ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

11.コッペリウスの魔法(1)裏メニュー

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11.コッペリウスの魔法(1)

扉は閉まった。
この控室までは、もう追って来れまい。

みかげの唇は、笑みを刻んだ。
とうとう、私の夢が叶う。
その時が来たんだわ。

俵抱きにしている暁を、床に下す。
意識の無い体は、ぐったりと倒れこんだ。
びしょ濡れの体を仰向けにしたが、瞳は閉じたままだ。

そう、これでいい。理想的だ。

夢の世界では、控室ですら豪奢だった。
黄金の柱が、何本も壁際に並んでいる。
凝った装飾だ。華やかな飾りは、柱の上から天井へと続いていた。
もはや、壁ごと美術品の域だ。

部屋の中央には、小山のようなシャンデリアが吊り下がっている。
床面積に対して、完全に過剰なサイズだ。

貴賓室クラスの豪華さだが、室内には、ちゃんとバーが置かれていた。
大きな鏡も、あちこちに置かれている。
ここは、贅沢にも、出演者が自分の姿をチェックしつつ、ウオーミングアップをするための場所として使われているのだ。

みかげは、室内をうろつき始めた。
暁は床にほったらかしだ。

この部屋にある鏡は、全部で7枚。
どれもそっくりだが、一つだけが違う。
右下の枠に、金色のお面が付いているのだ。

あった。あれだ。

みかげは、その前に置かれていたバーを、無造作に片手で押しやった。
大きな鏡面を掴むと、軽々と裏返す。
とんだ怪力である。

この世界の私は、肉体を持たない。
だから、肉体的な限界に縛られることはない。
私は、他の胡蝶とは違う。前もって教えてもらっていたから、本当に役立ったわ。

ぱかり
鏡の裏面が、一部分だけ開いた。
ポケット収納だ。
ぱっと見ただけでは、まず分からない。

これも、教えてもらったのだ。
ここに入れておけばいいと。

みかげは、中から、華やかなチュチュを取り出した。
先だって自分が縫い上げた、素晴らしいオーロラ姫の衣装だ。

腕飾り。タイツ。衣装の下に着ける、ボディファンデーション。
よかった。全部、ちゃんとある。
ブラシやピンも、ぬかりなく入れておいた。

無いのは、ポアントだけだ。
あの子から貰ったけど……すぐに消えてしまった。

だけど、もういい。
これで、全て私の望み通りになるんだから。

みかげは、隠していた衣裳一式を持って、暁の元に戻った。

床に転がっている濡れ鼠は、今日も今日とて、味もそっけもないジーンズ姿である。
なんで、いつもこんな服装をしてるのかしら。
せっかく可愛いのに。

「あなたには、こっちの方が似合うわ」
楽しい、リアル着せ替え人形の時間だ。

実のところ、意識の無い人間を着替えさせるのは、そうとう難しい。
だが、みかげは、常識を超えた怪力で、あっさりクリアした。

ほら、可愛い。
私のデザインが、よく似合ってる。

だが、髪の毛だけは、どうしようもなかった。
そもそも、お団子に纏めるだけの長さがない。
多少なりとも、それに近い髪形を目指すしかなかった。

とりあえず、半身を起こして、背後から櫛を入れる。

ぴょん ぴょん
梳かしているのに、髪の毛は逆に跳ねまくった。
意識は無くとも、こんなところまで元気な暁だ。

「ああ、もう!」
思いもよらぬ障害である。

みかげが、すったもんだしている間に、控室の大きな扉は、何度も開いていた。

引き戸がスライドする度に、ひらひらと蝶が舞い込んでくる。
花束の宴にエントリーしてきた、胡蝶だ。

すうっ……
床に舞い降りた途端、小さき者は、人間の踊り手へと姿を変えた。

女性も、男性も。それぞれの役どころの衣裳を、既に身に着けている。

軽くバーで体を慣らす者。
鏡を覗き込んで、メイクを確かめる者。
皆、一様に、悪戦苦闘しているみかげには目もくれない。
自分のことだけに集中している。

そして。彼らは、再び、蝶の姿に戻った。
違う色、異なる柄の羽で、各々、ひらひらと天井に舞い上がっていく。

フォワイエ・ド・ラ・ダンス。
それが、この部屋の正式な名称だ。
天井には、名花と謳われたバレリーナの肖像が、幾枚も飾られている。

だが、おかしい。
肝心の顔の部分が、どれも無かった。
ぽっかりと、くり抜かれてしまっている。
これでは、誰が誰やら分からない。

しかし、どの蝶も、迷うことは無かった。
ひらり
飛び込んでいく。
目指す顔の中に。

それは、トンネルの入口だった。
出口は、ガルニエ宮の劇場。天井画「花束の宴」へと繋がっている。
ぽちっと、蝶が一羽出て来れるだけの穴が、絵の中に空いているのである。

花束の宴にエントリーした後。最初に訪れる試練が、これであった。
暗いトンネルを、たった一人で進まねばならない。
迷っても、羽ばたき続けた者だけが、ようやく辿り着けるのだ。
光溢れる、栄光のステージに。

だが、それがゴールではない。
スタートだ。
プリンシパルとして、世に認められるか。
その挑戦が始まる。
今宵の、花束の宴で。

ようやく、暁の髪が整った。
いや。なんとか妥協できるレベルに到達したところで、おしまいにしただけだった。

これじゃ、キリがない。とっとと次に進もう。

蝶は、もう一羽も残っていなかった。
みな、自分の戦場へと(おもむ)いている。

好都合だ。
他の胡蝶が邪魔してくることはないだろうが、これからすることを見られたくはない。

みかげは、部屋の鏡を動かし始めた。
床の中央に、さっきの鏡を置く。
あとの6枚に、順番は無かった。
半円を描くように、並べればいいのだ。

バーは、全て、部屋の隅っこに押しやった。
もう誰も練習しないんだから、かまわないだろう。

投げ飛ばさんばかりの勢いで、みかげが準備をしていても、暁は全く目を覚まさなかった。
床に転がされたまま、瞳を閉じている。

もし、暁が目を開いたならば、きっと気付いただろう。
ずるずる、床を引きずる、みかげの足枷に。

それは、植物のようだった。緑色の太い蔓が、左の足首に巻き付いている。
その先に、丸い実がひとつ、()っていた。
緑色だ。ソフトボールくらいのサイズである。

大きくなっていた。

重さは感じなかった。うっとおしいだけだ。
みかげは、括り付けられた足枷を引きずりながら、ようやくセッティングを終えた。

しん、と静まり返った控室に、鏡が居並ぶ。
あとは、ここに暁を連れて来ればいい。

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