ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

35.携諦携諦(ぎゃーてーぎゃーてー)(2)裏メニュー

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35.携諦携諦ぎゃーてーぎゃーてー(2)

「暁っ」
かぼちゃが、みかげの声で叫んだ。
始めて聞く、人間らしい感情に溢れた声だった。相手を思い、狼狽(うろた)えている。

「暁は、お前と一緒に帰る気なんだ! 分かったら、とっとと、落ちろって!」
いいかげん、碧も息が切れていた。
でも、まだほんの少ししか動いてない。

ああ、もう!
俺が陽みたいに馬鹿力だったら!

「どうしたら……どうしたらいいの」
かぼちゃの表皮に浮き出た目が、うろうろと彷徨(さまよ)う。

しゅるるる……
すると、()り合わさった蔓の根本が、さらに太くなった。
ぐるりと取り囲む形で、新たに細い蔓が生えてきたのだ。

「かぼちゃだもの……。私、もう、かぼちゃだもの……」
ぴょん ぴょん
短い蔓は、二つの束に(まと)まると、左右に撥ね出た。

まるで両手だ。
おろおろと呟くリズムに合わせて、ゆらゆらと揺れ動く。

でも、必死に押し出そうとしている側にとっては、この上なく邪魔だ。

碧は、思わず突っ込んでいた。
「見りゃわかるよ! かぼちゃでも、できることって、ないのかよ!」

大人しく、この蔓を動かさないでいてくれるだけでいい。なんぼかマシだ。

「助かりたくないのかよ!」
もはや、体ごとタックルだ。くそ重いかぼちゃを押し出そうと、幾度も試みる。

みかげは、はっとした。
両脇の蔓の動きが、止まった。

言われた言葉を、初めて、ちゃんと考えた気がする。
そうだ。今の今まで、ろくすっぽ聞いちゃいなかった。
自分の願いを叶えたい。それだけを追い求めるあまりに。

ううん、ちがう。
ここの住人たちだって、何度も同じように、尋ねてくれていた。
みかげ。お前は、助かりたくないのか?

手は、差し伸べられていたのに。
取り合わなかったのは、自分のほうだ。
だから、かぼちゃになってしまった……。

でも。
今でも、まだ間に合うの?

固い皮を通して、碧の渾身の力が、伝わってくる。

伸ばした蔓を(つた)って、暁を感じる。
震え、呻きながらも、決してその手を離そうとしない。

二人とも、必死だ。

「……助けて、くれるの?」
私、助けてもらってもいいの?

直後。
最後(つう)(ちょう)が、劇場に響き渡った。
『第4段階が、30秒後に発動します』

来た!

「これで最後なんだ! いくぞ!」
みかげを相手に、これ以上の説明を施している時間はなかった。
やるしかない。落とすんだ、これを!

激震が襲った。
封印から解き放たれた大ナマズが、地中で大暴れしている。
体が床から浮くほどだ。

いや、いいぞ。かえって好都合だ。
かぼちゃも、小刻みに揺れている。
この運動を上手く使っていけば……!

奈落に垂れ下がった蔓のロープも、ゆさゆさ揺れていた。
吊られた暁の体は、振り落とされんばかりだ。

「みかげちゃんっ……」
どうしよう。もう、もう限界だ……。
みかげちゃんを連れていかなくちゃいけないのに!

一方のみかげも、必死に考えていた。
なにか。私にも、なにかできないの?
このままじゃ、三人とも助からない。

崖っぷちだ。
一歩、ここから踏み出せれば。
囚われた、この世界から抜け出せる。
でも、足は、もう無い。

無意識に、みかげは両脇の蔓を動かしていた。
わたわた、さっきよりも(せわ)しなく(うごめ)く。

遠慮している余裕はない。
碧は、かぼちゃ人間に言い放った。
「みかげ、腕を動かすなって!」

腕?
腕も、かぼちゃにはない。
そう思った瞬間、みかげの頭に、(てん)(けい)(ひらめ)いた。

そうか、この蔓だわ。
これなら動かせる!

『残り10秒、9、8、』
案内板のカウントダウンが、遠く聞こえていた。
行こう。行くんだ。
自分も、やれることをやるんだ!

びしぃっ
蔓の先っちょが、5つに割れた。
左右ともだ。
両手の指となって、しっかりと床を掴む。
そして。

ぐいっ!
かぼちゃが、ほんのわずか、前に進んだ。

そのとき。
全てのタイミングが、まるで魔法のように合わさった。

「行けえーっ!」
碧が、ひときわ気合をこめて、かぼちゃに体当たりした。

ぐらっ
同時に、大波が来た。
三日月形の島が、大きく揺れる。前へ。

はっと、碧は下を見た。
足元に床が無い。
宙に浮かんでいる。自分も、かぼちゃも。

動いたんだ!
その瞬間。碧の思考回路が、超高速で動き出した。

ということは落ちる。俺も、みかげも。
そうなるよな。
しまった、ぜんぜん考えてなかった。

コンマ一秒もかからず、現況を把握すると、対応策が弾き出された。これも即時だ。

どうする?
やれることは、神頼みくらいか。
ああ、(ねん)(ぶつ)でも唱えておくか。
(はん)(にゃ)(しん)(ぎょう)

みかげが一番最初に仕組んだ、のっぺらぼうのお化け。
その対策で用意した、お守りのミニ(きょう)(もん)だ。

ただ持ち歩くだけじゃなくて、使う気満々だった碧は、きちんと意味も調べ、何回か唱えてみたのだ。
出だしと最後の部分は、もう(そら)んじている。

今こそ使うときだろ!

だが、実際に碧の口から飛び出したのは、ただの叫び声だった。

落ちる。落ちていく。
(あらが)えない重力に、身を任せるしかない。
果てしない恐怖だ。

だが、碧の脳内では、しっかりと般若心経が自動再生されていた。
こんな時でも、暗記力は100点満点だ。

かんじーざい ぼさつ
ぎょうじん
はんにゃー はーらーみーたーじー

『……2、1、0』
無人となった劇場に、案内板のカウントダウンだけが響き渡る。

がごっ!
最後の二片だ。舞台奥の左右に残されていた床が、同時に抜けた。

これで、生き残ったのは、三日月の島だけになった。
7枚の鏡が、この孤島の住人だ。
端から端まで、曲線に沿って、ずらりと連なっている。
この激震のなか、一枚も倒れていない。

真ん中の鏡から、音声が流れた。
縁飾りに付いた、ピエロのお面だ。

白と青、二色に戻っている。

『奈落は、これをもって完成いたしました。アクセスは、もう利用できません』

だが、誰も聞く者はいない。
碧は、既に奈落の遥か下方に落ちていた。
音なんか届かない。今、聞こえているのは、自分の心で唱えている般若心経だけだ。

ぎゃあてー ぎゃあてー
はーらーぎゃあてー
はらそー ぎゃあてー
ぼーじーそわかー

最後のくだりだ。
呪文みたいに、この意味を唱え続ける。

行こう。行こう。
さあ、行こう。
一緒に行こう。
光あふれる世界へ。

間仕切り線

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