ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

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17.解除(2)

どさり
アルブレヒトは、そのまま床に倒れてしまった。気絶したらしい。

不自然に繰り返されて続いていた音楽も、唐突に終わった。

『コンティニュー終了。胡蝶(こちょう)門出(かどで)は、失敗しました』
アナウンスが劇場に流れる。

ブー ブー ブー!
前方の観客から聞こえてくるのは、激しいブーイングコールだ。

それはそうだろう。
本当ならば、アルブレヒトの腕から崩れ落ちたジゼルが、息絶えて終了なのだ。

だが、舞台に伸びているのは、裏切った男の方だ。

ざああ……っ
演者たちが、一斉に蝶の姿に戻った。
群れをなして、天井に帰って行く。

倒れたアルブレヒトだけは、蝶に戻らなかった。
そのまま、さらさらと、かき消えてしまう。

胡蝶(こちょう)は、意識だけが地宮(ちきゅう)に迷い込んでいる状態だ。
終幕時に気絶していたため、蝶の姿を経ず、現実にダイレクト送還されたのだろう。

今ごろ、起き上がって呟いているかもしれない。
ジゼルに、ぶっとばされる夢を見たよ……。

「大丈夫か、暁? っとお」
陽が近寄ろうとして、慌てて飛び退いた。

がーっ
大きな舞台装置が走ってくる。それに轢かれそうになったのだ。

すごい勢いで、舞台が片づけられていく。
またもや、オール人力だ。
舞台係の胡蝶は、まだ人の姿を保っていた。
数十人はいる。人口密度が一気に高くなった。

だが、みんな黙々と作業している。
響いているのは、それに伴ってしまう音だけだ。
暁の返事は、ちゃんと聞こえた。

「うん、私は平気。碧? 大丈夫?」
よかった。いつもの暁だ。
陽は、ほっと息をついた。

だが、確かに碧の方が大丈夫じゃない。
床に尻もちをついたまま、顔をしかめて固まっている。かなり痛そうだ。

「碧、立てるかあ?」
そっちにも駆け寄りたくなる。
でも、現在地から動けない。
まだ、大道具が周りを暴走中だ。

碧を抱っこしていた村人も、もちろん蝶の姿に戻って去っていた。
その結果、もろに床に落っこちたのだ。

「ああ、大丈夫」
つい、碧はそう答えた。
助ける張本人からも心配されては、立つ瀬がない。

だが、ちょっと黙り込むと、小さく言い足した。
「……ちょっとだけ待ってくれれば、大丈夫」
打ち付けた腰が、じんじんする。
すぐには立てそうにない。

「ここ、ガルニエ宮だよね?」
辺りを見渡して、暁は碧と陽に尋ねた。
タキシードを着ている二人が、頷く。
自分の恰好は……びらびらしたチュチュだ。

暁は首を傾げた。
「なんで、こんな服着てるの?」
もっともな質問だ。

「あー。説明は後でするから。とにかく、早く帰らなくちゃ」
腰をさすりつつ、のろのろと碧が立ち上がった。
「ああ、そうだなあ。そのほうがいい」
陽も頷く。

ステージの片づけは、完了したようだ。
舞台係の胡蝶も、帰ったのだろう。
打って変わって、がらんとした舞台の上に、自分達だけが残されていた。

「桃と合流して、」
陽が言いかけた時だった。

「お兄ちゃん!」
他ならぬ妹が、鋭く叫んだ。
ボックス席からだ。上から、緊迫した声が続いて降ってくる。
「みかげが!」

桃が警告した時には、既に遅かった。

えっ? と思った瞬間。
どん!
暁の体に、タックルがかまされていた。

いつのまに?!
みかげだ。舞台袖から飛び出てきたのだ。

目に留まらなくても、仕方がない。
人間を超えた速さだった。
走り方も、妖怪じみていた。両手も足のように使って、疾走してきたのだ。

その姿は、四つ足の獣と同じだった。
振り乱した黒髪から覗く目が、らんらんと憎しみに燃えている。

そして、獣の狩り、そのものだ。
ものも言わずに素早く捕獲すると、軽々と右腕だけで抱えて、また走り出す。
獲物は、驚きで硬直したままだ。

今度は二足走行だった。
ダチョウに負けないくらい、速い。

「ま、待て、みかげ!」
慌てて、陽がどもった。
それでも、体は、すぐにみかげを追っている。
決して遅い反応ではない。

だが、相手が悪い。
みかげに無駄な動きは一切なかった。
暁を攫った後は、一直線に舞台の奥に向かって走っていく。
その先は……。

「扉だ!」
碧が焦る。

映し出されていた観客は、かき消えていた。
そのかわり、また出現していたのだ。壁を埋め尽くす、巨大な青と白の扉が。
赤い薔薇で形作られた巨大な唇が、扉の上で微笑んでいる。

「まずい!」
碧も、必死に追いかけた。

だが、碧の短距離走のタイムは、よくて平均値だ。
今は、その通常速度よりも、さらに遅い。
打ち付けた腰が痺れているせいだ。

そうか、分かったぞ。
前回の胡蝶は、めでたく門出を迎えた。
あれは、めったにないケースだったんだ。
マダム・チュウ+999も言っていたじゃないか。

花束の(うたげ)にエントリーした胡蝶のほとんどは、途中で敗退するのだ。

だから、終幕後、舞台奥に、この扉が再び現れるのだろう。
失敗した胡蝶が、退場するために。

碧は、瞬時に理解した。
足は遅いが、頭の巡りは速い。
そして、猛烈な勢いで悔やんだ。
馬鹿か、俺は! なんですぐ、暁の傍に行かなかったんだ!

超低音の声が聞こえたのは、その時だった。

「おーい、どうして暁が踊ってたんだ? しかも、」

碧は、急停止して振り返った。
バレーボールみたいな水球が、向こうから、ふよふよとやって来る。
オーケストラの泉から、(あるじ)が現れたのだ。

「ド・ジョー、止めて!」
碧が、みかげを指さした。
判断と口も、速い。

「いいっ?」
仰天したド・ジョーが目を()く。
なんてこった。捕り物の真っ最中だ。

ただし、暁も大人しく連れ去られる玉ではなかった。驚愕から、すぐに我に返る。
「放して、みかげちゃん!」
みかげの腕から逃れようと、びちびち勢いよく跳ねた。
まるっきり、クマに生け捕りにされた鮭だ。

だが、やっぱり相手が悪かった。
まったく堪えた様子がない。

みかげは、暴れる暁を抱えつつ、片手で扉の引手を掴んだ。
今度は右側、白い扉の方だ。

ちゃら~ん
『花束の宴より退出して下さい』
チャイム音とともに、扉が開いていく。
だめだ。間に合わない!

間仕切り線

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