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25.万倉庫(1)
みかげは、絶対に近くにいる。
碧がそう言ったのだから、絶対にそうだ。
三ツ矢兄妹の碧に寄せる信頼は、めったに食卓にのぼらない四枚切り食パンよりも、はるかに厚いのだ。
「まず、ここを捜して、いなかったら移動しよう」
そう言う兄に、桃がしっかりと頷く。
と言っても。
二人は、舞台袖を見渡した。
見事に何もない。
移動式の鉄棒みたいなバーが、ぽつんと置いてあるだけだ。
壁まで殺風景だった。
装飾も、模様すらない。ただの真っ白い、のっぺらぼうの壁だ。
そして。扉は、どこにも付いていない。
通路も見当たらなかった。
見事なまでに袋小路の小部屋だ。
「いないよね、ここには」
桃が、うろうろと歩きながら言う。
一目瞭然だ。
注意深く辺りを見渡してから、陽は床に目を落とした。
「不自然な継ぎ目とか、ないかなあ。地下室とか、地下へ繫がる通路とか」
ここも、既に地下ではあるのだが。
見た限りでは、無い。
それでも、念のためだ。陽は、しゃがみ込んで、床面を拳で叩いてみた。
コンコン コンコン
違う音が響いてきたら、疑わしい。
カニ歩きしながら、どんどん試していく。
陽に倣って、桃も屈んだ。
コンコンする。
タキシードとドレス姿で、やることではない。
ズボンの陽は、まだよかった。
桃は、ひらひらしたスカートを押さえながら、カニさんになっている。
しかも、ヒールのある靴だから、安定感ゼロだ。
よろり
おっと。でも、ちょうど横が壁だ。
桃は、何の気なしに壁面に寄っかかった。
だが。
はっと気づいたときには、もう遅かった。
体が、止まらない。そのまま傾いでいく。
「わっ、とっ」
止まらない。
ずぶずぶ……
あれよあれよという間に、自分の肩が壁に沈んでいくのだ。
なんで? と思う前に。
ずぶり
頭も、壁を突き抜けた。
真っ白い煙の幕を、掻き分けたみたいに。
がたん!
あっという間に、桃は、ひっくり返ってしまった。
ひらひらドレスが、はしたなく乱れる。
乙女の条件反射だ。桃は、慌てて裾に手をやった。だが。
「えっ?」
桃は、床に倒れたまま、目をぱちくりさせた。
すぐに裾を整えようと、視線を向けたのに。
ドレスのスカートを纏った自分の下半身が………無い。
正確に言うと、見えない。
上半身だけが、壁から、にょっきりと生えているのだ。
そして、ぶすりと、自分の両腕が、白い壁面を突き抜けていた。
どうして……?
どこも痛くはなかった。
試しに、おずおずと手を引っ込めてみると、あっさり壁から引っこ抜けてくる。
人体切断のマジックでも見せられている気分だ。
とにかく起きなきゃ。そう思って身動きした拍子に、周りの景色が目に入った。
桃は、再び大きく目を見開いた。
今度は、口まで、ぽっかり開いている。
「お兄ちゃん!!」
めったにない、桃の大声だ。
一方、陽は、ひっくり返った音に気付いて、素早く顔を上げていた。
同時に駆け出している。
さすがに反応が早い。
だが、驚きのあまり、即座に緊急停止した。
「桃ーっ?!」
妹の体が、下半分、壁から突き出している。
肝の太い陽が、裏返った声をあげた。
そうとうレアな事態だ。
「大丈夫かっ?」
一瞬の驚愕の後。さらにターボをかけて、陽は駆け寄った。
どこをどうすれば、こんなことになるんだ?
当然の疑問が浮かぶ。
間髪入れずに、陽は、もう一度叫んだ。
「うわあっ」
にゅうっ
桃の下半身が引っ込んだ。
替わりに、白い壁から、妹の首が突き出てきたのだ。
怖い。お化け屋敷なんて目じゃない。
「お兄ちゃん、来て! こっちに部屋がある!」
生首が、そう叫ぶ。
と同時に。白い壁面を、ずぶりと腕が突き抜けてきた。
むんず、と陽を引っ掴む。
「これは……壁じゃないのか?」
陽は、すぐに自分を取り戻した。
度胸がいいので、いつまでも、びびっていない。
顔を、ギリギリまで壁に近づけてみる。
陽が備えた驚異の視力が、発動した。
ちらちら
真っ白な色が、ちょっとだけ揺らいで見える。
濃淡があるのだ。
色みが薄い部分が、ほんの少し現れると、下から濃い白が塗り潰していく。
まるで、濃い煙が立ち上るみたいに。
「そうなの。ほら」
桃が、陽の腕を引っ張った。
ずぶ ずぶ ずぶ……
なんの抵抗もなかった。陽の体は、あっさりと壁に呑み込まれていった。
そんなに厚みは無かったらしい。
次の瞬間には、陽は壁の向こう側に入っていた。
切断マジック状態だった妹が、横に立っている。
赤いドレス姿で、元通りだ。
黒タキシードの陽も、呆然と立ち尽くした。
信じられない。
「倉庫、だよなあ……」
「うん」
「広いなあ」
その一言で済ませられるレベルではなかった。
部屋、ではない。もはや広大な洞窟だ。
見上げた遥か彼方に、天井がある。
そして、沢山の棚が、そこに届くほど高く、そびえ立っていた。
ずらりと列をなして、左右に連なっている。
見渡す限りの、棚の団地だ。
大道具のセットから、小道具まで。
あらゆる舞台道具が、所狭しと収納されている模様だ。
これならば、どんな舞台でも対応可能だろう。
「お兄ちゃん、あそこ、人がいる」
「ああ。舞台係の胡蝶だろう」
ちらほら、いた。まだ人の姿で、道具の片づけをしている。
超高層仕立ての棚には、梯子が付いていた。
作業着姿の胡蝶は、結構な大きさの道具を担ぎ上げて、ガンガン上っていく。
ここでも、全てが人力なのか。
ご苦労様なことだ。
ふらふら
一人が、蝶の姿に戻ると、こっちに飛んで来た。
まずいかな?
壁に並んだ兄妹は、目で会話した。
だが、やっと一段落して、どうでもよかったのかもしれない。
すっ……
胡蝶は、陽と桃の間を通り抜けると、壁の中に消えていった。
舞台袖に戻り、片付けの出番が来るまで、幕の裏側で羽を休めるのだろう。
「なるほどなあ」
こいつは便利だ。
いちいち、扉を開け閉めしなくて済む。
蝶の姿でも、そのまま通れるのだ。
それに、高さや幅の制約も、ほぼ考えなくていい。
大きな舞台装置だって、らくらく搬入搬出可能だ。
うんうん。一人で感心している兄を、妹が冷静に急かした。
「お兄ちゃん、早く、みかげを捜そう」
「そうか。きっと、ここにいる」
絶好の隠れ場所だ。



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