ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

10.ロージュ(2)

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10.ロージュ(2)

『まだ上演(じょうえん)されません。(まえ)演目(えんもく)になります』
いきなり、胸元(むなもと)から(こえ)がした。

「うわっ」
びっくりした。そうか、案内板(あんないばん)だった。
(あおい)は、室内(しつない)(すす)みながら、(むね)()した(あお)(はな)(はな)しかけた。
ちょっと(くら)くて、よく()えない。

「いいんだ。ここで()っていれば、加羅(から)みかげが()てくるんだろう。それとも、(はい)っちゃ駄目(だめ)だった?」
『いいえ。どうぞご着席(ちゃくせき)(くだ)さい』

それなら、よかった。
あらかじめ、下見(したみ)ができる。

三人(さんにん)のなかで、(あおい)だけは、この劇場(げきじょう)(おとず)れたことがあった。
(あかつき)(とも)に、(はじ)めて「オーロラの地宮(ちきゅう)」に(まよ)()んだ(とき)(はなし)だ。

あの(とき)は、ステージ(がわ)()た。
舞台(ぶたい)から二人(ふたり)(げき)場内(じょうない)見渡(みわた)して、桁外(けたはず)れの豪華(ごうか)さに(おどろ)いたものだ。

客席側(きゃくせきがわ)にも()れるんだな。
見下(みお)ろしてみても、やっぱりゴージャスだ。
(よう)(もも)も、ロージュから(ひろ)がった(なが)めに、言葉(ことば)(うしな)っている。

階下(かいか)に、(あか)(ぬの)()りの椅子(いす)が、ずらりと(なら)んでいた。(あし)は、黄金(おうごん)()った意匠(いしょう)
(いっ)(あし)「おいくら?」って代物(しろもの)だ。
フロアーに、びっしり。(うえ)桟敷席(さじきせき)にも、()いてある。

ここの小部屋(こべや)にも、(おな)椅子(いす)があった。
三人(さんにん)(こし)()ろした。
でも、上等(じょうとう)すぎて()()かない。

『くるみ()人形(にんぎょう) (だい)(まく)より、金平(こんぺい)(とう)(せい)王子(おうじ)のパ・ド・ドゥが(はじ)まります。エントリーは、金平(こんぺい)(とう)(せい)、〇〇○』

(あおい)(おどろ)いた。
その(あと)(つづ)いた名前(なまえ)は、日本人(にほんじん)だった。
()(おぼ)えがある。
(たし)か、(あかつき)(はは)熱弁(ねつべん)()るっていた。
近年(きんねん)(まれ)()るプリンシパルだと。

天井(てんじょう)をご(らん)(くだ)さい。登場(とうじょう)です』
「は? なんで天井(てんじょう)?」
三人(さんにん)疑問(ぎもん)()(さき)(くち)にしたのは、(あおい)だった。

「……(あおい)()てみろ……」
椅子(いす)から()()がった(よう)(ひとみ)が、驚愕(きょうがく)見開(みひら)かれている。

劇場(げきじょう)天井(てんじょう)には、巨大(きょだい)絵画(かいが)(かざ)られていた。
プラネタリウムみたいな、ドーム(がた)形状(けいじょう)をしている。
そこには、(ほし)ではなく、バレエの名場面(めいばめん)が、(あざ)やかな色彩(しきさい)(えが)かれていた。

(ゆめ)花束(はなたば)
マルク・シャガールによる、比類(ひるい)ない名作(めいさく)だ。

「あれ? 前回(ぜんかい)(ちが)う?」
(となり)で、(あおい)(くび)(ひね)った。
「くるみ()人形(にんぎょう)」の()が、一面(いちめん)(えが)かれている。

(よう)は、その豪華(ごうか)さに(おどろ)いていたわけではなかった。
そして、(もも)()づいていた。
(ぼそ)(こえ)で、(あおい)(つた)える。

「……()が、(うご)いてる」
(よう)も、無言(むごん)(うなず)く。

本当(ほんとう)だった。
(あおい)は、(おも)わず眼鏡(めがね)()をやって(たし)かめた。
ちゃんと()けてる。

ざわざわと、()()らいでいた。
よく()たら、()は、点描(てんびょう)だった。
(おな)(いろ)(てん)(こと)なる(いろ)(てん)無数(むすう)(てん)が、広大(こうだい)()(えが)()している。

ぱたぱた ぱたぱた
(てん)(ひと)つ、(ひと)つが、(うご)いていた。
まるで、そう、()きているかのごとく。

華麗(かれい)音楽(おんがく)が、(げき)場内(じょうない)(ひび)(わた)った。
いつしか、オーケストラボックスの(いずみ)には、楽器(がっき)()かび()がっていた。()せた水柱(すいちゅう)が、(たの)()上下(じょうげ)する。
前奏(ぜんそう)だ。

ばさあぁっ……!
(すさ)まじいほどの羽音(はおと)が、空気(くうき)(ふる)わせた。
()からだ。
いや。()が、()()った!

(ちょう)だ!」
(あおい)(さけ)んだ。

あらゆる(いろ)(ちょう)が、天井(てんじょう)から()ばたいていく。
びっしりと、天上(てんじょう)のドームを()()くしていたのは、(ちょう)だったのだ。
とんでもない(かず)だった。

(ちょう)()れは、ステージを目指(めざ)して()んでいく。
(うす)(くも)形作(かたちづく)って。

(にじ)(いろ)(かがや)天女(てんにょ)羽衣(はごろも)を、()げて(ひろ)げたようだった。
だが、(なが)()びた(さき)は、ぼやけて()くなっていた。
ほとんどの(ちょう)が、途中(とちゅう)姿(すがた)()していくのだ。

ほんの(ひと)(にぎ)りだけが、ステージに辿(たど)()く。
(ゆか)()()った数羽(すうわ)(ちょう)は、しばらく(はね)(うごめ)かしていた。
(うご)きが()まる。すると。

人間(にんげん)に、なった……」
(よう)が、呆然(ぼうぜん)(つぶや)いた。

この()()ていても、(しん)じられない。
ステージには、衣裳(いしょう)()()けた(おど)()(あらわ)れていたのだ。
何人(なんにん)も。きちんとポーズを()って、()っている。

舞台(ぶたい)セットが、両袖(りょうそで)から(すべ)()されて()た。
なんと人力(じんりき)だ。
それを()してきたスタッフも、(ひと)(かたち)をしていた。
(またた)(あいだ)()っていく。素早(すばや)仕事(しごと)っぷりだ。

舞台(ぶたい)準備(じゅんび)は、(ととの)った。

ぱたぱた

そこに、最後(さいご)一羽(いちわ)()んで()た。
純白(じゅんぱく)(ちょう)だった。(ほか)より、一回(ひとまわ)(おお)きい。
際立(きわだ)(うつく)しさだ。

()ばたくさまも、(ほか)とは(ちが)った。
力強(ちからづよ)い。だが、優雅(ゆうが)だ。

(ちょう)は、舞台(ぶたい)中央(ちゅうおう)()()った。
()びやかに()っていた白雪(しらゆき)(はね)が、ゆっくりと()じられる。

そして。
音楽(おんがく)()わせて、スタンバイしていた王子(おうじ)が、一人(ひとり)(うで)()ばした。

すっ
(ほそ)()が、その(うえ)(かさ)ねられた。
ティアラを()けた、金平(こんぺい)(とう)(せい)だ。
純白(じゅんぱく)(ちょう)は、人間(にんげん)になっていた。

「あのさあ、マダム・チュウ+999」
遠慮(えんりょ)がちに、(あおい)()()した。

ピンク(いろ)のネズミは、ちょこんと椅子(いす)(すわ)っている。
三人(さんにん)とも()()がったままだから、(あか)座面(ざめん)占領中(せんりょうちゅう)だ。

「なあに? (あおい)
(なに)かあった? とでも()いたげな表情(ひょうじょう)だ。
だが、これは絶対(ぜったい)(へん)だろう。()くしかない。

「なんで、みんな反対(はんたい)()きなの?」

ステージの出演者(しゅつえんしゃ)は、みんな、こっちにお(しり)()けているのだ。
舞台(ぶたい)のセットまで、(うし)()きに()かれている。
全員(ぜんいん)(そろ)って、間違(まちが)っちゃったのか?」

「あらん。だって、あっちに観客(かんきゃく)がいるんですもの」
こともなげに、地宮(ちきゅう)住人(じゅうにん)(こた)えた。

あっち?
マダム・チュウ+999が(ゆび)さしているのは、舞台(ぶたい)(おく)(かべ)だ。

(よう)(もも)も、視線(しせん)()ける。
(あお)(しろ)二色(にしょく)巨大(きょだい)(とびら)は、姿(すがた)()していた。
薔薇(ばら)(くちびる)も、()い。
のっぺりとした、ただの(しろ)(かべ)(ひろ)がっているように()える。

いや、よく()ると、そこに(なに)(うつ)っていた。
ちらちらしている。

(あおい)は、眼鏡(めがね)(おく)()(すが)めた。
なんの模様(もよう)だ?

うわあぁ……っ

歓声(かんせい)が、舞台(ぶたい)(おく)から、(ちい)さく()こえてきた。
プリンシパルは、優雅(ゆうが)()っている。
(あき)らかに(かく)(ちが)う。素晴(すば)らしい(おど)りだ。
称賛(しょうさん)(こえ)が、じわじわと(ふく)()がっていく。

わあぁー……っ

観客(かんきゃく)なんだあ、あれ」
()えるの、(よう)?!」
驚異(きょうい)裸眼(らがん)視力(しりょく)だ。
(あおい)()には、ゴマ(つぶ)()らしたようにしか()えない。

ゴマ(つぶ)(ひと)(ひと)つは、人間(にんげん)(かお)だった。
(おとこ)も、(おんな)もいる。人種(じんしゅ)も、年齢(ねんれい)雑多(ざった)だ。

(かお)(かお)(かお)……。
それは世界中(せかいじゅう)から(つど)った、観客(かんきゃく)()れだった。

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