ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

37.救護(きゅうご)(1)

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37.救護きゅうご(1)

ざあああぁ……

「貴婦人(きふじん)の噴水(ふんすい)」だ。
何本(なんぼん)ものノズルが貴婦人像(きふじんぞう)を取(と)り囲(かこ)み、ウエスト目掛(めが)けて水流(すいりゅう)を放出(ほうしゅつ)している。

水(みず)で出来(でき)たスカートだ。
それでも、布(ぬの)とは違(ちが)う。水流(すいりゅう)と水流(すいりゅう)の間(あいだ)は、スカスカだ。

誰(だれ)かがその中(なか)にいたとしたら、すぐに見(み)える。

西(にし)センターに駆(か)け付(つ)けた救(きゅう)急隊員(きゅうたいいん)は、再(ふたた)び問(と)い質(ただ)した。
「誰(だれ)も、いないじゃないか」

もう二人(ふたり)、いるんです。
ちょっと待(ま)って下(くだ)さい。
そう言(い)って止(と)めた少年(しょうねん)は、じっと水(みず)のスカートを見(み)つめている。

この子(こ)が、救急車(きゅうきゅうしゃ)を呼(よ)ぶよう、警備員(けいびいん)に頼(たの)んだのだ。
妹(いもうと)だという小柄(こがら)な子(こ)は、意識(いしき)が無(な)かった。
既(すで)に、救急車(きゅうきゅうしゃ)の中(なか)に運(はこ)び込(こ)まれている。

「この噴水(ふんすい)の中(なか)にいたんですよ」
横(よこ)に並(なら)んだ警備員(けいびいん)は、咎(とが)めるように言(い)いつけてきた。
「こんなところで、ふざけてね、妹(いもうと)を溺(おぼ)れさせるなんて、」

「溺(おぼ)れたわけではないよね、妹(いもうと)さん」
隊員(たいいん)は、念(ねん)のため確認(かくにん)した。
「はい、違(ちが)います」
うん、いい返事(へんじ)だ。
ぐだぐだ言(い)い返(かえ)さない。弁解(べんかい)も無(な)しだ。

確(たし)かに、浅(あさ)いプールでも、人間(にんげん)は溺(おぼ)れる。
だが、その疑(うたが)いは、すぐに排除(はいじょ)していた。
妹(いもうと)のドレスは、水(みず)に浸(つか)かって、びしょびしょというほどではなかったのだ。

でも……なんでドレスなんだ?
ちょっと「おしゃれ」ってわけじゃない。
そうそうお目(め)にかかることのない、ガチの礼装(れいそう)だ。

この男(おとこ)の子(こ)も、タキシードだった。
両方(りょうほう)とも、子(こ)どもが普(ふ)段(だん)する服装(ふくそう)じゃない。
結婚(けっこん)披(ひ)露(ろう)宴(えん)にでも、参列(さんれつ)してたんだろうか。

いや、それにしたって変(へん)だ。
妹(いもうと)もだった。この兄(あに)も、そうだ。
どうして靴(くつ)を履(は)いていないんだ?

再度(さいど)、問(と)いかけようとしたとき。

ざあっ!
噴水(ふんすい)の水音(みずおと)が、いきなり激(はげ)しくなった。

「来(く)る……!」
男(おとこ)の子(こ)が、目(め)を見開(みひら)いた。

「えっ?」
消防(しょうぼう)隊員(たいいん)と警備員(けいびいん)は、同時(どうじ)に声(こえ)をあげていた。

どういうことだ?
さっきの倍(ばい)。いや、それ以上(いじょう)だ。
ノズルから噴射(ふんしゃ)される水(みず)が、激増(げきぞう)していた。
野太(のぶと)い水流(すいりゅう)が、貴婦人(きふじん)のウエストに打(う)ち付(つ)けられる。像(ぞう)が折(お)れそうな勢(いきお)いだ。

「いったい、なんなんだ? ちょ……ちょっと、裏(うら)を見(み)てきますよ。なんか異常(いじょう)でもあったのかも」

仏(ほとけ)のように福々(ふくぶく)しい顔(かお)を引(ひ)きつらせて、警備員(けいびいん)は駆(か)けて行(い)った。
さぞかし、今日(きょう)は日報(にっぽう)に綴(つづ)る事項(じこう)が、てんこ盛(も)りになることだろう。

ぶしゃあ……っ
水(みず)が、こっちにまで跳(は)ね返(かえ)ってくる。
あっという間(ま)に、噴水(ふんすい)の外側(そとがわ)まで、びしょ濡(ぬ)れだ。
これじゃ、水(みず)のスカートじゃない。
ただの暴(あば)れ回(まわ)る滝(たき)だ。

凄(すさ)まじい水流(すいりゅう)を前(まえ)に、陽(よう)は身(み)じろぎもせず、目(め)と耳(みみ)を凝(こ)らしていた。

どさ……
確(たし)かに聞(き)こえた。
何(なに)かが落(お)っことされる音(おと)だ。

ちらり
見(み)えた。
白(しろ)く砕(くだ)ける水流(すいりゅう)の向(む)こうに、黒(くろ)い布地(ぬのじ)が。

「来(き)た!」
陽(ひ)は、叫(さけ)ぶなり噴水(ふんすい)に踏(ふ)み込(こ)んだ。

「おい!」
消防(しょうぼう)隊員(たいいん)が、慌(あわ)てて制止(せいし)する。
だが、説明(せつめい)している余裕(よゆう)なんてない。
陽(よう)は、ずかずかと水(みず)を掻(か)きわけて進(すす)んだ。

タキシードのズボンが濡(ぬ)れようが、どうだっていい。
靴(くつ)だって、奈落(ならく)から落(お)ちる長(なが)い道中(どうちゅう)で、吹(ふ)っ飛(と)んでいた。
ざらざらとしたコンクリートの底面(ていめん)が、直(じか)に靴下(くつした)に当(あ)たる。

「碧(あおい)! 暁(あかつき)!」
陽(よう)は、迷(まよ)わず、貴婦人(きふじん)の荒(あ)れ狂(くる)うスカートに頭(あたま)を突(つ)っ込(こ)んだ。

消防(しょうぼう)隊員(たいいん)のおじさんは、陽(よう)が錯乱(さくらん)でもしたかと疑(うたが)ったらしい。
職業柄(しょくぎょうがら)、反応(はんのう)も対応(たいおう)も早(はや)い。すぐに後(あと)を追(お)ってきて、陽(よう)の腕(うで)を掴(つか)もうとした。

すると。

ざああっ……
水流(すいりゅう)が、急激(きゅうげき)に勢(いきお)いを失(うしな)っていった。
視界(しかい)を閉(と)ざしていた分厚(ぶあつ)い滝(たき)が、徐々(じょじょ)に薄(うす)くなっていく。

狂(くる)ったように水(みず)を吐(は)き出(だ)していたノズルは、気(き)でも変(か)わったのだろうか。再(ふたた)び、しゃわしゃわと優(やさ)し気(き)に歌(うた)い出(だ)した。

貴婦人(きふじん)のスカートは、あっという間(ま)に元通(もとどお)りだ。細(ほそ)い水(みず)の線(せん)に戻(もど)っている……。

現(あらわ)れた光景(こうけい)に、救急(きゅうきゅう)隊員(たいいん)は愕然(がくぜん)とした。

女(おんな)の子(こ)だ! 男(おとこ)の子(こ)もいる!
なんの手品(てじな)だ?
さっきまで、噴水内(ふんすいない)には誰(だれ)もいなかったぞ?

「着(つ)いたぞ! もう大丈夫(だいじょうぶ)! 帰(かえ)れたんだ!」
大柄(おおがら)な男(おとこ)の子(こ)は、水中(すいちゅう)に崩(くず)れ落(お)ちている女(おんな)の子(こ)を助(たす)け起(お)こした。

声(こえ)をかけながら、もう片腕(かたうで)で、水(みず)に倒(たお)れ込(こ)んだ男(おとこ)の子(こ)を起(お)こそうとしている。
まずい。
両方(りょうほう)とも、意識(いしき)を失(うしな)っている様子(ようす)だ。

救助(きゅうじょ)が先(さき)だ。謎(なぞ)は、後回(あとまわ)し。
救急(きゅうきゅう)隊員(たいいん)は、あと2名(めい)いることを伝達(でんたつ)してから、じゃばじゃば近(ちか)づいた。
素早(すばや)く、男(おとこ)の子(こ)の方(ほう)を、噴水(ふんすい)から掬(すく)い上(あ)げる。

ああ、この子(こ)もタキシードだ。
そして……やっぱり、靴(くつ)を履(は)いていない。

浅(あさ)い水(みず)を掻(か)きわけ、噴水(ふんすい)の垣根(かきね)を越(こ)えた。
大柄(おおがら)な男(おとこ)の子(こ)も、すぐに付(つ)いてくる。
言(い)われていないのに、ちゃんと女(おんな)の子(こ)を抱(かか)えて来(き)ていた。
うん。やっぱりいいぞ、この子(こ)。

「暁(あかつき)?」
そっちが、女(おんな)の子(こ)の名前(なまえ)か。
意識(いしき)の無(な)い少女(しょうじょ)を床(ゆか)に下(くだ)すと、そう呼(よ)びかけている。
何故(なぜ)だろう。ひどく驚(おどろ)いた顔(かお)で。

確(たし)かに、この女(おんな)の子(こ)は、びっくりするような格好(かっこう)をしていた。
ドレスじゃない。これまた絵(え)に描(か)いたようなバレリーナだ。

バレエのレッスンをしてました、なんて程度(ていど)のレオタードではない。
スカートが、ぼぼーんと張(は)った、豪華(ごうか)な舞台(ぶたい)衣装(いしょう)だ。

でも、びしょびしょだ。
長(なが)い黒髪(くろかみ)も、ほどけて床(ゆか)に広(ひろ)がり、水(みず)たまりを作(つく)っていた。

ああ、この子(こ)も裸足(はだし)だ。
トウシューズを履(は)いていそうなものだが、ストッキングだけである。

と、腕(うで)に抱(だ)いた男(おとこ)の子(こ)が、細(ほそ)く呻(うめ)いた。
目(め)を開(あ)ける。気付(きづ)いた!

「碧(あおい)!」
そう呼(よ)ばれた子(こ)の顔(かお)が、徐々(じょじょ)に驚(おどろ)いた表情(ひょうじょう)を形作(かたちづく)った。
大柄(おおがら)な男(おとこ)の子(こ)の姿(すがた)を認(みと)めると、隊員(たいいん)の腕(うで)から出(で)ようと身(み)じろぎする。弱々(よわよわ)しい動(うご)きだ。

隊員(たいいん)は、逆(さか)らわず、慎重(しんちょう)に下(お)ろしてやった。
細(ほそ)い体(からだ)が、ふらついた。
ぺたんとお尻(しり)をつかせて、噴水(ふんすい)の垣根(かきね)に凭(もた)れ掛(か)けさせてやる。

「……やった、西(にし)センターだ。帰(かえ)れたんだ」
男(おとこ)の子(こ)は、確(たし)かに、そう呟(つぶや)いた。
帰(かえ)れた? いったいどこからだ?

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