ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

1.たい焼きはあんこ・たこ焼きは大阪(2)裏メニュー

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

1.たい焼きはあんこ・たこ焼きは大阪(2)

夫婦は、喧嘩すれすれのやり取りを続けている。
碧は、やおら切り出した。
「あの、ちょっと説明しづらくて、」

すっ
二人の意識が、切り替わったのが分かった。
反応が速い。
必要な時に、感情をすぐさまスイッチできる。
きっと二人とも、優れたビジネスマンだ。

一ノ瀬夫妻は、体ごと碧の方を向いた。
何も言わず、真剣な瞳で、碧を促している。

「ええと、他校の子なんだけど、一方的に暁を気に入ったらしくて。それで、色々とあったんだけど、結局のところ、その子は暁のことを利用しただけだったんだ」

碧は、考えていた説明を淀みなく口にした。
一緒に出掛けるという時点で、まあ聞かれるだろうと予測していたのだ。

嘘は言っていない。
だが、色々あった、の「色々」部分が、話せないだけだ。

「さすがに、暁もそうと気付いたから、落ち込んでるんだと思う」

夫婦は、顔を見合わせた。
人間関係か。そっちは予想していなかった。

「誰、それ?」
また直球だ。母の目が、怒っている。
そりゃそうだろう。そのせいで、あの暁が元気を失うほどなのだから。

「えーと、そこが説明しづらくって」
碧は苦り切った。
ありのままに表現すると、こうだ。
「ペラペラ人間で、巨大化したりして、でも現実に存在するらしい人物です」
いやいや……。言えるわけないだろ。

「その子は、また暁に接触してくるかな?」
父親も、整った顔を険しくさせた。

碧は、はたと考えた。
また?
また、あの地宮に行くことが、果たしてあるだろうか。

今回は、前回よりも更に危なかった。
無事に帰れたのは、ド・ジョーやマダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()、マッチョ・スワンズのお陰なのだ。

あそこには、もう行っちゃいけない。
あのとき。エレベーターに乗る前に、(よう)は真剣な表情で、そう言っていた。
そうだ。陽の言う通りだったじゃないか。

碧が発した声は、固く重かった。
今度こそ防ぐんだ。
また、みかげが暁を狙うとしても。
「接触させないように、気を付ける。陽も、力になってくれるから」

「陽君が?」
いきなり出てきた名前に、両親は面食らった。
二人、同時に声を上げる。
どうやら、空手教室絡みの事件だったようだ。

「うん。あと、桃ちゃんも。二人とも事情は分かってるから」
罪悪感を感じながらも、碧は、どうしても話す気にはなれなかった。
だって、とても信じられない話だ。

「その子についても、調べてみるから。フルネームとか、どこに住んでるかとか」
確証はあった。後は聞き込みだ。

「分かったら、あーちゃんママにも、あーちゃんパパにも、ちゃんと言うよ。空手教室を止めるまでには、判明させるから。だから、ちょっと待ってて。お願い」

我が子の千倍は、しっかりしている。
そして、ばぶばぶと、よだれを垂らしている赤ちゃんの頃から見守ってきた子だ。

二人とも、とどのつまり、碧には、めちゃくちゃ甘い。
お願い、なんて言われたら、いちころだ。

「そうか」
「わかったわ」
引き際も、二人そろって潔かった。
正直言って、よく分からないけれど、大丈夫。碧なら、必ず教えてくれるだろう。

碧は、ちょっと拍子抜けした。
実は、もっと沢山の言い訳をシミュレーションしてきたのだ。
結局、使わないで済んでしまった。

でも、これで詰んだ形になっちゃったぞ。
必ず、みかげの身元を突き止める。
そして、大人たちが納得する話を、作り上げるしかなくなったのだ。

やっぱり、本当のことを話したほうがいいのかな……。
碧は、賑わっているフードコートを見渡した。
いや。やめたほうがいい。
いったい、何人が信じるだろう。
馬鹿な作り話だ。そう、(わら)われてしまう。

込み合う中、暁が戻って来るのが見えた。
水の入った紙コップをトレーに乗せて、そろそろと歩いて来る。

なんだ?
知らない中年男が、一緒だ。
一見して、うさんくさい。休日のフードコートだっていうのに、ビジネススーツ姿だ。

「おとん、おかん、碧、お水~」
見りゃ分かる。
全員が思った。
その、横に立って胡散臭い笑みを浮かべている野郎は、誰だ。

「お父様とお母様でいらっしゃいますか? 私は、キッズモデル養成所を運営している者です。ぜひ、お嬢様を、」
「お引き取り下さい」
両親の声が、揃った。

今日の暁は、可愛らしいワンピース姿だ。
本人は、いやいや着ている。
だが、こういう「お出かけ」の前は、いつもそうだ。準備された洋服が、数日前からハンガーに吊り下げられているのだ。

今回の服は、特に母の気合が激しく(こも)って、(しょう)()を放っていた。
着ないと祟られそうな代物だ。

そうして、可愛い服装で美少女レベルの上がった暁が、何らかのスカウトに引っかかる。
もはや、定例行事であった。

あーちゃんパパが、静かに椅子から立ち上がった。
「私の家では、娘に、そのような芸能活動をさせるつもりはありません。どうぞお引き取り下さい」

本当に、そんな色気は欠片も無い。
だから、淡々としている。
一片の笑みも見せずに言うと、父親は会釈をして、座った。
碧も惚れ惚れするほど、堂々とした所作だ。

断る親の方も、慣れているのだ。
それきり、そいつの顔は見ない。

暁の母も、同様だった。至近距離に立つスカウトマンを、一顧だにしない。
こういった輩には、男親が、びしりと言ったほうが効果がある。
癪だけど、そう学んでいた。

こりゃ、だめか。夫婦そろって、取りつく島もない。
さすがのスカウトマンも、敗北を悟った。

ぺこん
暁が、所在なさげに佇むおじさんに、お辞儀をする。
ごめんなさい。さよなら。
そう伝える身振りだった。

かわいい。
気質の良い子なのが、にじみ出ている。
惜しいなあ。逸材だのに。
口の端に餡子が付いてなければ、百点満点だ。

スカウトマンが撤退すると、暁は水の入った紙コップを皆に配った。
各自、お礼を言って受け取る。

「本日の定例イベント、ひとつクリアやな」
暁の母が、たい焼きを再び口に運びながら、笑った。

「いや。前に劇場で、芸能プロダクションの人に声を掛けられてたから。まだ油断しないほうがいいよ」
碧が、冷静に指摘しつつ、たい焼きを齧った。
まだまだ、お腹の餡子は熱い。

暁の父も、たこ焼きを口に放り込んだ。

熱い。
そう叫んだつもりが、
「あひっ」
なんとも情けない悲鳴が、上がった。
三人が、慌てて自分のコップを差し出す。
「お水!」

仕事はできるが、天然すぎる。
会社内および社外で、そう評されている男。一ノ瀬(ゆう)は、今日も天然だった。

間仕切り線

読んで下さって、有難うございます! 以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。

ロゴ画像からサイトの著者ページへと移動します

ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくおいします↓

小説全ての目次ページへ

免責事項・著作権について リンクについて

(つづ)きは、また(らい)(しゅう)