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16.狂乱の場(1)
陽と自分の、運動神経の差。
もちろん、碧は自覚していた。
それは、両者の学力差よりも、大きく開く。
今まさに、思い知らされているところだ。
ひょい
事も無げに、陽はバルコニーを跨いだ。
横の柱には、凝った彫刻が施されている。
柱の一部が、女性の立像になっているのだ。
ひょい ひょい
柱の凹凸をフル活用して、陽は降りて行く。
ボルダリングの要領だ。上手い。
ひとまず一階下のロージュに飛び込むと、陽は碧を見上げてきた。
「碧、来れそうか?」
そこは2階席。下は、もうフロアーだ。
陽なら、造作もない。一気に降りられただろう。
きっと、自分を助けて、順々に降りようと思っているんだ。
「うん、行く」
本当は、全く行ける気がしない。
だが、そんなこと言っている場合じゃない。
陽の手順は、しっかりと見て、完璧に覚えていた。同じようにやればいいんだ。
碧は、バルコニーを慎重に跨いだ。
ゆっくり、そうだ確実に。最初は、ここを掴んで……、足は横の柱へ。
そう思って実行した瞬間、ずるりと体が勝手に落っこちた。
なんのことはない。陽と碧では、体格が違うのだ。
残念なことに、足が目当ての場所に届いていなかった。
「うわっ!」
ずるずるずるっ
はっし!
それでも、碧は、柱の出っ張りにしがみ付いた。ナイスファイトだ。
つるり
だが、すぐに滑った。
でこぼこしているが、きちんと掴めるような形状ではない。
足も、ひっかかったかと思うと、すぐに滑り落ちてしまう。
どすん どすん どすん
故障したエレベーターみたいだ。柱にへばりついた碧は、小休止を挟みつつも、どんどん落下していく。
「碧!」
それでも、健闘賞だった。
ようやくストップした碧に、陽は安堵の溜息をついた。
だが、滑り落ち過ぎて、2階席を通り越していた。ここのバルコニーに、ぶら下がっている状態だ。
これでは、遅かれ早かれ落っこちてしまう。
「掴まれ!」
陽が、手を差し伸べた。
いったん、このロージュに引っ張り上げよう。
その時、白い影が舞い降りて来た。
ばさばさばさっ
「碧! 飛び乗れ!」
筋肉二郎だ。
碧の判断と決断も、速かった。
ぱっと手を離した。
どさり!
絶妙のタイミングだった。キャッチ成功だ。
だが、重い。飛び移った勢いもある。
スワンは、ほとんど飛べずに、そのまま落下した。
びーんっ……
フロアに着地した巨大白鳥の足が、震えている。
さぞかし痺れていることだろう。
「ごめん! 二郎、大丈夫?!」
しがみ付いたまま、碧が謝った。
うにょんと、白鳥の頸が曲がった。
「大丈夫だ。行け、碧」
痛みを堪えている表情ながら、二郎は落ち着いた声で促した。
体を傾けて、碧が降りやすいようにしてくれる。
陽が、あっという間に自力で降りて来た。
駆け寄って碧達の無事を確かめると、手短に言う。
「よかった。行こう」
「うん。ありがと、二郎」
碧は、巨大な白鳥から滑り降りた。
「碧! 大丈夫?」
待っていたように、上から声が降ってきた。
深紅のドレスを着た桃が、バルコニーから身を乗り出している。
ピンク色のネズミも、手摺の上に立っていた。
白鳥と黒鳥の頸も、にょっきり飛び出ている。
バルコニーは、鈴なりでカラフルだ。
さぞかし、はらはらと見守ってくれていたのだろう。心配そうな面々に、碧は力強く頷いて見せた。
勢いよく、陽が駆け出して行く。
碧も続いた。
椅子の無いフロアーだ。グラウンドみたいに走りやすい。
タキシード姿の二人は、すぐにオーケストラボックスの泉に到着した。
椅子が積み上がって、泉に橋を架けている。
ここを渡って行けば、ステージだ。
「気を付けろよ、碧。お前は、ゆっくりでいいからな」
陽が、振り返って念を押した。
時間はかかるかもしれないが、もう、碧一人でも大丈夫だろう。
そして、いきなり自分はダッシュした。
椅子が、踏みしめる度に、頼りなく沈む。
水に浮かぶ浮橋なのだ。
アスレチックの橋を渡る時と、同じだ。バランス感覚が要求される。
だが、距離は短い。
勢いに任せて、陽は一気に渡り切った。
「暁!」
陽の大音声が、優美な音楽もお構いなしに響き渡る。
なんて広いステージだろう。体育館とは桁が違う。
磨き抜かれた木の床に、プロが作った大道具、衣裳を身に着けた出演者たち。
舞台は、まさに上演中なのだ。
それがどうした!
陽は、かまわず突入した。
何度も名前を叫びながら、暁に近づいていく。
言いなり茸の解除方法、その1だ。
だが、耳に届いた様子はない。
暁は、恋人に裏切られたジゼルを続行中だ。
それなら、その2だ!
「暁! 目を覚ませ!」
やはり、目が虚ろだ。
目の前にすると、はっきりと分かった。
耳の茸が、ぽあんぽあんと緑色に光っている。
陽は、暁の肩を掴んだ。演技している暁を、強制的に止める。
そして、体を揺さぶる、つもりだった。
ぐいっ
その寸前に、腕を掴まれた。
はっと見返した瞬間には、もう遅い。
陽は、有無を言わさず、強い力で引っ張られていた。
村人役の男だ。
無言の顔に、「てめえ、何してやがる」と書いてある。
その間に、暁が、陽の腕をすり抜けた。
しまった!



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