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26.かくれんぼ(1)
「もういいかーい?」
碧は、大声を出した。
ころころころ
鈴を転がすような笑い声が、響いてくる。
「まあだだよー」
オーロラからの返事がきた。
どこから聞こえてくるんだろう。
「もういいかーい?」
真下では、華麗な舞台が繰り広げられている。
本番中だ。
オーケストラの重厚な調べが、この葡萄棚にも届いている。
かなり、うるさい。
それなのに、オーロラの声は聞こえてくる。
耳元で話しかけられているようでもあるし、上から響いてくる気もする。
やっぱり、尋常じゃない。
さすがは、この地宮の核たる存在だ。
もしかしたら、脳内に直接語りかけられているのかも。
そう考えると、ちょっと怖い。
「もういいよー」
わくわくした声が響いた。幼児と同じだ。
本人には、無二に等しい存在であるという尊厳の欠片もない。
オーロラは、続けて言った。
「上手側の舞台袖に降りて来てね。私は、そこにいるわ。何の姿を取っているかは、ないしょよ」
「それを当てればいいんだね」
「ええ、そうよ」
かくれんぼ、オーロラバージョンだ。
「よし」
碧は、すたすたと向こう端まで歩いて行った。
下がスカスカに見通せる恐怖は、もはや感じない。
きっと、下手側と同じ仕掛けだろう。
思った通り。またもや縄梯子だ。
「案内板、これを降ろして欲しい。上手側の舞台袖に降りたい」
もはや、さくさくと指示する碧だった。
『はい、操作します』
タキシードの胸元に飾った花が、綺麗な声で答える。
ういーん ばさり
碧は、ためらわずに縄を掴んだ。
さっさと降り始める。
上った時よりも、遥かに易しい。
この数時間で、自分のアスレチック能力は、格段に進歩しているようだ。
あっさりと、舞台袖の床に着地することができた。
一安心……でもない。
碧は、上手側の舞台袖を見渡して、呻いた。
「……嘘だろ」
陽と桃を残してきた下手側の舞台袖は、がらがらだった。
だから、こっちだって、同じだと思ったのだ。
予測は大きく外れた。
大道具や小道具が、溢れかえっている。
「なんだって、こんなに物があるんだよ」
オーロラの仕業なのか。
それとも、単に片づけていないだけなのか。
分からないが、これだけは確かだ。
ここから変幻自在の主を見つけ出すのは、至難の業である。
「碧、鬼の失敗は三回までよ。わかった?」
例によって、どこから聞こえて来るか分からない、オーロラの声だ。
これも手掛かりにならない。
「あー、了解。ねえ、オーロラ。もし俺が当てることができたらさ、」
どこにいるか分からないから、とりあえず部屋全体を見渡して話しかけた。
「なにか、ご褒美をくれるって言ってたけど」
「ええ。碧の好きな物をあげるわ」
「それさ、俺のお願いを、ひとつ、きいてもらうのでもいい?」
一拍あった。
「ええ、いいわ」
よく分からないけど、よろしくてよ。
お姫様から鷹揚なお返事を賜った。
やった。
そうしたら、こうオーロラに要求しよう。
アカツキに力を与えるのは止めて、と。
またもや、話が通じないかもしれない。
その可能性の方が高かった。
そうしたら、強制退去だ。花束の宴から出て行ってもらおう。それで解決だ。
とにかく、時間がない。
もたもたしていたら、暁が観客の絶賛を博して、胡蝶の門出を迎えてしまう。
「オーロラの場所を案内して」
小声で、碧は胸元に囁いた。
ブッブー
間髪入れずに、アナウンス音が降ってくる。
『反則です。お手付き一回で、失敗にカウントされ』
「わー! 違う違う! っていうのはダメだよねって、確認しようとしたの!」
案内板の判定を遮って、碧は慌てて取り繕った。
しばしの間があり、オーロラの声が響く。
「まあ、いいわ。今のは無しで」
ほーっ
碧が脱力する。危ないところだった。
どうやら、正攻法でいかなきゃダメらしい。
さっきの小鳩みたいに、あからさまに怪しいものがあったら、簡単なんだけどな。
溜息をつきつつ、碧は、舞台袖を注意深く点検した。
ひときわ目を引くのは、大きなクリスマスツリーだ。
その横に、古びた柱時計が置いてある。これも結構でかい。
重厚なテーブルが、端の方に寄せてあった。
上には、リボンのかかった箱が山盛りにされている。きっと、クリスマスプレゼントだ。
「そうか。きっと、クリスマスパーティーの場面に使ったんだ」
碧は、テーブルの上を見て、呟いた。
偽物の料理が乗っかった皿や、ワインの瓶なんかもある。
困ったぞ。何も怪しくない。
そうだ、触ってみたら?
オーロラの尻尾が出るかもしれない。
碧は、手当たり次第に手に取ってみた。
上下に振ったり、ぱしぱし叩いてみたり。
ひとしきり試してみたが、何にも変わらない。
「だめか……」
そもそも、これって何の演目に使ったんだ? クリスマスで、パーティーの場面。
隅から隅まで、碧は歩き回った。
念のため、まだ諦めずに、全部にタッチして確かめていく。
ふっと、一体の人形に目が留まった。
直立不動の兵隊さんだ。
「わかった! くるみ割り人形だ!」
碧は、ばっと人形を掴んだ。
マウゼリンクスの呪いで、変えられた姿。
本当は、人間だった、ていうあらすじだ。
きっと、これだ!
「オーロラ、みいつけた!」
ブッブー
情け容赦なく、ブザーが鳴り響いた。
ころころころ
オーロラの笑い声が、部屋に響く。
「はずれよ、碧」
「……あー」
そんなに単純じゃなかったか。
『ミス1回にカウントされます。残り2回まで許されます』
胸元の案内板が宣告する。
つまり、4回目のミスでアウト。
残ったチャンスは、あと3回だ。



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