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10.夢の小石(1)
バシュッ
ぽちゃり
何度か繰り返すうちに、碧にもコツが掴めてきた。
「そこの下にもある。左下のほうだ」
乗っている白鳥も、翼で指して教えてくれる。
「ありがと」
「押忍」
どういたしまして、だ。
「よし。この辺りは完了だ。移動するぞ」
すい~
マッチョ・スワンズ2号は、泳ぎ出した。
なめらかな動きである。抜群の乗り心地だ。
「碧。お前さんが、一番確実だな」
超低音の声で、褒められた。
気付けば、金色のドジョウを乗せた水柱が、並走している。
「うん。まあ、最初は、びっくりしたけどね。あのさ、ド・ジョー。この壁の石って、湖の底にある石と同じもの?」
白くて、丸い。つるつるした、同じ大きさの石。要は、玉砂利だ。
ぐいん
碧の目線の高さまで、金色ドジョウを乗せた水柱が伸びた。
片方の眉と口角をあげて、ニヒルに笑う。
難易度の高そうな笑い方だ。
「ああ、お前さんなら、気付くと思ったぜ。その通りだ」
ヒュウ
口笛が響いた。
乗っているスワンが、うにょんと頸を曲げた。
賛嘆の眼差しをしている。
「ド・ジョーの言った通りだ。確かに、この主は、格別に冴えた頭脳をお持ちだな」
白鳥にまで褒められた。
ちょっと待て。今、嘴で、どうやって口笛を吹いたんだ? 謎だ。
ぴょこん
マダム・チュウ+999が、碧のフードから頭を出した。
「そうなのよん。頭では、碧が一番ね。アタシが一番に推すのは、陽だけど」
きゃ~!
自分で言って、自分で照れている。
小動物の外見に惑わされては、いけなかった。
こいつはエゾヒグマより危険だ。
碧は、鞍上で拳を握りしめた。
絶対、陽をオネエネズミからガードしよう。
「夢の小石。それが名前だ」
ド・ジョーが、言った。
黄色い悲鳴を上げて悶えるネズミには、全く構わない。
「さざれ石?」
聞き覚えがある。
確か、「君が代」の歌詞に出て来る筈だ。
「ああ。小さな石って意味さ」
知らなかった。
「そうだったんだ。じゃあ、夢の小石ってこと?」
碧の問いに、ド・ジョーは頷いた。
細い水柱の上に立って、金色のドジョウは、ぐるりと壁面を見回した。
水でできたトレンチコートに、胸ビレを突っ込んだポーズだ。ニヒルに決まっている。
「この嘆きの湖は、オーロラの地宮の最下層だ。この夢の世界を存在させる力の供給源になっている」
碧が相手だから、ド・ジョーも難しい言葉をバンバン使ってくる。
供給源。力を与える、おおもとになっているってことだ。
「その力とは、人が抱く夢だ。この小石は、人の夢そのものなんだ。それぞれが、各々の輝きを放っている。それぞれの終わりを迎える、その時までな」
終わりを迎える。
「終わっちゃうの?」
碧が、ド・ジョーに問い質した。
「ああ。長い時間、弱く光を放ち続けるものもあれば、かあっと光って、あっという間に散るのだってある。どちらにしても、人には寿命もある。夢は、いつか終わりが来るのさ」
ド・ジョーの低い声が、歌うように響いた。
「光を失った夢は、たいてい、独りでに剥がれ落ちる。だがな、しがみ付くやつも、時にはいるのさ。もう光らないって分かっててもな。だから、メンテナンスが必要になる」
しがみ付く。諦めきれないで。
「……みかげの夢を、時の筒で見たよ」
クラシックバレエの研究所に入所する。
そして、素晴らしいバレリーナになる。
叶わなかった夢だ。
「でもさ、この夢の世界にいたとしても、ダメになった自分の夢が叶うわけじゃないだろ? なんで、そんな意味のないことをするんだろう?」
碧が、ぶつぶつ呟いた。
しかも、なんでだか分からないが、自分たちを引きずり込んだ。
おかげで、またもや地宮に舞い戻り、再び労働力を提供する羽目になっている。
「忘れ物しない歴」に汚点を残してしまったのも、腹立たしい。
すると、白鳥が静かに止まった。
並走するド・ジョーの水柱もだ。
きゃあきゃあ騒いでいたマダム・チュウ+999も、肩の上で、静かに目を伏せている。
「え? どうしたの、みんな」
戸惑った顔で、碧は地宮の住人達を見回した。
「そう思うのはな、碧、」
ド・ジョーが、口を開いた。
始めて聞く、優し気な声だ。
いや、悲しんでいる。
いったい、何を……。
ぴゅう
湖面から、細い水の糸が飛んできた。
ぽこぽこと、球体が連なった形に変わる。
息をのんで見つめていると、くるり、と曲がった。碧の左手首に巻き付く。
水のブレスレットだ。
冷たい。凍る直前の水みたいだ。
「……そう思うのは、お前さんが、まだ、自分の欲しいものを、自分の足で取りに行ったことがないからさ」
写し取ったかのように、そっくりなブレスレットが、二連。
巻き付いている手首は、まだまだ細い。
そうして、ド・ジョーは、歌うように語った。
低い、低い声で。
叶わなかった自分の夢が、ただの小石に変わって、転げ落ちていく。
落ちた先は、湖だ。
地下深く水を湛えた、誰も知らない湖。
水底に沈んで、鏡みたいに静かな水面を仰ぎ見るとき。
終わったんだな。
ようやく、そう思えるのさ。
周りの水は、身を切るほどに冷たい。
まだ、傷が、じんじんと痛む。
必死に光っていた時の熱も、身の内に燻っている。
静かに、湖底に身を横たえて。
この冷たさに、身をゆだねる。
いつか。凍り付くような湖の水が、自分の痛みも熱も、奪い去る。
いつか。その時が来ることを、慰めとして。
ひょい
ド・ジョーが、胸ビレを動かした。
水のブレスレットが、ヒモ状になって、湖へと流れ落ちていった。
「ねえ、湖の端っこを見て頂戴、碧」
マダム・チュウ+999が、肩の上から促した。
こちらも、いつもとは打って変わって、穏やかな口調だ。
岸辺は、白い小石が敷き詰められた絨毯になていた。そのまま、壁面に続いている。
壁に貼りついた石は、緑、赤、茶。カラフルなメンテナンスモードに光っている。
湖水から顔を出した小石の群れを見て、碧が気づいた。
「あれ? ちょっとだけ、光ってる」
碧の裸眼視力でも分かった。
淡くだが、透明な光を放っているのだ。
マダム・チュウ+999が、微笑んで碧に頷いた。
「そうよ。ちゃんと気づいたのね」
ド・ジョーが続けた。
「いつしか、夢の小石は、忘れ去られる。湖の底に置き去りにされて。だが、やがて、独りでに石は歩きだす。同じ夢を抱く者を求めて。じりじりと、気の遠くなるほどの時間をかけて」
世界という、ばかでかいジグソーパズルの中から、ぴったりのピースを見つけ出す。
そして、再び光り出すのだ。
ド・ジョーも、微笑んだ。
「夢の力も、輪廻している。人の命のように」
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