ダンジョンズA〔3〕嘆きの湖(裏メニュー)

20.囚人(めしゅうど)(2)裏メニュー

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20.囚人めしゅうど(2)

その地下深く、(なげ)きの湖で。
スワン達は、てんでんばらばらに舞っていた。
野太い声で、(かい)(さい)を叫び合う。
「やったぞ!」
「ああ、成功だ!」
「我々の勝利だあ!」

そんななか、一羽のスワンが舞い降りてきた。
黒鳥だ。
羽をばたつかせて着水すると、すいーっと泳いでくる。

荒れ狂っていたのが嘘のようだ。
湖面は、鏡のごとく静まり返っていた。
水柱の上に、金色のドジョウが立っている。
憮然とした顔だ。

客人(まろうど)は無事に帰ったよね?」
四郎五郎マッスル左衛門は、尋ねた。
穏やかな口調だ。
マッチョ・スワンズの中では、こいつが一番、温和で優しい性格をしている。

「ああ。大丈夫だろう」
ド・ジョーが、低い声で答えた。

辺りは、一面、青く染まっていた。
地底湖を取り巻く壁も、湖底の石も。
白い部分は、もう、一筋も残っていない。

すぐ傍に、小島が浮かんでいた。
そこに打ち伏した姿を認めると、黒鳥は顔を曇らせた。
まるで、水面に女の子が浮いているかのように見える。この小島が、今は透明だからだ。

「その()(ちょう)は? 大丈夫?」
巨大なスワンは、近づくと、そっと赤い(くちばし)でつついた。

「……う……ん……」
少し動いた。
(もう)(ろう)としていた意識が、はっきりとしてきたらしい。

みかげは、のっそりと上体を起こした。
ぺたりと座り込んだポーズになる。
ゆっくりとした動きだ。

すると。
ぱあっと、小島の表面が色づき始めた。
ぽたりと、血を水に垂らした時みたいに、薄く染まっていく。

ぽたり ぽたり……
どんどん濃くなっていく。

見ていたド・ジョーが、心の内で呟く。

そうだ。この透明の小島は、赤に染まる。
危険を察知したときに。
禍々しいことが起こる(しるし)に。

「痛っ」
急に、みかげが顔をしかめた。
反射的に、痛みの走った場所を手で押さえる。
右の足首だ。

なに?
ソックスを(まく)ってみる。
じわじわと、恐怖が胸を締め付けた。

ぶるぶる
右の足首が、勝手に震えている。
そうじゃない。形が変わるほど、ぶよぶよと歪んでいるのだ。

なにかが、この皮膚の下にいる。
この中で、暴れている。
なにが?

にゅるん
押さえた手の隙間から、緑色の芽が飛び出してきた。

派手な悲鳴は、上がらなかった。
「あ、あぁ、ああ……っ!」
狼狽(うろた)えた声が、繰り返し、しゃっくりのように吐き出された。
無意識に、みかげは頭を左右に振っていた。
ちがう。いやだ。ちがう!

それでも、目を離せない。
尻もちをついたような恰好で、みかげは、自分の足首から生えた芽を凝視していた。

痛くはなかった。
にゅる にゅる にゅる……
どんどん、伸びていく。

植物の(つる)に見えた。
だが、不自然だった。
葉が一枚もない。ただの、太い緑色の(ひも)だ。
細長い蛇のように、くねくねしている。

一瞬。蔓の先っちょと目が合った気がした。
そんな筈はないのに。

すると。
カッ
蔓の先が、分かれた。
まるで手指のように、五本に。

がっしょん!
そんな音がした。蔓の手は、みかげの足首をがっちりと握ったのだ。

「……ひっ」
みかげは、引きつった声を上げた。

「ド・ジョー……」
黒鳥が、悲しそうに呼びかける。
「……どうにもできねえよ」

そうだ。こうなることは分かっていた。
さんざんの忠告を無為にしたのは、みかげ自身だ。
それでも、ド・ジョーは痛ましそうに目を閉じた。

みかげは、座り込んだまま、恐怖で凍り付いている。見開いた目が、残酷な光景を映す。

足首から伸びた蔓が、再び足首に戻って嚙みついた状態だ。
ループになった緑の紐が、今度は根元の方から、縒り合わされていった。

くるくる
二本の蔓が(よじ)れて、一本の縄になっていく。

最後まで捩じり終わった。
すると。
ぽん!
先っぽに、音を立てて実が生った。
ピンポン玉ほどの、緑色の実が、一つ。

今度こそ、みかげは叫んだ。
「きゃあああああ!」

上空を舞う白鳥達にも届くほどの絶叫だった。

だが、マッチョ・スワンズにも、なすすべはない。
筋肉一郎に乗ったマダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()も、バサバサの睫毛を伏せた。
皆、痛ましい目で、下を眺める。

眼下に広がる楕円形の湖面は、一面、青く光っていた。

白い小島が、二つ。
その中に、ぽつりぽつりと離れて浮かんでいる。
二つとも、全く同じ形だ。
楕円形の真ん中には、「人の針」が着地する目印が、円形に刻まれている。
そう。まるで、眼球を(かたど)ったかのように。

マッチョ・スワンズの巣も、見えた。
湖の端っこだ。その両目の斜め上に位置している。
積み重なったバーベルは、上空から眺めると、思いのほか小さい。まるで、くしゃくしゃした髪飾りだ。

そして、離れたところに、もう一つの小島。
色付いたせいで、今は、はっきりと湖に浮き出ていた。
赤い、三日月の形をしている。

「もう、こいつは()(ちょう)じゃない」
ド・ジョーが、重々しく宣告した。
少女の足首に巻き付いた蔓は、(あし)(ぐさり)
その先の実は、(いまし)めの鉄球と同じなのだ。

「もう、ここに(とら)われてしまった。こいつは、囚人(めしゅうど)だ」

湖は、青一色に光る、巨大な仮面だった。
少女が、小島に座り込んでいる。
真っ赤に弧を描いて微笑む、ピエロの(くち)のような小島に。

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