当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー
6.ポアント(1)
西センターに、お化けが出る。
先月の頭ごろだ。
西小も東小も、その噂で持ち切りになったのだ。
真夜中。灯りの消えた館内。
眠っていた電子案内板の画面が、急に息を吹き返す。
背景は、真っ黒だ。
そこに、一人。
白いチュチュを着たバレリーナが、映し出されるのだという。
音楽は流れない。
漆黒の闇の中、一羽の白鳥のようにバレリーナが舞い踊る。
だが、顔がない。
のっぺらぼう、なのだと。
おかしな点は、まだあった。
夜中に自動で電子案内板に映像を流す、なんてプログラムは、もちろんしていない。
そして。そもそも、のっぺらぼうのバレリーナだ。
そんな映像自体、保存されていなかったそうである。
「本当だよ。私、お父さんから聞いたんだから!」
西小に、そう主張する児童が現れると、噂の炎は一気に燃え上がった。
「じゃあ、やっぱりお化けだ」
「夜中じゃなくて、夕方に、それ見ちゃった子がいたって。その後で、事故にあったらしいよ」
「うそ。怨念なんじゃないの?」
「見たら呪われるんだよ、きっと」
噂が膨れ上がり、しゃれにならないデマの域に達したところで、大人たちが乗り出した。
『最近、西センターの電子案内板に関して、根も葉もない噂が飛び交っているようです。
区役所からは、システムの不具合だったと通達がありました。
根拠のない話を言いふらすのは、無責任なことです。
ご家庭でも、今一度、お子さんと話し合う機会を設けて頂きたく、お願い申し上げます』
帰りの会で、先生からの説諭とともに、お知らせプリントが配られた。
それで一件落着。
とは、いかなかった。
見かけは鎮火したが、噂の残り火は、近隣小学生の間で、今なお燻ぶり続けている。
なにしろ、場所が悪い。
七不思議も言い伝えられている、件の西センターだ。
すわ、七不思議のニューバージョン。
そう受け取った者は、少なくなかった。
碧も、その一人だ。
決して噂を鵜呑みにする性格ではないが、万が一を考えて、対策を講じたものだ。
そして、噂が下火になった今も、警戒は緩めていなかった。
そんな碧の横で、幼馴染は、鏡の中のお化けに大声で話しかけている。
「こんにちは! ハロー! ええっと、まいどおおきに!」
「いや、なんで大阪弁なんだよ」
碧は、つい、間髪入れずに質した。
お前は大阪商人か。
驚愕で叫んだのも束の間だ。
怖がる気持ちが、急速に萎えていった。
あまりにも通常運転の人間が、自分の隣にいる。
一人でビビっているのも、ばかばかしくなってきた。
実際、暁は、誰に対してもフレンドリーだ。
初対面の相手にも、ぐいぐい話しかけていく。
その性格を知り抜いている碧ですら、あっけにとられた。
こいつ、お化けに対しても、そうなのか。
「だって、お化けさんって、何語をしゃべるのか分からないでしょ。お化け語、かもしれないし。大阪弁はね、どの国でも通じるマルチランゲージなんだよ」
「いや、それはないだろ」
大阪弁万能言語説だ。
提唱しているのは、暁の母親に違いない。
黙っていれば良家の奥様だが、騙されてはいけない。
感情が高ぶると、もう駄目だ。
威勢の良い大阪弁が、ぽんぽん飛び出してしまう。
「でも本当なんだよ。去年ハワイに行った時も、英語なんて使えないから、大阪弁で話したら、ちゃんと通じたもん」
暁は、翻訳例を披露してみせた。
「これ、2つくれへん? えろうおおきに」
これを2つ下さい。どうもありがとう。
見ていた碧は、確信した。
いや。それはおそらく、暁のボディランゲージが通用している。
「そもそも、お化けと意思疎通している場合じゃないだろ。ここは、現実的な対処をするべきだ」
碧は、スポーツバッグの外ポケットに手を差し入れた。
対おばけ最終兵器だ。
備えておいて、本当によかった。
『般若心経』
取り出した小さな袋には、麗々しい筆文字で、そう書いてあった。
中には、ミニサイズの経本が入っている。
ちゃんと読むことだってできる、実用的なお守りなのだ。
「碧、なんでそんな物持ってるの?」
不思議そうに、暁が尋ねる。
ふふん。碧は、得意そうに鼻を蠢かせた。
「あの噂、聞いてから、買っておいたんだ。ブレスレットもしてるけど、念のため」
知ってる。
碧は、いつだって青緑色のブレスレットを身に着けているのだ。
碧玉という石のビーズが連なっている。
魔除けの効果もあるパワーストーンだって、碧が教えてくれた。
「えー。それじゃ、かわいそうだよ」
暁が顔を曇らす。
「だって、祟られたらどうするんだよ」
「じゃあ、祟るかどうか聞いてみようよ」
「大阪弁で? あなたは私に祟りますかって?」
「うん、そう! あ、どう言うんだろ?」
「いやいや。はい、私は祟りますって言われたら、どうするんだ」
言い争っている二人の前で、鏡の中のバレリーナは、両手で顔を覆う仕草をした。
かすかに、声が聞こえる。
碧と暁は、それに気づいて、にわかに口をつぐんだ。
これって……泣き声?
「碧、それ、しまって! ごめん! 怖かったの? 大丈夫だよ」
暁が、慌てて鏡に話しかけた。
お化けに対して、謝罪した上に、力づけてどうする。
しかも、ぱしぱしと碧を叩いて、バッグをさかんに指した。
さっさと、しまえ。
不承不承、碧は般若心経をバッグに戻した。
せっかく、お小遣いで買ったのに。
ここぞってときに、出番無しかよ。
「用意周到」を座右の銘とする碧である。
実際に全部読んでみたし、図書館で本を借りて、ちゃんと意味まで調べたのだ。
お金だけじゃなく、労力も掛けている。
いいや。暗記してるとこもあるし。
いざとなったら、そこだけでも暗唱しよう。
そう、碧が心に決めた時だった。
『探して……』
鏡から、声が聞こえた。
読んで下さって、有難うございます! 以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。
↓ロゴ画像から各サイトの著者ページへと移動します↓
ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくお願いします↓