ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

12.胡蝶の門出(2)裏メニュー

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12.胡蝶こちょう門出かどで(2)

がたり がたり!
続けて、二脚。重たげな客席が、ポップコーンみたいに()ぜ上がった。

「あれなに?!」
速攻で、碧が尋ねた。
タキシードの胸元から、最速で返答が来る。

『観客からの評価が、一定数を超えました。客席の椅子は、バロメーターです。これ以降は、評価が高まるにつれて、椅子が積み上がっていきます』

がたり! がたり!
整然と並んでいた豪華な客席は、もうぐちゃぐちゃだ。
あちこちで、椅子が跳ね上がっている。
命あるもののように。
素晴らしい踊りに、感極まったかのように。

がたがたっ!
積み上がった。二つ、三つ、四つ……。
がたん!
桟敷席からも、次々と椅子が飛び降りて来る。
がたがたがたっ!
その上にも、また乗っかった。

次第に、積み上がった椅子が、細長い列を作り始めた。
舞台に向かって、どんどん伸びていく。
そして、列の尾っぽは、どんどん高くなっていった。
天井から吊り下がったシャンデリアに届きそうだ。

金平糖の精が、王子の腕に飛び込んだ。
フィニッシュだ。音楽に合わせ、最後のポーズを決める。

うわあああ!
万雷の拍手が、観客から起こった。
歓声。口笛。そして。

ぴたり
椅子の動きも、音楽と共に止まっていた。

『観客の評価が、最高値に達しました』

巨大なオブジェが、そこに残されていた。
フロアーのど真ん中を、真っすぐに貫いている。

先頭は、ステージまで到達していた。
終点の椅子は、シャンデリアの真下だ。
高低差が半端ない。
急拵えの陸橋は、終点に近づくにつれて、ぐいんと高く昇っていく形をしているのだ。

いったい何のために?
碧が尋ねる前に、案内板は、淡々とガイドを続けた。
『これより、胡蝶の門出となります』

「あらん、よかったわね。めったに見られないのよ~」
マダム・チュウ+999が、掲げたハンカチの後ろから顔を覗かせた。

三ツ矢兄妹が、首を傾げる。
その拍子に、ハンカチスクリーンが揺れてしまった。
慌てて持ち直す兄に代わって、桃が碧に質問する。
「かどでって?」

「出発、とかの意味かな。合ってる?」
『はい。他に、旅立ちや、新しいことを始めることを喩えて言います』

ぱああ……っ
群舞の踊り手は、蝶の姿に戻って、飛び立ってしまった。王子もだ。
そして、みな、途中で、かき消えていく。

一人、舞台に残されたバレリーナは、静かにこちら側を振り返った。

完成した椅子の道が、一筋、自分の前に延びていた。

ようやく、この時がきた。
やり遂げたのだ、とうとう。
努力を積み重ね、羽ばたき舞う日々の果てに。

カタ カタ
ポアントが音を立てた。

誰でも、ちょっとガニ股っぽくなる。
だが、そこは選び抜かれたエトワールだ。
優美な音楽が聞こえてきそうな歩き方だった。

深紅の座面を見せて、椅子が、ぷかぷか浮いていた。
オーケストラボックスの泉に、橋を掛けているのだ。
下になった椅子は、吹き出す水の上に浮いている。
この上なく危なっかしい、椅子の浮橋だ。

だが、彼女は、迷う様子もなかった。
ふかふかした座面に、ポアントの足が乗った。
そして、渡り始める。

『これは「胡蝶の花道」と呼ばれます。観客の評価が最高値に達した時にだけ、出来上がります』

なるほど。椅子でできた道は、歌舞伎の劇場にある「花道」に似ていた。

「あれ? でも、花道って、真ん中だったっけ?」
碧が、ぼそりと独りごちる。
さすがに、歌舞伎座に行ったことはない。
本に写真が載っていたのを見ただけだから、今一つ確信が持てなかった。

『花道と呼ばれる、劇場の設備についてのお問い合わせですか? それでしたら、舞台に向かって左寄りの所に通っています』
「あ、やっぱり」
すごいな。ちょっと口にしただけなのに、的確に類推してくる。

「歩いてる……」
桃の小さな声が漏れる。
信じられない。見ているだけで怖い。

「花道」とはいっても、しょせん、ただの積み上げられた椅子だった。
鳶職人だって躊躇しそうなくらい、足場が悪そうなのに。

彼女は、どんどん上っていく。
険しい上り坂を、ものともしていない。
まるで、軽やかに舞っているようだ。

ハンカチに映っているのは、満面の笑みだった。
誇らしげに顔を上げて、瞳をきらきら輝かせている。
唇からは、今にも笑い声がこぼれ出しそうだ。

ついに、終点の椅子に到着した。
世界中の「観客」に認められたプリンシパルは、ふわりとそこに腰掛けた。
チュチュスカートが、開いた扇みたいに立ち上がる。

しなやかな腕を伸ばす。
すぐ、シャンデリアに届いた。
輝く電球が、びっしり円を描いている。
その中心から、細い輪鎖で、「それ」は吊り下げられていた。

フロアから見上げたとしても、まず分からないだろう。
ここまで上って、初めて目にすることができるのだ。

ああ、これが……。
思っていたより、とても小さい。
手のひらで包み込めそうなほどの、透明なカップだ。
緻密なカットが、全面に施されている。
光を反射して煌めいている、大粒の宝石さながらだ。

『今、映っているのは、「天頂(てんちょう)(さかずき)」です。杯というのは、お椀、コップなどの意味です』
陽と桃に合わせたのか、語句の説明が付いた。

「中に入ってるのは?」
碧は、ハンカチスクリーンを指して尋ねた。
なんだろう。黄金色の液体で満たされている。

『「勝者(しょうしゃ)(みつ)」と呼ばれるものです。ガルニエ宮には、蜜蜂が住んでいます。プリンシパルたちに捧げられた世界中の花束から、蜜を集めてくるのです』
「ハチミツってことかあ」
陽が言うと、ロマンの欠片もない。

天頂の杯を手にして、プリンシパルは微笑んだ。この上なく誇らかに。

そして、口を付けた。
とろりとした黄金色の蜜が、紅い唇を濡らす。
どんな花よりも(かんば)しい香りが、鼻腔を満たした。
舌から喉に、極上の甘味が流れ込んでいく。

かあ……っ

シャンデリアが、どんどん光を強くしていった。杯から蜜が飲み干されていく。それに比例するように。
プリンシパルの姿は、まばゆい光に包まれた。
ハンカチの映像も、真っ白だ。
眩しい。三人とも、思わず腕で目を庇う。

ひとしきり、ガルニエ宮の劇場全体を、強烈な光が塗り潰した。何も見えなくなる。

『胡蝶の門出が、完了致しました』
碧の胸元から、アナウンスが流れた。
どうやら収まったようだ。
シャンデリアは、元に戻っている。

「っと、ごめん」
手がお留守になっていた。陽が、慌ててハンカチを張り直す。
再び、小さなスクリーンが復活した。

だが。
からっぽの椅子が、映っていた。
深紅の座面に残されているのは、ぽつんと、電球が一つ。 

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