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19.糸(1)
どうして、思い通りにならないの?
どうして、みんな邪魔をするの?
みかげは、そう叫んでいた。
だが、変だ。
野獣のような吠え声しか、聞こえてこない。
行かないで。ここにいて、一緒に。
もう帰りたくない、あんなところになんて。
思い通りにならなかった、あんなところになんて。
自分の手が、足が。
願いのままに伸びていく。
ばしっ ばしっ ばしっ
その度に、阻まれた。
湖から縒り出された、太い水の縄で。
なんて憎たらしい。
いなくなっちゃえば、いいのに。
そうだ、おかしい。
今までは、「いなくなっちゃえ」って思えば、その通りになっていたのに。
「みかげ! いいかげんにしろ! もう、向こうに戻るんだ」
ド・ジョーは、応戦しながら、辺りをうかがった。
まずい。
地底湖の壁面も、湖底の石も、通常ならば、くっきり分かれる筈なのだ。
青と白、半分半分に。
はっきりと、青の方が大きくなっていた。
今も、どんどん、白の領域を塗り潰していく。
いや。よく見ろ。
色の境目は、行きつ戻りつしている。
今なら、まだ間に合う。
「みかげ! お前の方が、二度と帰れなくなるぞ!」
だが、ド・ジョーの声は、みかげに届かない。
「碧! 行くぞ、ラストだ」
陽が、マダム・チュウ+999を手に叫んだ。
マッチョ・スワンズは、湖面の上空を悠々と飛んでいた。
みかげの攻撃は、やってこない。
全て、ド・ジョーに封じられている。
いける、これなら。
「いつでもいいわよ。必ず成功させるわ。あなた達をここから帰してあげる」
握ったピンクネズミも、キリっと表情を引き締める。
陽が微笑んだ。
「ありがとう、マダム・チュウ+999」
そして、声を大きくして続けた。
「マッチョ・スワンズの皆も、ド・ジョーも、どうもありがとう。俺達を帰そうと頑張ってくれて」
「うん! ほんと! ありがと~!」
暁も、ぶんぶん片手を振った。
「どうもありがとうございました!」
碧も、深々とお辞儀をする。
スワンに乗ったままだが、最敬礼だ。
「ありがとう、みんな。黒鳥さん、ほんと、ありがと」
目を瞑った桃も、絞り出すように言った。
帰れるのは、嬉しい。
だけど、もう会えないんだ。
黒鳥は、そんな桃を優しい目で見遣った。
この子を、必ず帰さなければ。
他のスワン達も、固く決意していた。
リーダーが、代表して宣言する。
「おう! お前らは、俺達が必ず現実の世界へ帰してやる!」
「って、あれ? マダム・チュウ+999、なんか付いてる?」
陽は、驚異の裸眼視力と、優れた注意力の持ち主だ。
ゆえに気づけたのだ。
ごくごく細い。しかも透明だ。
「糸だ」
一本だけではなかった。背中に、何本も付着している。
優しく、ネズミの体を揺らしてみる。
きらきら
ずっと先まで、光る糸が見えた。
かなり長い。
「なんだろう? クモの巣かなんかに、突っ込んだのかなあ」
陽が、手を伸ばした。払ってやろうとする。
すると。
「お兄ちゃん、だめー!」
いきなり、桃が怒鳴った。
カッ
驚いたことに、固く瞑っていた目が、見開かれている。
「それ取っちゃだめ! よく分からないけど、帰るのに必要なの! さっき、ティアラにも付いてた!」
はったと、兄を睨みつける。
すごい剣幕だ。
「桃……」
黒鳥は、下で目を剥いている。
無理もない。
「分かった?!」
母親そっくりの口調で、桃は兄に畳みかけた。
卵を電子レンジに入れようとした時と、同じ反応だ。
「お、おう」
陽は、ぎこちなく頷いた。
握られているマダム・チュウ+999も、迫力に呑まれて、こくこく頷く。
桃は、厳然と命じた。
「そのまま碧にパスして!」
「おう」
ぽいっ
言われるがままだ。陽は、横を飛んでいる碧に、ピンクネズミを放り投げた。
ぱす
碧の手に、最後のバトンが着地した。
拍子抜けするくらい、あっさりと。
「あらん。成功ね」
マダム・チュウ+999が、気の抜けた声を出す。
ふわり
そして、碧の手から、ピンク色の体が浮いた。
「糸だ」
碧は、目を見開いた。
はっきり見えた。キラキラした透明な糸が、マダム・チュウ+999を持ち上げている。
「アッデュー、碧。もう、ここに来ちゃだめよ~ん」
オネエな口調で言い残すと、そのままネズミは飛んで行った。
しゅたっ
前を飛んでいる暁の肩に、着地した。
「暁、あなた、髪の毛くらい梳かしなさいな。最低限の身だしなみは、人に対するマナーよん」
いきなり説教だ。
だが、暁は元気よく頷いた。
「うん! わかった!」
いや、でも確実にやらなそうである。
ひゅうんっ
一瞬で、ピンクネズミは、桃の前に現れた。
輪っかハンドルの上に立っている。
「桃、あなた、見所あるわあ。ポテンシャルが高いのね、きっと。将来楽しみねえ」
「えっと、それはどういう意味?」
桃が、首を傾げた。
兄を叱り飛ばした勢いで、目は開いたままだ。
だが、もういない。
「陽~! アタシのこと、忘れないでね~ん」
今度は、陽の肩だ。
すりすりと体をこすりつける。
マーキングでもしているのか。
「ちょっと、マダム・チュウ+999!」
碧が唇を尖らせると、また飛んで来た。
ひゅうんっ
そして、あっという間に、暁の所へ行ってしまう。
桃、陽、そしてまた碧へ。
ぐるぐる
マダム・チュウ+999は、スワンからスワンへと渡り飛ぶ。
きらり
背中で、糸が光った。これが、ピンクネズミを操り人形よろしく飛ばしているのだ。
透明な糸が、どんどん白っぽく見えだした。
何本も縒り合わさったせいだろう。
気付いた碧が、息を呑んだ。
暁も、陽も、桃もだ。声を失って、見渡す。
数珠繋ぎだ。自分たちの乗るスワンが、糸で、ひとつながりにされていく……。
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