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22.墓場(1)
マッチョ・スワンズが、そろって嫌がる場所。そして、巫女のピュティアが、あれほどまでに厭う「墓場」。
建物内だけど、本当にお墓があるのかな?
巨大な白鳥に乗りながら、碧は周りを見渡した。
やっぱり、案内板の浮舟より、筋肉二郎の鞍に座っている方が、安心していられる。
ガルニエ宮の、豪奢な廊下だ。
ピュティアの帯が、川になって流れている。
巨大なスワンズは、一列に並んで泳いでいた。
『1』『2』『3』『4』の順だ。
先頭の筋肉一郎だけ、乗り手がいない。
空っぽの鞍の横に、ド・ジョーが水球を並べて、ふよふよと伴走している。
ぽうっ……
水球が、明かりを灯した。
カラフルな模様が、消えた。つるつるの大きな電球が浮かんでいるような眺めだ。
乗っている金色の魚体が、キラキラ反射して光っている。
碧は、後ろで見惚れつつ、気が付いた。
そうか。薄暗いんだ。
胡蝶たちが舞い踊っていた大階段は、まばゆいほどの光に満ちていた。
だが、どんどん進んで行くにつれて。
辺りは、まるで日が沈むように、徐々に明るさを失っていったのだ。
それに、なんだか寂れてきた。
豪華な内装には変わりない。でも、よく見ると、かなり汚れている。
飾られた調度品も、埃をかぶっていた。
手入れが行き届いていない。
ここら辺まで訪れる者は、あまりいないのか。
ずいぶん、遠いんだな……。
碧は、あくびを嚙み殺した。
眠い。
だめだ。そう思うのに、上半身がだんだん傾いでいく。
気付いたときには、白鳥の頸に凭れかかっていた。
わかっているけど、動けない。
疲れていた。
そこに、シャワーキューブですっきりした後、長い間、揺られて来たのだ。
睡魔という名の魔物が、にっこり笑って訪れる、絶好の条件が揃っていた。
寝てる場合じゃないだろ、俺……。
だが、どうにも目が開かない。
自分でも、理由は分かっていた。心の奥底では、安心しているせいだ。
なにかあったら、絶対に筋肉二郎が叩き起こしてくれる。
肩に乗っかっているマダム・チュウ+999も、実は頼もしかった。
何も言わずに、黙って周りに目を配ってくれている。
そして、後ろには陽だ。
危ないときには、すぐさま下乗して、駆けつけてくれるだろう。
うと うと……
ふわふわした真っ白な羽毛が、額と頬を包む。
あったかい。眠気倍増だ。
いつしか、意識が途切れていた。
どのくらい眠っていたのか。
まだ覚醒しない意識のなかで、碧は感じ取っていた。
なにか、嫌な臭いがする。
なんだろう?
「大丈夫か、碧? 着いたぞ」
ド・ジョーの低い声が、耳元で聞こえた。
いつのまにか、傍に来ていたらしい。
「ん……、ごめん寝てた」
謝りながら、碧はなんとか上体を起こした。
眠気が、ずっしりと体全体に伸しかかっている。
瞼も重い。糊でくっ付けられているみたいだ。
気合を総動員して、碧は目を開いた。
雑然とした室内の様子が、視界に入ってくる。
ここが墓場?
巨大白鳥の上で、碧は唖然とした。
台所じゃないか、ここ。
ただし、一昔前の設えだった。
ガスコンロなんかじゃない。据えられているのは、竈だ。古ぼけた鍋が掛かっている。
広い室内に置かれたテーブルは、かなり大きい。そして、椅子が一脚も無い。
食事用ではなくて、作業台なのだろう。
上に、様々な調理器具が、ばらばらに散らばっている。
整理整頓がされていない。。
しかも、汚い。
あちこちに、ゴミも散乱している。
箒で掃いたり、ふきんで拭き清めたことなど、ついぞなさそうだ。
いや、それより……なんなんだ、これは?
眠気にふらつきながら、碧は白鳥から降り立った。
床には、もう水の帯はなかった。
ピュティアは、ここまで送り届けると、さっさと帯を引っ込めた模様だ。
碧がもたもたしている間に、陽と桃は、とっくにスワンから降りていた。
二人とも、きょろきょろと部屋を見渡している。
どっちを向いても、目に入ってくるのだ。
いったい、いくつあるんだろう?
やっと来た碧に、二人して戸惑った顔を向けて来る。
陽の顔に書いてあることを、桃が言葉にした。
「なに、これ?」
碧だって、見たまんま答えるしかない。
「かぼちゃだ、ね……」
かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃ……。
なんて数だ。
テーブルの上。食器棚の中。竈の横っちょ。
床にも、雪だるまみたいに積まれている。
台所のはずなのに、他の野菜はなかった。
果物も、肉や魚も、一切ない。
かぼちゃだけが、恐れを抱かせるほど、この部屋に溢れていた。
そして、悪臭を放っている。
どれもこれも、ぐちゅぐちゅに腐って、茶色く歪んでいた。
そのまま水気が飛んで、カラカラに乾燥してしまったのもある。
ここにいる3名は、全員が都会生活を送る小学生だ。
腐った野菜の臭いをかぐ機会など、めったにない。
限界が訪れたのは、ほぼ同時だった。
ばっ
鼻と口を、両手で塞ぐ。
シンクロナイズドスイミングなみに、三人の所作が揃った。
「これが、囚人のなれの果てだ」
ド・ジョーが、ふよふよと碧達に近づいて、そう言った。
特に悪臭に堪えた様子はない。
慣れているのか。それとも、人と感覚が違うだけか。
「なれの果てって?」
桃が、鼻を押さえたまま、首を傾げた。
陽も分かっていない。
国語の問題で、まるっきり見当がつかない時の顔をしていた。
塞いだ手で顔半分が隠れているが、上半分だけ見れば、碧には分かる。
自分だけだった。ド・ジョーの言葉を、正確に読み取れているのは。
ああ。でも、まさか。
そんな、ひどいことが。
「囚人は、かぼちゃになっちゃうんだね」



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