カイコン

38.万里(最終回)

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38.万里(最終回)

「和尚は気付いてたんだね」
千里(せんり)が、ぽつりと漏らした。

「……ああ。(みずち)の腹から出て来たとき、分かったんだ。お前さんの体から、(みずち)と同じ匂いがした。姿も、ちょっと透けて見えてた」

ネコ耳に宿った、勾玉(まがたま)の力もあるのかもしれない。
エネルギーチップ。荒魂(あらみたま)
要は「人の(たましい)」を捉える感覚だ。
蛟の腹から出た後。それが自分に備わったのを、はっきりと和尚は感じていた。

「そうか。じゃあ、オレの力がもう終わりなのも、分かるよね」
黙って(ひそ)めた和尚の目が、返事になっていた。

エネルギーは、有限だ。終わりは、いつか必ず来る。

「フォース、どのくらい残ってる?」
「ほぼゼロです。千里(せんり)坊ちゃま、楽しゅうございましたよ。私は、あなたが大好きです。気をつけて行ってらっしゃいませ」

身に付けた軍服スーツが、心のこもった言葉を手向ける。
「ありがとう。フォース、弟をよろしくね」
「はい。勿論でございます」

ちさとが、つと近づいた。
何も言わずに、千里に顔を寄せる。
綺麗だな。見惚れていると、柔らかな唇が重なって来た。
なぜか、甘い。感じない筈なのに。

「餞別よ、千里(せんり)
ぽやっと見上げる少年に、ちさとは柔らかく笑いかけた。

冷たい唇だった。
感触も、人ではないのが分かった。
まるで、人形にキスしたようだ。

悲しみが襲ってくる。けれど、顔に出したら、だめだ。千里(せんり)を悲しませてしまう。

和尚が、穏やかに話しかけた。
「お前さん、『チーム千里』に、万里の名前を記入したろ。弟に何かあったらな、俺が力になるから安心しろよ」

「そうね。チームだものね」
ちさとも頷く。

千里(せんり)は、泣き笑いのような顔で微笑んだ。
しゃにむに、万里が抱き付いてきた。
この世で一番、大事な弟……。

「ありがとな、万里」

千里(せんり)……」

見る見るうちに、万里の腕の中で、少年の姿は掻き消えた。

しゅっ
音を立てて、分離していたシルキングが、自分の軍服に戻って来る。

ちゃりん
小さな音を立てて、一枚のコインが地面に落ちた。

エネルギーチップだ。
だが、金色は鈍い。くすんでしまっている。

拾い上げて、万里は乾いた目で見つめた。
終わりだ。
今度こそ、終わりなんだ。

「大丈夫か、万里」
和尚が、気遣わし気に覗き込んで来る。

口を付いて出てきた言葉は、我ながら虚ろに響いた。
「うん。千里が死んじゃった時さ、オレ、たくさん泣いたんだ。だから、もう涙は残ってない」

ラッキーな「おまけ」に当たったようなもんだろ。
あのとき。千里は、そう言ったのだ。
だから楽しもうぜ。それで充分なんだ。

「オレは、もうとっくに一人なんだよ。だから、しっかりしなくちゃいけないんだ。千里(せんり)は、いつも心配してた」

「ああ、その通りだな」
それ以上、慰めないのが和尚だ。
万里が手に持ったチップに目をやると、唐突に聞いてきた。

「あのさ、そいつに目印書いてもいいか? 他と混じっちまわないようにさ」
万里が、ぼんやりと顔を上げた。
よく分からないけど、とりあえず頷く。

「マジックとか無い?」
「はい、どうぞ、和尚さま」
ぽん、と出て来る。最新機は素晴らしい。

色はくすんでしまっているが、面に浮き出た+と-の記号は、そのままだ。

和尚は、その線に沿って、黒マジックで漢字を描きこんだ。
表に、「千」。
そして、裏に、「里」。

「あのさ、こいつは捨てないで持っててくれよ。そんで、たまには俺にも会わせてくれ。ここに、もう千里がいないのは分かってる。だが、あいつがいた思い出だからな」

それだけ言うと、和尚は背中を向けた。
「じゃあな。あ、俺の宿舎は1号棟だから。なんかあったら、いつでも来いよ」

後ろ姿で上げた腕が、震えていた。声も、隠しようも無く(にじ)んでいる。

ぱっと飛び上がって、トラ猫耳の男は去って行った。

「私の宿舎は、2号棟よ。女性用だから、入って来たら捕まるからね。まず、レターボックスに手紙をちょうだい」
ちさとが、はっきりと伝える。
社交辞令じゃないのが、顔つきからも分かる。

すると、ライダースーツから、ニゴちゃんが得々として言った。
「女装すれば入れるわよ! 万里なら大丈夫!」

フォースまで肯定した。
「了解しました!」

「嫌だよ、そんなの!」
思わず叫ぶ。

にこり、と笑いかけると、黒猫のお姉さんもさっと飛び立った。
女々しさの欠片も無い。惚れ惚れする気風の良さだ。

「よかったですねえ、万里坊ちゃま」
一瞬で軍服スーツを普段着に変えてから、シルキングは感に堪えないように言った。

「お二人とも、実のある、頼りになるお方じゃありませんか。実力も申し分ない。特に和尚さまは、ヤツカを手に入れて、ネコ耳で最強の武力保持者になりました」

最新機のフォースを遥かに超える力を秘めた、神剣なのである。

「そんな方々とチームを組めた。千里坊ちゃまのお陰ですね」

「……本当にそうだね」
万里は、川面を眺めて溜息をついた。

気が緩むと、メソメソしそうになる。
ダメだな、オレは。
ちゃんと前を向いて進まなくちゃ。

思い出した。
幼い頃、自分達双子に父が語った、名前の由来を。

虎は千里行って千里帰る。
だから、お兄ちゃんは「千里」なんだよ。

お兄ちゃんだけ、虎なの。ずるい。
むずかる自分に、父は微笑んだものだ。

万里は、「万里一空(ばんりいっくう)」だ。
世界は広いんだ。でも、万里の先まで行ったとしても、必ず一つの空の下にある。

だから、翔けて行きなさい。万里の先まで。

見失ってはいけない。どこにいようとも、自分はこの空の下に生まれた、たった一つの命だということを。

「どちらに行きましょう? 万里坊ちゃま。言われた通り、たまには御実家に寄りましょうか」
フォースが尋ねて来た。

「そうだね。どうしようかな」
手の平のコインを見つめる。

これからも、ずっと一緒だ。
何も変わらない。
千里の思い出を抱えて、オレは一人で翔けていく。

「んじゃ、(せん)が出たら実家。()が出たら、今日は野宿」

ぽーん
コインを放り投げた。ぱしりと右の甲で受けて、左の手の平で押さえる。

その中に、万里の未来がある。

              【終わり】

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