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32.初期化(2)
「うん!」
陽と桃は、元気よく返事をした。
不思議だ。暁が笑顔で言うと、この地宮からの帰還も、大したことじゃないように思えてくる。
陽と桃だけではなく、碧ですら、気が楽になるのを感じていた。
暁の必殺奥義には、そんな付帯効果があるのだ。
そうだ。必ず無事に帰るんだ。ド・ジョーに言われたように。
一拍遅れて、しっかりと碧も頷いた。
見届けると、暁は、はきはきと鏡に向かって尋ねた。
疲れ切っているわりに、声は元気だ。
「案内板、アクセスを教えて。ここから西センターの一階エントランスホールまで。私と碧、陽、桃ちゃん、」
四本、指を折ってから、暁は振り返った。
「それから、みかげちゃん。5人全員で帰る方法ね!」
グーになった手を、パーに開いて強調しつつ、暁はピエロのお面に言い放った。
5人……。
碧達も振り返る。
暁と似たような格好で座り込んでいる少女が、みんなの視線の先にいた。
そうだ。いたんだった。
和やかな気分が、一瞬で吹っ飛んだ。
加羅みかげ。
彼女をどうするか?
この問題の答えを、まだ誰も出していなかったのだ。
だけど。暁の性格を当てはめて解いたならば、必ず、この答えが導き出されただろう。
たとえ自分を騙した相手でも。
見捨てて、自分達だけ帰ろう。この地宮で死のうが、知った事じゃない。
なんて、金輪際思うわけないんだから。
でも、暁。お前、被害者本人だろ?
それ、自分から言う?
碧は、さすがに衝撃を受けた。
桃も同様だ。声を失っている。
そんな妹達をよそに、当然のように頷いたのが、陽だ。
「うん、そうだなあ」
ああ。
碧と桃は、思わず顔を見合わせた。
お互い、同じ考えに至ったのが分かる。
たとえ暁が言い出さなくても、陽が申し立てていたに違いないのだ。
碧と桃にしたって、みかげの命を救うことに、異論があるわけじゃない。
結局、答えは一つしかなかった。
みかげも、いっしょに連れて帰ろう。
二人は、苦笑を交わした。
それには気付かず、陽と暁が笑顔で頷き合う。
そこに、案内板が、笑顔で異を唱えた。
『その5名には、客人でない者が1名含まれています』
囚人だ。
『意識だけが、この地宮に囚われている状態の者です。今ここにある姿のまま、エントランスホールに戻ることはできません』
そうか……。
当の本人は、案内板の声も耳に入っていない様子だった。
長い黒髪に縁どられた顔は、虚ろだ。
「う~ん。でも、現実の世界では、みかげちゃんは眠っちゃってて、このままだと死んじゃうから、だから……碧、なんて聞けばいいの?」
暁は、途中で碧にぶん投げた。
いきなりのパスだ。
「……まず、客人の俺たちが、ここからエントランスホールに戻る。みかげについては、ここにある意識を現実の世界に戻す。その双方を同時に叶えるアクセスを教えて欲しい」
碧は、冷静に受けて立った。
暁の丸投げには、慣れている。
「そう! それで! 一丁お願いします!」
勢いよく、暁も注文する。
陽と桃が、ぱちぱちと拍手した。
絶妙のコンビネーションだ。
『…………』
なんにも反応が返ってこない。
「……だめかな?」
座り込んだ暁が、碧を見上げた。
時間が掛かっているだけか?
碧は、首を捻った。
それなら、同時でなくてもいい。
まず、みかげの方法だけを尋ねるか?
『ご案内致します』
「よかった、あるんだ!」
暁だけでなく、みな、安堵の歓声を上げた。
みかげだけは、その後ろで、ぼうっと座り込んでいる。
『その前に、安全を確保する必要があります。全員、鏡の後ろ側へ避難して下さい』
「え?」
とっさに、碧が聞き返した。
だが、陽は条件反射で動いていた。
さっと暁を抱え上げると、鏡の裏側へと走り込む。ものの五秒も経っていない。
「避難」と聞いたら、三ツ矢兄妹は迅速なのだ。
ぼやっとしている碧を、桃が引っ張った。
手を繋いで、林立する鏡の合間を抜けて、裏側に行く。
「はとこ」ペアも、いいコンビネーションだ。
「みかげも連れて来る。みんな、ここにいろ」
暁を床に下すと、陽は早口で告げた。
桃が頷くのも待たずに、舞台前方に駆け出していく。
碧は、慌てて鏡の間から顔を覗かせた。
陽は、みかげを抱き上げたところだった。
素早い。
だが、駆け出したものの、すぐに失速した。
みかげの足首には、かぼちゃが吊り下がっているのだ。
ぶらぶら
これでは、大きな振り子が揺れているようなものだ。
ふらふら
陽の体が、勝手に持っていかれそうになる。
瞬時に判断したのだろう。陽が、抱っこから、おんぶに切り替えた。
それでも、よろよろだ。
助けに行こうか。でも、ここにいろって……。
碧が逡巡している間に、陽は、どうにかゴールした。
並ぶ鏡の端っこから、裏に回り込む。
その直後に、案内板の声が響いた。
『それでは、ご案内を実行します』
ごごご……
同時に、振動が足元に伝わってきた。
床だ!
わざわざ自分達を退避させたのだ。
何か起こるとしたら、鏡の前に違いない。
碧は、正確に推測していた。
鏡の合間に立ったまま、固唾を呑んで見守る。
暁も、ずりずりと碧の足元にやって来た。
桃も、不安気に碧に擦り寄ってきたとき。
がっごーん!!!
目の前で、ステージの床が、一気に抜けた。
ひゅっと変な音を立てて、悲鳴が、碧の喉元で凍り付いた。
暁と桃も、硬直している。
だって、自分たちの足元から、ほんの50センチ足らずだ。
鏡の前の床が、一瞬のうちに、ごっそり、こそげ落ちていた。
まるで、巨大なナイフを振るったようだ。
鏡のラインに沿って大きなカーブを切り込み、そこから直線で結んで、すっぱり落とした形だ。
さっき、マッチョ・スワンズが落とされた穴は、小さな真四角だったのに。
「まさか……」
碧が唸った。
怖すぎる考えが、浮かんでいた。
頼む、外れてくれ……!
案内板の声が、頭の中を正確に読み上げた。
『この奈落から、5名全員が飛び降りて下さい。それがアクセスです』



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