(くび)を曲(ま)げた。リーダーが、口(くち)を切(き)った。
「筋(きん)肉(にく)一(いち)郎(ろう)だ」

続(つづ)けて、碧(あおい)の乗(の)った白鳥(はくちょう)が名乗(なの)った。
「筋肉(きんにく)二(じ)郎(ろう)」

陽(よう)を乗(の)せた白鳥(はくちょう)の番(ばん)だ。
「筋肉(きんにく)三(さぶ)郎(ろう)」
うんうん。みんな頷(うなず)く。そうかと思(おも)った。

桃(もも)を乗(の)せた黒鳥(こくちょう)が、続(つづ)けた。
「筋肉(きんにく)四(し)郎(ろう)五(ご)郎(ろう)マッスル左(ざ)衛(え)門(もん)」
「いや、なんで?」
碧(あおい)が、代表(だいひょう)してツッコんだ。

「四郎五郎(しろうごろう)、というのは説明(せつめい)なんです。父親(ちちおや)は四男(よんなん)で、自分(じぶん)は、その父(ちち)の五男(ごなん)として生(せい)を受(う)けた。名前(なまえ)本体(ほんたい)は、マッスル左(ざ)衛門(えもん)」

なるほど。戦国(せんごく)武将(ぶしょう)の名前(なまえ)みたいだ。
ふうん、とみんなで黒鳥(こくちょう)の説明(せつめい)に納(なっ)得(とく)していた矢先(やさき)。

びしいっ
またもや、湖面(こめん)が凍(こお)り付(つ)いた。

「おい、こら、オーロラ!」
ド・ジョーが、上空(じょうくう)に向(む)かって叫(さけ)ぶ。
「いいかげんにしろ!」
ぼわん!
また、一瞬(いっしゅん)で氷(こおり)を解(と)かした。

ビシイイッ
凄(すさ)まじい冷気(れいき)が、応戦(おうせん)する。
瞬(またた)く間(ま)に、湖面(こめん)が凍(こお)り付(つ)いた。

はた迷惑(めいわく)な応酬(おうしゅう)だ。
そして、エンドレスで続(つづ)いた。
マッチョ・スワンズは、ぴきーんと凍(こお)り付(つ)いては、じたばたする。
子(こ)ども達(たち)も、ぶるぶる震(ふる)えながら、全員(ぜんいん)、後悔(こうかい)した。上着(うわぎ)を着(き)てくるんだった。

ころころころ
あ、まただ。
暁(あかつき)は、白鳥(はくちょう)の鞍上(あんじょう)で、きょろきょろした。
鈴(すず)の音(おと)みたいだ。さっきより近(ちか)い。

ビシィ……!
ひときわ強(つよ)い寒気(かんき)が襲(おそ)った。
みるみるうちに、湖面(こめん)が厚(あつ)く凍(こお)り付(つ)いていく。

とうとう、ド・ジョーも、水柱(みずばしら)ごと氷(こおり)の彫刻(ちょうこく)と化(か)してしまった。トレンチコートとソフト帽(ぼう)も、カチンコチンだ。

「ド・ジョー! 大丈夫(だいじょうぶ)?」
碧(あおい)が叫(さけ)んだ。
だが、肩(かた)の上(うえ)のマダム・チュウ+999は、ことも無(な)げに言(い)い捨(す)てた。
「ああ、大丈夫(だいじょうぶ)よん。しばらくすれば、自分(じぶん)で解凍(かいとう)するから」

ばさっ
暁(あかつき)が乗(の)った白鳥(はくちょう)だけが、ジャンプして難(なん)を逃(のが)れていた。さすがはリーダーである。

びいーんっ
そして、氷(こおり)の上(うえ)に着地(ちゃくち)した。
変(へん)な音(おと)だ。振動(しんどう)が、湖面(こめん)から伝(つた)わって来(く)る。

びき びき びきっ
突然(とつぜん)、不吉(ふきつ)な音(おと)が響(ひび)いた。
「なんだ?」
狼狽(うろた)える碧(あおい)に、陽(よう)が鋭(するど)く答(こた)えた。
「氷(こおり)が割(わ)れてく!」

凍(こお)り付(つ)いた湖面(こめん)が、裂(さ)けたのだ。
すぐに、割(わ)れ目(め)の間(あいだ)も凍(こお)りついていく。凄(すさ)まじい寒気(かんき)のせいだ。

ごごごごごごごご……
裂(さ)け目(め)に、どんどん氷(こおり)が盛(も)り上(あ)がった。

がきーん!
いきなり、畳(たたみ)みたいな氷(こおり)の固(かた)まりが、裂(さ)け目(め)から飛(と)び出(だ)した。
収(おさ)まりきれなかった分(ぶん)が、矢(や)のように突(つ)き出(だ)したのだ。

がきん がきん がきん!
なんてことだ。連続(れんぞく)して、ばかでかい氷塊(ひょうかい)が、割(わ)れ目(め)から飛(と)び出(だ)してくる。

「こっちに来(く)る!」
桃(もも)が、悲鳴(ひめい)混(ま)じりに叫(さけ)んだ。
湖面(こめん)に出来(でき)た裂(さ)け目(め)を、まるで走(はし)って来(く)るように、ぼこぼこと氷(こおり)が突(つ)き出(だ)してくるのだ。
裂(さ)け目(め)の先(さき)には、暁(あかつき)がいる!

「暁(あかつき)!」
陽(よう)が、慌(あわ)てて、鞍(くら)から降(お)りようとした。

「待(ま)て、大丈夫(だいじょうぶ)だ」
凍(こお)り付(つ)いている筋肉(きんにく)三郎(さぶろう)が、野太(のぶと)い声(こえ)で陽(よう)を止(と)めた。

ころころ ころころ
そのとき。みんなの耳(みみ)にも、はっきりと聞(き)こえた。涼(すず)やかな鈴(すず)の音(おと)だ。

がきん! がきん!
突(つ)き出(だ)してくる氷塊(ひょうかい)の上(うえ)に、音(おと)の正体(しょうたい)は漂(ただよ)っていた。
それは、大小(だいしょう)さまざまな鈴(すず)の寄(よ)せ集(あつ)めだった。
みな、金(きん)一(いっ)色(しょく)に輝(かがや)いている。

新(あたら)しい氷(こおり)が飛(と)び出(だ)すと、金色(きんいろ)の鈴(すず)たちは、ころころと鳴(な)りながら、その上(うえ)に移(うつ)った。
どんどん、近(ちか)づいて来(く)る。

やがて、見(み)えない手(て)が纏(まと)めているかのように、大小(だいしょう)の鈴(すず)は人(ひと)の形(かたち)を取(と)り始(はじ)めた。
四肢(しし)が出来(でき)上(あ)がる。頭(あたま)が備(そな)わる。
強(つよ)い金(こん)色(じき)の輝(かがや)きが弱(よわ)まっていき、姿(すがた)が現(あらわ)れた。

ころころ……
鈴(すず)を転(ころ)がすような音(おと)は、女性(じょせい)の笑(わら)い声(ごえ)に変(か)わっていた。
セイレーンの歌声(うたごえ)かと思(おも)うほど、美(うつく)しい。

軽(かろ)やかに舞(ま)いながら、オーロラがやって来(き)た。

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