ダンジョンズA〔3〕嘆きの湖(裏メニュー)

19.糸(2)裏メニュー

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19.糸(2)

湖面に立ったド・ジョーは、攻撃を止めた。
みかげのフィルム手足は、くるくる丸まると、次々に本体へと戻っていく。

しゅううぅ……
伸しイカみたいに引き伸ばされていた体が、みるみる縮んでいった。
そして、厚みを増していく。
セピア一色だった体も、徐々に色づいてきた。

今や、壁も湖底も、青に染まっていた。
いや。ほんのひと帯だけ、端っこに白く残っている。
さっきまで荒れ狂っていた湖面が、たっぷんたっぷん揺れていた。

「みかげ、聞こえるだろう。まだ帰れるぜ。何を企んでるか知らんが、これだけは分かる。それは、お前自身も滅ぼすことだ」
湖面に立った金色のドジョウが、睨んだ。

少女も、水の上に立っていた。
いや、そう見えるだけだ。
小島に立っているのだ。

それは、湖面ぎりぎりに浮き出た、透明な島だった。
暁達が最初に着陸した、双子の白い小島とは違う。
近づいて、よく見ないと、そこにあることにすら気付かないだろう。

透明な小島の表面を、波が薄く渡ってきた。
みかげの靴を濡らす。
ブランドのワンピースに合わせた、おしゃれな革靴だ。

「い……やよ……」
ようやく、人語が喉から出た。

そう、いやだ。
なにもかも、いやだ。

「暁たちは帰る。人の邪魔をするな」
「いやって言ってるでしょ!」

水柱の上に立つド・ジョーは、小さい。
だが、みかげと対峙した金色の魚体は、言い知れぬ迫力を醸し出していた。

()(ちょう)に邪魔はさせねえ。あいつらは、お前とは違う。客人(まろうど)だ。現実の世界に帰す」
ド・ジョーは、きっぱりと言った。

少女の姿に戻ったみかげは、青ざめて見えた。
圧倒的に広がった青い光が、地底湖をあまねく照らしている。

「みかげ、最初に暁が来た時のことを覚えているか? 暁は、お前を助けたいと言ってくれたんだぞ」
「知らないわ。私は、そんなこと頼んでなんかいない!」

ここまでか。
ド・ジョーは、心で呟いた。

みかげは、飛んでいるスワンズを憎々し気に見上げた。
バトンパスは、成功してしまったのだろうか。

ほとんど、やぶれかぶれだった。
右手に力を込めて、先頭の白鳥を狙う。
いけるわ。まだ伸びる! 

ド・ジョーは、手加減した。
ごおっ!
それでも、凄まじいまでの水流だった。
激しい衝撃が、まともにみかげを襲った。

上げた悲鳴は、途中で途切れた。
どさり
みかげが倒れた。
完全に戦闘不能状態だ。

金色のドジョウは、小島を(いち)(べつ)すると、上空を見上げた。
「ふん。どうやら、うまくいきそうだぜ」

「ちょ、ちょっと、マダム・チュウ+999!」
碧が、きょろきょろした。
やって来る度に、オネエネズミは何かを言い置いていくのだが、もはや聞き取れない。

きゅるきゅるきゅる
声も動きも、早回しの動画みたいだ。

「ちょっと! なんて言ってるの?」
きゅるきゅるきゅる
だめだ。

マダム・チュウ+999が駆け巡るたびに、糸は、どんどん太くなる。
もはや、ロープだ。

さらに、ピンクネズミが速度を上げた。
きゅるきゅるきゅるっ
きゅるきゅるきゅるっ

あまりの速さに、ピンク色の帯まで混じっているように見えてきた。

「おい、碧! このままじゃ、」
スワンが飛べなくなる。
陽が、そう続けようとした途端。

ぐいん
一気に、糸が輪を(せば)めた。
締め付けられたスワン達が、ぎゅうっと真ん中に集められる。

「うわっ」
「きゃあ!」
碧と桃が、悲鳴を上げた。

()()の巣に絡めとられたような塩梅だ。
巨大スワンごと、四人は空中でぐるぐる巻きになった。
膨大な量の糸だ。お互いの姿すら見えない。

暁は、気付いた。
一郎さんが、羽ばたいていない。
それはそうだ。これでは飛べたものではない。

羽ばたいていない?
落ちる!? このままじゃ。

「一郎さん!」
暁は、白鳥の(くび)に、しがみ付いた。
その途端、悲鳴が喉元で凍り付いた。

冷たい。そして固い。
白鳥は、生きている者の温かさと柔らかさを失っていた。
目の前で、純白の羽毛が、緑がかった青色に染まっていく。

同時に、視界を遮っていた白い糸が、だんだんと透けてきた。
キラキラと光を放った後、溶けるように消えていく。

「暁!」
陽が見えた。
碧も、いる。桃ちゃんも。

「みんな、危ない、捕まって!」
暁は、急いで下を見た。

青い湖面は、そこにはなかった。

「え?」
白い。これは……床だ。

ばっ
視線を戻す。
陽と碧が、呆然とした顔をしている。

暁も、ようやく気付いた。
乗っているのは、青銅のスワン像だった。

西センターのエントランスホールだ。

「戻れたんだ……」
暁は、呆然と呟いた。
「よかったなあ!」
陽が、スワン像に突っ伏して叫ぶ。

桃は、まだ白鳥像にしがみ付いていた。
ぎゅうっと目を瞑っている。気づくどころではない様子だ。

はっ
いち早く、碧が我に返った。
「ここから下りよう。急いで。こんなとこに登っているのを見つかったら、また怒られる」
地宮からの帰還も、三度目だ。
いいかげん、慣れようものである。

暁と陽も、素早かった。
碧が「怒られる」と言う前に、するすると降りていた。(さる)(やま)の猿より、早い。
そして、二人して桃を抱き下ろすと、もたもたしている碧まで助けてくれた。
実に頼もしい。

ふう……
四人は、像の前で息をついた。
利用客は、まばらだ。誰も、こっちの方を向いてはいない。
警備員さんも、やって来なかった。
どうやら、気取られないで済んだようだ。

「暁、ティアラ、付いたまま」
桃が、そっと暁の袖を引っ張った。

「あ!」
しまった。持って帰っちゃった。
暁は、慌てて頭に手をやった。
王冠型の髪飾りは、あっさりと髪から取れた。
()(きゅう)では、あんなにがっちり付いていたのに。

「どうしよう、これ?」
今さら、返しになんて戻れない。
暁は、途方に暮れた。
金地に、色とりどりの宝石が埋め込まれている。
誰がどう見たって、本物のジュエリーだ。

「とりあえず、バッグに入れて、」
碧が、そこまで言って、ふっと黙った。

バッグ。
次の瞬間。四人は、声を揃えて叫んだ。
「あー! バッグ!」

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