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19.妬心・化身ソネムネ・タム(1)
ロケット花火に火を付けたのも同然だった。
いや、それ以上だ。
着火と同時に発射。暁は、猛然と走り出した。
だが、さすがにフルパワーは無理だった。
なにしろ、みかげに吹っ飛ばされて、さっきまで倒れていたのだ。
でも、なぜだろう。いきなりトウシューズを履き慣れた気がする。
ガニ股でのドタドタ走りだが、それでも十分に速い。
たった数秒の間に、目で全てを捉えられないほどの攻防が繰り広げられた。
暁が、一直線に扉に向かう。
ひゅんっ
そこに、みかげだ。
こちらも、さっきド・ジョーに突き飛ばされたばかりなのに、驚異の復活力だ。
暁の進路に立ちはだかる。
対するド・ジョーも、ぼうっとしていたわけではなかった。
その逆だ。油断なく、次の手を仕掛けていた。
豪奢な控室、フォワイエ・ド・ラ・ダンスには、無数の水の矢が犇めいていた。
ド・ジョーが、放っておいたのだ。
それが、ぐるぐると室内を泳いでいる。
回遊魚の群れのように、きらきらと輝きながら。
まぶしい。巨大なシャンデリアの光が、さらに増幅されて室内に満ちている。
シャッ!
そのうちの一匹が、下降して襲い掛かった。
みかげの体が、突き飛ばされる。
まさに、暁に通せんぼをする直前だ。
暁の足は止まらない。
いつの間にか、陽も追いついて、横を走っている。
いい勝負だ。
ひゅんっ!
シャッ!
瞬く間に、みかげが戻る。
そして、間髪入れずに跳ねのけられる。
両者、目にも留まらぬ早業だ。
それが、何回も繰り返された。
扉の間近に浮かんだ水球の上で、ド・ジョーは、冷静にみかげの動きを見切っていた。
状況をみてから放つ攻撃では、間に合わない。
それならば、あらかじめ矢を待機させておけばいいのだ。
泳がせている中から、そのとき一番近い物を、ズドンだ。
ただし、威力は落ちる。
単に、流れの向きを変えているだけに過ぎない。
だが、これで十分だろう。
暁さえ逃がしてしまえばいいのだ。
そして、こんな状況にもかかわらず、ド・ジョーは思わず感心していた。
相変わらず足の速い子だ。
「トウシューズを履いて100メートル走」という種目があったら、オリンピックで金メダルが取れるに違いない。
チュチュ姿の暁とタキシードの陽が、こっちに駆けて来る。あともう少しだ。
援軍も到着していた。
「突撃~!」
野太い声が、フォワイエ・ド・ラ・ダンスに乱入した。
台詞は勇ましいが、口調がオネエだ。アンバランスにもほどがある。
マダム・チュウ+999だった。
マッチョ・スワンズの首輪に乗っている。
『1』の刻印、リーダーの筋肉一郎だ。
ばさっ ばさっ
巨大な白鳥が、『2』『3』と続いた。
なにしろ、でかい。狭まっていく扉の隙間から、ぎりぎりで飛び込んだ。
脳味噌まで筋肉に変質していそうな一家だが、理性派もいる。筋肉二郎だ。
ここまで、状況を冷静にみていたのも、彼だった。
ド・ジョーが、みかげを説得しようと語り掛けている間は、
「まだだ、待て」
と、逸る仲間を押さえて、様子を窺っていたのだ。
扉が動いたと見るや。
「今だ!」
「行くぞ!」
リーダーが、間髪入れずに号令をかけ。
シュワッ
マダム・チュウ+999が、ピンク色の疾風となって、首輪に飛び乗ってきた。
これ以上のタイミングはなかっただろう。
控室への侵入に成功した三羽の突撃隊は、慌てて高度を下げた。
部屋の上空には、水の矢が犇めいている。
これでは、飛び廻れない。
そこに、碧が喚いた。
「こっち手伝って! 扉が閉まったら、おしまいだ!」
マッチョ・スワンズは、急旋回した。
ばしっ・ばしっ・ばしっ
三連発で、扉に張り付く。
「加勢するわ!」
ピンク色のネズミが、ちょろちょろ降りて来た。
碧の頭の上に立つと、扉に手をかける。
『扉が閉まります。危険ですので、扉から離れて下さい』
アナウンスが、警告を流し始めた。
「せえのー!」
リーダーが、掛け声をかける。
「筋肉~!」
残りが応える。気が抜けるような合いの手である。
上から、白鳥三羽+ネズミ+碧。
合計で何馬力だろう。
だが、扉は、じりじりと閉まっていく。
斜めになって踏んばる碧の足が、とうとう終点まで押し流された。反対側の青い扉が、踵に触れる。
『警告します。扉から離れて下さい』
碧の上では、三羽の白鳥も、それぞれ扉と扉の間で頑張っている。
三本の筋肉製つっかえ棒だ。
「暁、早く!」
碧が、必死の形相で促した。
暁と陽は、もう目と鼻の先まで来ている。
『安全装置を作動します。危険ですので、扉から離れて下さい』
安全装置? じゃ、止まるか?
そう思った碧は、甘かった。
ビリビリビリ……
「うお!」「きゃあん!」「うわ!」
目には見えないものが、扉の面を走った。
喩えるなら、静電気の激しいやつだ。
全員、それをもろに喰らった。
人間の体は、そんなとき、反射的に飛び退くようにできているらしい。
碧は、悲鳴と同時に、扉から手を離していた。
白鳥達もだ。
どん・どん・どん!
スワンズは、そのまま落下して来る。
恐怖の、巨大だるま落としだ。
真下には、碧がいる。
三羽の下敷きになったら……潰れた饅頭みたいに、ぺしゃんこだ。
「碧っ!」
ド・ジョーが、室内から、慌てて水の矢を放った。
この際、文句は後で聞こう。
シャッ!
水流が、問答無用で、碧の体を室外へと突き飛ばした。
どさどさどさ!
白鳥が、仲よく墜落する。
間一髪だった。
折り重なったスワンの向こうに、倒れこんだ碧が見える。
ほっと息をつく間もなかった。
ド・ジョーの意識が逸れたのは、この間だけである。
それなのに、既に囲まれていた。
やつらに。



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