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15.シャットダウン(1)
マッチョなスワンの野太い頸が、しなやかに曲がった。
白鳥クレーンの動力は、鍛え上げられた筋肉である。
嘴にぶら下げられた碧は、無事、鞍上に戻された。
「えっと、ありがと」
「押忍」
白鳥、筋肉二郎が、碧に短く応える。
あまり無駄口は叩かないタイプだ。
「じゃ、アクセスを聞けばいいんだよね」
暁が、スワンの上に揃った仲間に言った。
みんな、こくりと頷く。
「でも、前のと全然違うけど、これも案内板なんだろ。正確に尋ねなくちゃ」
陽が、注意を喚起する。
そうだ。でないと、正しいアクセスが案内されない。
「うん。じゃ、碧が聞いて」
あっさり、暁が振った。適材適所だ。
「はいはい」
碧も慣れている。立て板に水だった。
「案内板! ここから、西センター1階のエントランスホールまで帰るアクセスを教えて」
今回の相手は、でかい。自然と大声が出た。
地底湖は、青と白に分かれて光っていた。
ぐるりと囲む壁。楕円形の湖底も、すぱりと真ん中で区切られている。
半分が白、半分が青だ。
この全てが、案内板なのである。
上空から、声が降って来た。
『一人ずつ帰るアクセスと、全員が同時に帰るアクセスとがあります。どちらをご希望ですか』
「全員同時に、だ」
陽が、きっぱり答えた。
他の選択肢なんて、ない。
『かしこまりました。では、そのアクセスをご案内致します。全員、スワンに乗り、バトンパスをして下さい』
「バトンパス? リレーみたいに?」
碧が、声のする方を見上げて尋ねた。
『はい』
「じゃあ、湖を一周づつ回るのかな。バトンの受け渡し区間は、どっからどこまで?」
「湖じゃ、テイク・オーバー・ゾーンが分かりにくいよなあ」
暁と陽が、相次いで聞いた。
二人とも、選抜リレーの常連選手だ。質問が具体的である。
上から返事があった。
『厳密にいうと、バトンパスではありません。一番近い表現として、使用しました』
なるほど。
「じゃあ、実際のルールを、細かく説明して」
碧が促した。
『はい。まず、使用するバトンは、何でも構いません。それを、全員に順番に回してください。それだけです。距離を走る必要は、ありません。また、バトンをパスできる区間も、限定しません。ただし、双方が必ずスワンに乗った状態で、バトンを受け渡しして下さい』
「どうして?」
桃が、小さく首を傾げた。
声も小さい。だが、案内板は、その音声も拾って答えた。
『今回の依り代は、スワンだからです。バトンではありません。そのため、バトンは何を使用しても可能なのです。ちなみに、バトンが前走者の手を離れて、次走者に渡っても、セーフとなります』
「つまり、バトンを投げて渡してもOKってことかあ」
陽が、簡単に言い直した。
本当のリレーだったら、完璧に失格だが。
『そうです。最後の人が、一番最初の人にバトンを還したら、全員が帰れます。なお、時間の制限はありません』
毎回、予想もしないアクセスが案内される。
バトンパスとは。
一体、今回は、どんなふうに帰れるんだろう。
暁は、さっさと話を進めた。
「じゃ、やろっか。バトンは何にしよう?」
勿論、リレー用のバトンなんて無い。
暁は、ふと、自分の手を見た。
「あ、じゃあ、これにしよ」
軽く決めると、碧に投げて寄越した。
何の気なしにキャッチした碧が、声を荒げた。
くだんの、オーロラがくれたティアラ型髪飾りじゃないか。
「って、これかよ! 投げるなよ、こんな高そうなもの!」
小言を言いながら、白鳥を御して、陽のもとへ向かう。
碧は、ちゃんと手渡しで、陽にティアラを託した。投げるなんて、とんでもない。
次は、陽の番だ。
もとより、四人とも、そう離れてはいない。
巨大なスワン達が、狭い範囲で行きかう図だ。
リレーとは、ほど遠い光景である。
陽は、ティアラを桃に差し出すと、急かさずに待った。
おそるおそる
桃が、鞍のハンドルから手を離す。
落としちゃったら、どうしよう。
ふるふる伸ばしてきた手に、陽は小さな王冠を乗せた。
自分の両手で包み込んで、しっかり握らせる。
成功だ。
ほ~
全員の声が、揃った。マッチョ・スワンズまで、全羽、息を着いている。
「あとは、暁に還せば終わりだ。桃、焦らなくていいぞ」
「桃ちゃん、制限時間は無いんだからね。ゆっくりでも大丈夫」
陽と碧に口々に言われて、桃も表情を和らげた。
うん、なんとかなりそうだ。
黒鳥も心得て、ゆっくりと泳ぎ出した。
桃は、ティアラを握った手を、輪っかハンドルに押し付けている。これなら、片手運転より、ちょっとはマシだ。
「桃ちゃん」
暁が、笑顔で呼びかけた。
ああ、もうすぐだ。よかった。
全員が、そう思った瞬間だった。
ばちん!
全ての光が、消えた。
え?
桃は、目を疑った。
いったい、何が起こったの?
何も見えない。自分の腕すら、どこにあるのか分からない。墨を流したような闇だ。
いや、怖い……!
「きゃあああ!」
たまらず、桃は悲鳴をあげていた。
自制なんて利かない。恐怖が、喉から勝手に吐き出されていくのだ。
「桃! 落ち着け! 暗くなっただけだ。そのまま、じっとしてろ」
陽の大声が、暗闇に響き渡った。
地下の空間だけに、一筋の明かりさえないのだ。
まずい。みんな、パニックを引き起こしかねない。
「碧! 大丈夫か?」
陽の落ち着いた声を聞いて、碧は直ちに自分を取り戻した。
正直、口から心臓が出るほど、びっくりした。
それでも、ちゃんと返事をしていた。
ほぼ条件反射だ。
「平気だ。なんだ、これ」
横から、ド・ジョーの声が答えた。
「まだ水脈が狂ってやがるのか? 見回って来る。みんな動くなよ!」
遠くなっていく。泳いで行ったらしい。
「暁! 大丈夫か?」
まずは、全員の安否確認だ。
陽の呼びかけに、すぐさま暁が返した。
「うん、平気だよ。桃ちゃん、私が近くにいるからね。大丈夫だよ」
全然見えないけど、確かに、近くから暁の声が聞こえる。
桃は、震えながら返事をした。
「……うん」
「桃、僕が傍にいる。安心して」
黒鳥さんだ。
ふわふわした羽の感触が、頭を撫でていく。
「ん」
桃は、ティアラを握りしめたまま、スワンの頸にしがみついた。あったかい。安心する。
「一郎さん、桃ちゃんのとこまで行ける?」
暗闇の中、暁は乗っている白鳥に尋ねた。
少しでも、桃を安心させてあげたい。
「やめておこう、暁。ぶつかっちゃ、危ない」
「そっか……、そうだね」
桃が湖に落っこちたら、大変だ。
暗闇の中で、溺れかねない。
「桃は、マッスル左衛門が守る。大丈夫だ」
「わかった。いつも、こんなふうに真っ暗になるの?」
尋ねると、白鳥が考えこんだのが分かった。
「いや……。こんなことは初めてだ」
「そうなんだ。遊園地のお化け屋敷みたい。前にね、みんなで行ったんだよ」
この状況で、お化け屋敷の話かよ。
マッチョ・スワンズのリーダーは、半ば呆れながらも感嘆した。
頼もしい子だ。全然、怯えていない。
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