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17.解除(1)
ばさ ばさ ばさっ
黒鳥は、バルコニーから飛び降りると、ゆっくり羽ばたいた。
碧達の元に飛んでいくことは容易い。
だが、かっ飛ばすわけにはいかない。
上手く渡さなければならないのだ。
この、巨大な嘴に咥えている、桃の小さな髪ゴムを。
ゆっくり。可能な限りスローダウンして飛ぶ。
そう距離があるわけではない。
ほとんど、ゆっくり斜めに落ちた、という状態だ。
「落として!」
碧が、頭上にきた巨大スワンを見上げて叫ぶ。
ぽとり
赤い嘴から、ピンク色の髪ゴムが投下された。
ばさばさばさ!
失速する寸前だった黒鳥は、勢いよく羽ばたきだした。
そのまま、ステージに侵入してしまう。
思いもかけない、上空からの侵入者だ。
演者たちの視線が、びゃんびゃん飛び廻る黒鳥に集まる。
声こそ上がらなかったが、すっかり演技はお留守だ。
四郎五郎マッスル左衛門も、策士だ。
絶対に、わざとやっている。
「今だ!」
この機は逃せない。碧が陽を促した。
キャッチした髪ゴムを握りしめて、碧が先に駆け出していく。
陽が、すぐに続いた。そして追い越した。
そのまま、斜め先を走る。碧をガードするつもりだ。
二人は、ジゼルに向かって突進した。
「来るぞ!」
陽が、素早く警告する。
さすがに気付いた村人が、わらわらと二人に寄ってくる。
黒鳥の目晦ましも、ここまでだ。
「多い!」
舌打ちして、碧。
「ほとんど全員じゃないか!」
と、陽。
もはや、演技なんて、そっちのけだ。
いいんだろうか?
熱演しているのは、暁だけだ。
音楽が、終局に向かって盛り上がる。
ガタガタ
椅子が騒いでいる。
まずい!
「陽!」
間一髪だった。村人が、碧の行く手に立ちふさがる。その寸前に、碧の手から髪ゴムが飛んだ。
「っと!」
何人か、ぶっちぎって走りつつ、陽が大きくジャンプした。
とんだ暴投だ。
だが、キャッチした。
陽の守備力は、伝説の外野手並みだ。
しかし、陽の周りには、既に包囲網が完成していた。
村人の男たちが、問答無用で屈強な腕を伸ばしてくる。
陽は、飛び上がったままの状態で、瞬時に判断した。
つかまる!
着地している暇はないぞ、これ。
「暁ごめん!」
一声、謝るなり、力いっぱい投げつけた。
ひゅうんっ!
手加減無しの剛速球だ。
ばしっ!
音がした。髪ゴムの飾りは、ころころしたピンク色の球だ。わりと大きめなのが、輪の両端に付いている。
それが、過たず、暁の額に命中していた。
暁が、急停止した。
今、まさに、アルブレヒトに駆け寄り、その胸に抱かれようとしていたところだ。
虚ろだった目が、本来の輝きを取り戻していく……。
その後は、素早かった。さすがは暁だ。
ぶんぶん
高速で頭を振った。何かを払い除けようとする仕草だ。
そして、すぐ、耳に手をやった。
碧や陽が、正しい解除方法を促すまでもない。
ぱっ ぱっ
あっさりと、暁は両耳から茸を引っこ抜いた。
ふ~
安堵のため息が、陽と碧の口から洩れる。
は~
ロージュ組もだ。
みんな、ほっとした顔で、こっちを見下ろしている。
二人を捕獲した村人たちは、唖然として動きを止めていた。
それはそうだ。主役のプリンシパルが、クライマックスで踊るのを止めたのだ。
しかも、あと一脚で胡蝶の門出を迎えようとする、その寸前に。
ぼうっと突っ立っているジゼルに、アルブレヒトが駆け寄った。
気づかわし気に手を差し伸べる。
フォローするつもりでやった、アドリブの演技なのか。本心なのか。それは分からない。
だが、それを目にした碧は、ムカムカしてきた。
何を親切そうに。悪いのは、全部お前だろうが。
胡蝶にしてみれば、純粋に役柄を演じているだけだ。
100%見当違いな怒りなのだが、なにしろ碧も気が立っていた。
確かに、自分達は上演を邪魔しようとした。
さっきみたいに襟首を引っ掴まれて、舞台から引きずり出されても、仕方ないのかもしれない。
だが、今度は抱っこだ。
どういうことだ。
村人役の男が手を伸ばしてきたかと思うと、あっさりと抱き上げられてしまったのだ。
見ると、陽は普通に数人がかりで取り押さえられている。
プライドが、ざっくり傷ついた。
俺だけ赤ちゃん扱いかよ。
腹立ちまぎれに、つい叫んだ碧だった。
「暁! そいつに一本決めろ!」
……あれ?
暁は、夢から徐々に覚めていた。
何かが、自分の額に当たった。その瞬間だ。
雲が晴れるように、頭がはっきりしてきた。
そして、体の呪縛も解けたのだ。
ぼやけていた視界が、クリアになっていく。
ここ、どこ?
なんだか沢山の人がいる。
遠巻きに、こっちを見ている様子だ。
自分は、男の人と向き合っていた。
なんだろう、腕を伸ばしてくる?
そこに、聞き慣れた碧の檄が飛んだ。
「暁! そいつに一本決めろ!」
条件反射。
一瞬でスイッチした。空手の試合モードだ。
「はっ」
気合と共に、暁の拳が繰り出された。
鋭い。可憐な村娘のチュチュを着て、やるようなことではない。
びしぃっ
決まった。
ただし寸止めだ。暁の拳は、アルブレヒトの体に触れずに止まった。
だが、ジゼルに正拳突きを見舞われるとは思ってもみなかったのだろう。
元恋人は凍り付いた。
目は、驚愕に見開かれている。
しいん
舞台は静まり返った。



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