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28.コーダ(1)
鳴り響く、軽快な音楽。
王子に引き続いて、反対側からお姫様が登場した。
暁だ。
両耳で、言いなり茸が点灯している。
張り付けたかのような笑顔。目は映ろだ。
完全に操られている。
トウシューズなんて履いたこともないくせに、みじんもそれを感じさせない。
軽やかに舞い踊る、堂々たるプリンシパルだ。
うわああぁっ……
スクリーンに映った観客の群れから、称賛の嵐が沸き起こる。
まずい。これは、相当にまずい。
真っすぐに暁に向かって走りながら、碧は瞬時に状況を悟った。
凄まじい熱狂が伝わってくる。
このままじゃ、胡蝶の門出、一直線だ。
言いなり茸の解除は、後でいい。
とにかく、止めるんだ!
なんなら体当たりしてやる。
一気に、ぶち壊せ。
気分は、ほとんど殴り込みだ。
あえて分散せず、三人並んで走った。
桃を真ん中にして、両側に陽と碧だ。
賓客役を演じている胡蝶の、唖然とした顔、顔、顔。
でも、まだ、彼らは動かない。
踊っている暁が、射程距離に入った。
「行ける!」
碧が、暁に飛びついてタックルをかまそうとする。
「暁!」
陽と桃も、同時に叫んだ。
桃は、ポケットに手を入れている。
陽は、腕を伸ばして、暁の体を揺さぶろうとした。
だが。三人それぞれの行動は、全て直前で阻止された。
ずざぁっ!
「なに?!」
あっという間だった。
防御できないほどの速さで、ぬちゃぬちゃした壁が、横滑りしてきたのだ。
もろに突っ込んだ碧が、狼狽えて叫ぶ。
桃が、悲鳴をあげて飛び退いた。
「ソネムネ・タムだ!」
陽が、碧の襟を掴んで、即席の壁から素早く引っこ抜いた。
ぬめ・ぬめ・ぬめ・ぬめ
影法師たちは、並んで、ぬめぬめした体を揺らしている。
一糸乱れぬラインダンスだ。
あと一秒早ければ、三人の行動は全て上手くいっていた。
時すでに遅しだ。
一瞬で、碧達と暁の間には、黒い壁が築かれてしまった。
折り紙を人型に切り抜いたような奴らだ。
一人一人は、薄い。
トランプのカードを立てて、何重にも並べた状態だ。
さっと左右に目を走らせた陽は、瞬時に見て取った。
どこにも隙間がない。
並んだソネムネ・タムが、あざ笑う。
体型はまちまちだが、顔はスタンプみたいに、みんな同じだ。
三日月形の切れ込みが、三つ。歪んだ口と、眇めた両目。
人を嫉み、妬むときの、いやらしい顔つきだ。
はっと、陽が気付いた。
今回は、体にも切れ込みが入っている。
文字の形だ。
「ズルするな?」
読み上げて、陽は思わず疑問形になった。
碧と顔を見合わせる。
他のもある。
「てだすけきんし?」
「手助け禁止か」
碧が、速攻で翻訳する。
「ふせいしている」
桃も、唖然とした顔で読み上げた。
「不正しているって、違う! むしろ邪魔して、ぶち壊してやるよ! だから、そこをどけ!」
ぬめ・ぬめ・ぬめ・ぬめ
まったく聞く耳を持たない。
ソネムネ・タムの壁は、いっそう激しく波打った。
音楽は続いている。
陽の決断は、早かった。腰を低く落として、碧と桃に言い放つ。
「後に付いてこい。碧、桃、とにかく暁を止めろ」
時間が無いんだ。この壁を破るしかない。
そう決心した直後だ。
ばしゅうっっ!
凄まじい水流が、陽の両頬すれすれを通過していった。
目の前で、左右から飛んで来た水の矢が、一本に合わさる。
手加減無しの、水のドリルだ。
影法師たちが、あっという間に宙を舞った。
「ド・ジョー!」
碧が、叫んで振り返る。
救世主が、いた。
浮かぶカラフルな水球。その上に立つのは、金色に輝くドジョウだ。
ステージの先、オーケストラボックスの真上だ。
今まさに、そこからやって来たらしい。
「よう、待たせたな」
ド・ジョーは、ニヤリと片目を上げて見せた。
低い声が、隠しようも無いほど疲れ切っている。
身に纏う水のテールコートは、既に原型が分からないほど、よれよれだ。
しゅっ しゅっ しゅっ しゅっ……
煌めく水の矢が、数えきれないほど周りに浮かび出した。
透明な闘魚の群れを従えた、強力な援軍の登場である。
「早く行け! コーダは短けえぞ!」
破られたソネムネ・タムの壁。その先に、踊る暁が見える!
陽が、いち早く駆け込んだ。
碧と桃も、転げるように後に続く。
「暁!」
三人の声が、揃った。
「目を覚ませ!」
陽が、暁の前に躍り出た。だが。
すかっ
掴もうとした肩が、あっという間に逃げる。
音楽に合わせた動きは、みじんも止まらない。
「踊りをやめろって!」
碧が飛びついた。
それも空振りだ。暁の体が、のけ反った。
よどみなく、優雅な舞が続行する。
大変だったのは、王子だ。
急に子どもが現れて、邪魔し出したのだから、無理もない。
だが、パートナーの方は、全てを無視して、かっ飛ばしている。
それに合わせてサポートを入れるだけで、精一杯だ。
賓客役の胡蝶たちも、さすがに止めなければと思ったらしい。ばらばらと動き出した。
どうしよう!
桃の顔から血の気が引いた。
果敢に突撃する兄たちに遅れて、うろうろとタイミングを計っていたが、そんな場合じゃない。
こっちに来ちゃう!
ばしゅうっ!
寸前で、胡蝶が水の矢に薙ぎ倒された。
一纏まりになって、床を滑っていく。
出力は低めだが、正確な援護射撃だ。
助かった。
桃は、ふうっと息をついた。
だが、すぐにまた来るだろう。
とにかくもう、やらなくっちゃ!
桃は、ポケットに手を突っ込んだ。



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