カイコン(総フリガナ版)

26.蛟(総フリガナ版)

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26.蛟みずち

和尚(おしょう)は、間一髪(かんいっぱつ)で避(よ)けた。
正確(せいかく)には、着(き)ている裃(かみしも)が先(さき)に逃(に)げた。
問答(もんどう)無用(むよう)で体(からだ)が引(ひ)っ張(ぱ)られていなければ、矢(や)がぶっ刺(さ)さっていたところである。

キエエエエ~ッ

大蛇(だいじゃ)が、怪鳥(けちょう)のような叫(さけ)び声(ごえ)を上(あ)げる。
ちさとの放(はな)った矢(や)は、変化(へんげ)した荒魂(あらみたま)の眉間(みけん)を正確(せいかく)に射(い)ていた。
巨大(きょだい)な頭(あたま)である。刺(さ)さった矢(や)が、爪楊枝(つまようじ)にしか見(み)えない。

それでも、シルキングによる攻撃(こうげき)である。
効(き)いている様子(ようす)だ。

なるほど。ちさとは、和尚(おしょう)を盾(たて)にして、先制(せんせい)攻撃(こうげき)を仕掛(しか)けたわけだ。
荒魂(あらみたま)だって、仲間(なかま)に向(む)かって矢(や)を放(はな)つなんて思(おも)わなかっただろう。

「文句(もんく)言(い)ってやりましょう!」
ぷんすか、ゼロちゃんが息巻(いきま)く。
「いや、それどころじゃねえ!」
今度(こんど)は和尚(おしょう)が先(さき)に逃(に)げた。

びゃん! びゃん! びゃん!
ちさとの矢(や)が、何本(なんぼん)も至近(しきん)距離(きょり)を掠(かす)めていく。
連射(れんしゃ)だ。敵(てき)にも味方(みかた)にも容赦(ようしゃ)がない。

ライダースーツを着(き)たアテナ神(しん)が、そこにいた。
ただし、黒髪(くろかみ)を結(ゆ)い上(あ)げた、和製(わせい)の女神(めがみ)だ。
背丈(せたけ)よりも長(なが)い和弓(わきゅう)を構(かま)え、矢(や)を番(つが)えて放(はな)つ。
いつのまにか装着(そうちゃく)している保護(ほご)の手袋(てぶくろ)も、全(すべ)てがシルキングの作(つく)り出(だ)した装備(そうび)だ。

キエエエエ~ッ

大蛇(だいじゃ)は、長(なが)い体(からだ)を振(ふ)りたくった。
機敏(きびん)な動(うご)きだ。矢(や)が、ことごとく躱(かわ)される。

「ちっ」
ちさとが、短(みじか)く舌打(したう)ちした。

外(はず)れて落(お)ちた矢(や)が、腰(こし)に付(つ)けた矢(や)のホルダー、「箙(えびら)」に自動(じどう)で戻(もど)って行(い)く。
シルキングだからできる芸当(げいとう)だ。

「俺達(おれたち)も行(い)くぜ、ゼロちゃんよ!」
「もちろんです、和尚(おしょう)!」
逃(に)げてばかりでは、採掘(さいくつ)はできない。

しゅるっ
着(き)ている裃(かみしも)から、白(しろ)い縄(なわ)が生(は)えた。
今日(きょう)は、特別(とくべつ)に太(ふと)い。

和尚(おしょう)は、右手(みぎて)に握(にぎ)ると、大蛇(だいじゃ)に急速(きゅうそく)接近(せっきん)した。
弓矢(ゆみや)と違(ちが)って、獲物(えもの)に近(ちか)づかないと使(つか)えないのが難点(なんてん)だ。

「お~らよっとお!」
掛(か)け声(こえ)と共(とも)に、ぐるぐると大蛇(だいじゃ)の胴(どう)を周回(しゅうかい)する。
シルキングの縄(なわ)は、何重(なんじゅう)にも太(ふと)い胴体(どうたい)に巻(ま)き付(つ)いた。

ぎゅうううっ
純白(じゅんぱく)の縄(なわ)が、独(ひと)りでに締(し)まった。
これも、シルキングこその攻撃(こうげき)だ。

キエエエエ~ッ
大蛇(だいじゃ)が身悶(みもだ)える。縛(しば)られて、苦(くる)し気(げ)だ。
ばしゃばしゃ、川(かわ)全体(ぜんたい)が激(はげ)しく波立(なみだ)つ。
水(みず)に浸(つか)かった下半身(かはんしん)は見(み)えない。だが、この様子(ようす)では、相当(そうとう)な長(なが)さなのが伺(うかが)える。

「蛟(みずち)、だわ……」
ちさとが、矢(や)を番(つが)えながら呟(つぶや)く。
河川(かせん)に纏(まつ)わる、神話上(しんわじょう)の大蛇(だいじゃ)。
荒(あら)ぶり、人(ひと)に害(がい)をなした末(すえ)に、英傑(えいけつ)に討伐(とうばつ)されてしまう。そんな伝承(でんしょう)が、幾通(いくとお)りも残(のこ)っている、古来(こらい)の化(ば)け物(もの)。
その姿(すがた)を象(かたど)ったのね。

「うおっ?!」
和尚(おしょう)が目(め)を剥(む)いた。

すっぽん
縄(なわ)が、闇雲(やみくも)に頭(あたま)を振(ふ)りたくられた拍子(ひょうし)に抜(ぬ)けてしまったのだ。

ぬる ぬる ぬる……

見(み)れば、どす黒(ぐろ)い鱗(うろこ)から、どろりとした粘液(ねんえき)が染(し)み出(で)ていた。
締(し)め付(つ)けられて凹(へこ)んでしまった部分(ぶぶん)を、分厚(ぶあつ)く覆(おお)っていく。
保護(ほご)だろうか。なるほど、潤滑剤(じゅんかつざい)にもなってしまったわけだ。

まずいな。こいつは手(て)ごわいぞ。

「和尚(おしょう)、縛(しば)り方(ほう)を変(か)えましょう! 単純(たんじゅん)だと解(ほど)かれちゃいます」
「おうよ!」

0(ゼロ)号機(ごうき)が出(だ)せる武器(ぶき)は、縄(なわ)だけだ。
ショボいのは否(いな)めない。
そもそも試作機(しさくき)なのである。

だが、それで諦(あきら)める和尚(おしょう)ではなかった。
今(いま)では下火(したび)になった武術(ぶじゅつ)のひとつ、捕縄術(ほじょうじゅつ)を修(おさ)めたのである。

「まさか、こいつが売(う)れるとは思(おも)わなかった」
しきりにボヤきつつ、師匠(ししょう)探(さが)しに奔走(ほんそう)してくれた、狛(こま)ケン役人(やくにん)様(さま)のお陰(かげ)だ。

今度(こんど)は、技(わざ)の限(かぎ)りを尽(つ)くして縄(なわ)を掛(か)けた。
大蛇(だいじゃ)が、時代劇(じだいげき)の罪人(ざいにん)みたいに拘束(こうそく)される。

くねくね
大蛇(だいじゃ)が悶(もだ)えた。
すっぽ抜(ぬ)ける。

「くっそ~。今度(こんど)は十文(じゅうもん)字(じ)縄(なわ)いくぞ!」
「はい、和尚(おしょう)!」
もはやエンドレスになった。

だが、ちさと&2号機(ごうき)コンビは、頼(たよ)れる仲間(なかま)であった。
すぐさま状況(じょうきょう)を呑(の)み込(こ)んで、連携(れんけい)し出(だ)したのだ。

和尚(おしょう)の縄(なわ)で縛(しば)られ、動(うご)きが制限(せいげん)された瞬間(しゅんかん)を狙(ねら)って、矢(や)を連射(れんしゃ)する。
的中率(てきちゅうりつ)が、格段(かくだん)に上(あ)がった。

キエエエエ~ッ

「効(き)いてる! ちさと、頭(あたま)を狙(ねら)って、もう一(いっ)射(しゃ)!」
ライダースーツから、ニゴちゃんの声(こえ)が飛(と)ぶ。
その時(とき)だった。

ぐわあっと、大蛇(だいじゃ)が鎌首(かまくび)をもたげた。
一瞬(いっしゅん)で距離(きょり)が縮(ちぢ)まる。
あっと思(おも)った時(とき)には、ちさとの目(め)の前(まえ)に、蛇(へび)の顎(あご)があった。

喉(のど)の奥(おく)が見通(みとお)せる。
ということは。
まさに食(く)いちぎられようとしている!

「ちさと、逃(に)げろ!」
和尚(おしょう)の叫(さけ)び声(ごえ)が、至近(しきん)距離(きょり)から聞(き)こえた。

輪(わ)にしたシルキングの縄(なわ)を蛟(みずち)の顎(あご)に引(ひ)っかけ、死(し)に物(もの)狂(ぐる)いで引(ひ)っ張(ぱ)っているのだ。
蛟(みずち)の意図(いと)を察知(さっち)し、電光(でんこう)石火(せっか)でやってのけた和尚(おしょう)である。並(な)みの度胸(どきょう)ではない。

あがあっ
蛇(へび)の口(くち)が、開(あ)いたまま止(と)まっている。

ちさとは、物(もの)も言(い)わずに横(よこ)に飛(と)び退(すさ)った。
蛇(へび)の頭(あたま)が、すぐそこにある。
まん丸(まる)の目(め)に、手(て)が届(とど)く。

今(いま)だ!

「カイコン!」

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