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7.幕の筒(1)
とにかく追っかけよう。
花束の宴を観に行くアクセスは?
そう尋ねる前に、ド・ジョーが言った。
「とにかく追っかけろ。大階段までは、いつも同じ経路で行ける。そこからは、案内板に聞きゃあいい。目当ての演目を観ることのできるボックス席に座るんだ」
金色のドジョウは、水柱の上で、くるりと右を向いた。
「上手側の幕が、アクセスだ。いったん更衣室に出る。まあ、三人とも、そこでその濡れ鼠の皮を取っ換えていけよ」
赤い幕が、何枚も舞台の袖に下がっている。
きっと高価なんだろう。布地が、見るからに重たげだ。
ド・ジョーが指し示しているのは、一番奥の幕だった。
すたすたと、陽が近づく。
こんな時、いの一番に先陣を切る暁は不在だ。
暁のスタートダッシュに比べたら、陽のスピードは穏やかな部類に入る。
碧も桃も、それほど遅れずに付いて行った。
でも、幕がアクセスって?
「どうするの、ド・ジョー?」
碧が振り返った。列になった三人の、真ん中から尋ねる。
「ああ。どんどん進みゃあいい、幕に向かってな」
よく分からない返答だ。
先頭の陽は、首を傾げた。
まあ、いい。とりあえず、幕の布地に体当たりするように、歩を進めた。
すると。当たらない。
「あれ?」
また進む。
わかった。幕が、自分を避けたのだ。
陽が一歩づつ進む度に、布地は嫌がるように後退した。
不自然な動きだ。
陽の背中にくっ付いて、碧は不安げに辺りを見回した。その後ろで、桃も息を呑んでいる。
今や、吊り下がった大きなカーテンは、風を受けたときみたいに、ぶわりと膨らんでいた。
動く。触ってもいないのに。
そして、筒みたいに丸まった。
ゆっくりと、自分達を取り囲んでいく……!
「待って! ド・ジョーは? 来ないの?」
慌てて、碧が声を上げる。
かろうじて残っている隙間から、金色の姿が見えた。
「心配するな。俺はこの地宮の住人だぜ。向こうで待ってるからな」
超低音の声が聞こえてきたのは、すっぽりと幕に包まれてしまった後だった。
「これで合ってるのかなあ?」
とにかく、歩いた。碧と桃も、黙って後ろを付いてくる。
陽のメンタルは、お天気指数が高い。
たいてい快晴か、もしくは晴れだ。
だが、その陽でも、だんだんと不安で顔が曇ってきた。
確かに進んでいる筈なのに。行けども行けども、目の前の光景は変わらない。
赤い布地が、ふらふら揺れている。
闘牛場の牛にでもなった気分だ。
「あらん、陽ったら。大丈夫よお。アタシについてらっしゃい」
ぽーんと、軽く太鼓判が押された。
この声は。
ピンク色のネズミで、かつオネエな奴にしか、該当しない。
陽・碧・桃は、声の聞こえた方に、順繰りに首を向けた。
やっぱり。幕の分厚い布地に、小さな体が張り付いている。
「マダム・チュウ+999、いつからいたの?」
問いかける碧に、地宮の住人第2号は濃い眼差しを寄越した。
相変わらず、魔女の箒をくっ付けたようなバサバサまつ毛だ。バチンとウインクする。
「うふん、今来たのよ。お困りでしょ?」
ちょろちょろと、幕の布地を降りて来る。
「うん。ありがとう、マダム・チュウ+999」
陽が、代表してお礼を述べた。
暁が心配なので、地顔の笑顔レベルが少し下がっている。
それでも、ネズミのやる気に火を付けるには十分だった。
もはや、技だ。命名「ジェントルマンスマイル」なんてどうだろう。
「きゃ~んっ、いいのよ、陽」
吊り下がっている布地の上で、ピンク色のネズミは、ごろんごろん身もだえる。
胸元に染め抜かれた白いハート型が、高速でちらちら見え隠れした。
どうやっているんだろう?
垂直の布地の上だぞ。忍者なのか?
碧が口に出す前に、マダム・チュウ+999は、次のアクションに移っていた。
カーテンの筒を、一気に四つ足で駆け上る。
まるっきりネズミだ。
いや、ネズミで合ってた。
「さあ、こっちよ、こっち。早く行きましょ。楽しみだわあ」
楽しみって?
碧の脳内センサーに、なんとなく最後の言葉が引っかかった。
不穏なものが迫っているのを感じる。本能的な危険察知能力だ。
だが、間髪入れずに、頭上から号令が飛んだ。
「ほら、急ぐわよ。全員、駆け足~!」
考える暇もない。
ほとんど電車ごっこになった。
幕は、どんなに進んでも、体に触れなかった。
常に、ぐるりと三人を取り囲んでいる。
ちょうど、ぎりぎりの大きさの筒を、すっぽり嵌めた形だ。
自然と、陽の腰に碧が手を回した。
碧の肩には、桃が両手を置く。
その状態で、全力ダッシュだ。
「お兄ちゃん、ちょっと、待ってってば。速すぎるよ」
最後尾で、桃が文句を言う。
「そうかあ、ごめん」
すると、マダム・チュウ+999が、上から手招きした。
「そっちじゃないわよ、陽。こっち、こっち」
「そうかあ、ごめん」
がくんと、陽が方向転換した。左に曲がる。
速度は落としてくれていたが、体格がいいぶん、パワーが桁違いだ。
「うわ! ちょっと待って!」
引きずられて、碧が悲鳴を上げる。
だが、三人の息はぴったり合っていた。
電車ごっこのレースがあったら、きっといい成績を残せるだろう。
さすが、兄妹&はとこである。
水に濡れた服が重たい。そして気持ち悪い。
だが、誰一人、不平不満を口にしなかった。
まあ、そもそも、この状況では口を開く余裕がない。



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