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26.かくれんぼ(2)
でも、悠長に悩んでいる時間はなかった。
早く。あと、怪しそうな物は?
くるみ割り人形を、置いてあったワゴンの上に戻す。
これは、舞台用ではなく、ただの運搬用らしい。装飾の無い、そっけない作りだ。
カゴも、載っていた。
なんだろう、これ?
中には、金色の棒が、数本放り込まれている。
全て、同じ作りだ。片方の先にだけ、金糸の房が付いている。
本体には、くるくる、細いモールが螺旋状に絡みついていた。棒キャンディみたいだ。
碧は、手に取ってみた。
「ああ、そうか。笛だ」
思い出した。笛を持って踊る、有名な曲目があったな。
ただし、偽物だった。
棒には、ちょんちょんと丸い穴が施されている。だが、本当に空いているわけじゃない。イラストみたいに描いてあるだけだ。
「これじゃあ、音は出ないよな」
うふふふ……
碧の独り言に答えるように、忍び笑いが聞こえてきた。
もちろん、オーロラだ。
碧の眼鏡が、きらりんと光った。
すっと笛に唇を当てる。
ふうっ
吹く真似をした。
途端に。
ころころころ
おかしくって仕方がない。
そう言いたげな笑い声が響いてきた。
「オーロラ、みいつけた!」
勢い込んで、碧は横笛に叫んだ。
ブッブー
『ミス2回目です』
「あー。ひっかけかよ……」
がっくり
碧は肩を落とした。
「騙されたわね、碧!」
オーロラは、笑い転げている。
いくらなんでも、あんまりだ。
「ずるいよ、オーロラ! これじゃ、全然勝負にならないだろ。せめて、なんかヒント出してよ!」
言うだけ言ってやれ。
そんなつもりだったのが、
「いいわよ」
あっさりと承諾された。
「あ、いいんだ」
先に言えばよかった。
拍子抜けしているところに、
「じゃあね、なぞなぞの歌」
そう言うなり、オーロラが歌いだした。
今宵の宴に
艶やかな薔薇を手向けましょう
バッカスよ 踊れ
桃色珊瑚の泡とともに
なんで、ヒントで歌?
ツッコむ余裕もない。
語句を覚えるのに精いっぱいだ。
美しい歌声が止んでからも、しばらくの間、碧は黙って考え込んでいた。
バラか。
あれだろうか?
壁際に向かう。
華奢な脚が三本付いたテーブルが、壁に寄せて置いてあった。
玄関を飾る、コンソールテーブルだ。
半円形をした天板の上に、花瓶が乗っかっている。
でも……これは深紅のバラだ。桃色じゃない。
それに造花だ。小道具なんだから、当然か。
時間が無い。
迷いながら、碧は賭けてみた。
「オーロラ、みいつけた」
ブッブー
またもや、残念賞だ。
『鬼の失敗が、3回に達しました。次のトライで終了となります』
ああ、もう。またこのパターンだ。
碧は頭を抱えた。
ころころころ
オーロラの楽し気な笑い声が、癪に障る。
このままじゃ、だめだ。
自分の頭だけじゃ、この「なぞなぞ歌」は解けない。
どこぞの名探偵じゃないんだ。
さっきと同じだ。とにかく交渉するんだ。
活路を見出すには、それしかない。
「ねえ、オーロラ。案内板に質問してもいい?」
どこにいるか分からない相手だ。宙に向かって語りかける。
思った通り、あんまり乗り気でない返事が、どこからか響いてきた。
「えー。それじゃ、かくれんぼにならないでしょう?」
「直接的な質問は、しないよ。どこにいるか教えて、なんて聞かない。そうじゃなくて、ヒントになる知識を教えてもらいたいんだ」
碧は食い下がった。
ここが勝負どころだ。
「その質問をしていいか、オーロラのOKを取ってからにするよ。それでどう?」
「ううーん、そうねえ」
よし、ここは退こう。
「じゃあさ、一回だけでいいや。そのくらいならいいだろ?」
しばらくの間があった。
「ええ、いいわ」
基本的に、お姫様は鷹揚なのだ。
素晴らしい美徳である。
碧は、心の中でガッツポーズをした。
だが、表情には出さない。
胸元に挿した青い花に向かって、すぐさま質問する。
決めていた。
一つならば、尋ねるのはこれだ。
「バッカスって何? 確か、神様の名前だった気がするんだけど」
約束だ。顔を上げて、お伺いを立てる。
「オーロラ、これはOK?」
「ええ、いいわ」
オーロラが、すんなり了承した。
細かいことは、ガタガタ言わないのだ。
胸元に目を戻す。
くしゃくしゃの花びらから、花芯が、ちょこんと覗いていた。
小さな顔が、先端にくっ付いている。
右半分が白く、左半分が青い。いつものお面のミニチュア版だ。
そこから、女性アナウンサーみたいな音声が流れ出た。
『はい。バッカスは、ローマ神話における、ワインの神様です。』
当たりだ。
ワインの神様。ということは。
碧は、足早にさっきのテーブルに戻った。
偽物の料理に混じって、ワインの瓶が置いてある。
さっき、オーロラは「宴に手向ける」と歌っていた。
お花を手向けるんじゃない。
お酒だったんだ。
だが。
ワインのボトルは、5本あった。
どれだ?



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