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12.御神渡り(2)
水面に浮かんだスワンたちには、災難だった。
そのまま氷上に縫い付けられてしまったのだ。
相当、冷たいらしい。
四羽とも、呻きながら、巨大な羽をバタバタさせている。
「白鳥さん! 大丈夫?」
暁は叫んだ。
すると、上から音が響いてきた。
ころころころ……
え?
暁は、上空を見上げた。
なに? 涼やかで、可愛らしい音だ。
すうっ
暁の脚から、青白い光が消えた。
陽と碧は、音には気付いていない様子だ。
じたばた悶える白鳥の手綱をとりつつ、心配そうに声を掛けている。
黒鳥は、いっとき暴れたものの、今は、じっと耐えていた。
揺らしたら、桃が怖がってしまう。
だが、苦悶の表情だ。
「黒鳥さん、黒鳥さん!」
桃は、もう涙声だ。
だが、どうすることもできない。
「あ、暁……。最期に、俺の名前を呼んでくれないか?」
マッチョ・スワンズのリーダーは、情感たっぷりに呟いた。
「名前?」
あるんだ、個体名が。
すると、超低音の声が、水を差した。
「なにを雰囲気に浸ってやがる。こんくらい屁でもないだろう、お前ら筋肉達磨は」
呆れ顔で、ド・ジョーが吐き捨てた。
体育会系な輩に対する扱いは、雑である。
金色のドジョウが乗った水柱も、氷柱と化していた。
だが、天辺に立っている魚体は、凍ってはいない。
水で出来たトレンチコートとソフト帽からは、豊かに水が流れ落ちている。
「お~ら、よっと」
氷柱の上で、ド・ジョーが跳ねた。
ぽちゃん
落ちる。すると。
ぼわん!
氷柱が、水柱に変わった。
それだけではない。ド・ジョーが乗った水柱が、氷の中に、ぐいっと押し込まれた。
たちまち。
凍り付いた広大な湖面が、溶けて水に戻っていた。
はー、やれやれ。
マッチョ・スワンズは、それぞれ息をついた。
動けるかどうか、羽繕いをして確かめている。
「オーロラにも困ったものねえ」
マダム・チュウ+999が、頬に手を当てて憂いた。
「これって、オーロラがやったの?」
碧が尋ねる。犯人は、あいつか。
「そうよ。楽しそうにしてたから、はしゃいじゃったのね」
なんと迷惑な「はしゃぎかた」だ。
リーダーのもとに、マッチョ・スワンズが集結した。
「よし! みんな無事か」
「押忍!」
はい、大丈夫です。
「桃ちゃん、大丈夫?」
暁が、白鳥の鞍上から気遣った。
瞳の端が、濡れちゃってる。
「桃、泣かないで。ちょっとくらい凍り付いても、我々には大事無い。鍛錬の賜物です」
巨大な黒鳥が、桃にウインクした。
イケメン、というか、イケ鳥だ。
「そうなんだ! すごいねえ」
暁が、にこにこした。
「黒鳥さんも白鳥さん達も、無事でよかった。あ、さっき、お名前があるって言ってたよね? みんなあるの?」
マッチョ・スワンズ4羽は、こくりと頸を曲げた。リーダーが、口を切った。
「筋肉一郎だ」
続けて、碧の乗った白鳥が名乗った。
「筋肉二郎」
陽を乗せた白鳥の番だ。
「筋肉三郎」
うんうん。みんな頷く。そうかと思った。
桃を乗せた黒鳥が、続けた。
「筋肉四郎五郎マッスル左衛門」
「いや、なんで?」
碧が、代表してツッコんだ。
「四郎五郎、というのは説明なんです。父親は四男で、自分は、その父の五男として生を受けた。名前本体は、マッスル左衛門」
なるほど。戦国武将の名前みたいだ。
ふうん、とみんなで黒鳥の説明に納得していた矢先。
びしいっ
またもや、湖面が凍り付いた。
「おい、こら、オーロラ!」
ド・ジョーが、上空に向かって叫ぶ。
「いいかげんにしろ!」
ぼわん!
また、一瞬で氷を解かした。
ビシイイッ
凄まじい冷気が、応戦する。
瞬く間に、湖面が凍り付いた。
はた迷惑な応酬だ。
そして、エンドレスで続いた。
マッチョ・スワンズは、ぴきーんと凍り付いては、じたばたする。
子ども達も、ぶるぶる震えながら、全員、後悔した。上着を着てくるんだった。
ころころころ
あ、まただ。
暁は、白鳥の鞍上で、きょろきょろした。
鈴の音みたいだ。さっきより近い。
ビシィ……!
ひときわ強い寒気が襲った。
みるみるうちに、湖面が厚く凍り付いていく。
とうとう、ド・ジョーも、水柱ごと氷の彫刻と化してしまった。トレンチコートとソフト帽も、カチンコチンだ。
「ド・ジョー! 大丈夫?」
碧が叫んだ。
だが、肩の上のマダム・チュウ+999は、ことも無げに言い捨てた。
「ああ、大丈夫よん。しばらくすれば、自分で解凍するから」
ばさっ
暁が乗った白鳥だけが、ジャンプして難を逃れていた。さすがはリーダーである。
びいーんっ
そして、氷の上に着地した。
変な音だ。振動が、湖面から伝わって来る。
びき びき びきっ
突然、不吉な音が響いた。
「なんだ?」
狼狽える碧に、陽が鋭く答えた。
「氷が割れてく!」
凍り付いた湖面が、裂けたのだ。
すぐに、割れ目の間も凍りついていく。凄まじい寒気のせいだ。
ごごごごごごごご……
裂け目に、どんどん氷が盛り上がった。
がきーん!
いきなり、畳みたいな氷の固まりが、裂け目から飛び出した。
収まりきれなかった分が、矢のように突き出したのだ。
がきん がきん がきん!
なんてことだ。連続して、ばかでかい氷塊が、割れ目から飛び出してくる。
「こっちに来る!」
桃が、悲鳴混じりに叫んだ。
湖面に出来た裂け目を、まるで走って来るように、ぼこぼこと氷が突き出してくるのだ。
裂け目の先には、暁がいる!
「暁!」
陽が、慌てて、鞍から降りようとした。
「待て、大丈夫だ」
凍り付いている筋肉三郎が、野太い声で陽を止めた。
ころころ ころころ
そのとき。みんなの耳にも、はっきりと聞こえた。涼やかな鈴の音だ。
がきん! がきん!
突き出してくる氷塊の上に、音の正体は漂っていた。
それは、大小さまざまな鈴の寄せ集めだった。
みな、金一色に輝いている。
新しい氷が飛び出すと、金色の鈴たちは、ころころと鳴りながら、その上に移った。
どんどん、近づいて来る。
やがて、見えない手が纏めているかのように、大小の鈴は人の形を取り始めた。
四肢が出来上がる。頭が備わる。
強い金色の輝きが弱まっていき、姿が現れた。
ころころ……
鈴を転がすような音は、女性の笑い声に変わっていた。
セイレーンの歌声かと思うほど、美しい。
軽やかに舞いながら、オーロラがやって来た。
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