ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

10.ヴァリエーション(1)裏メニュー

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10.ヴァリエーション(1)

ずざぁっ
オーケストラボックスの泉から、一斉に何本もの水柱が立ち上った。

太さは、まちまちだ。
天辺には、それぞれ、見合った大きさの楽器が乗っかっている。
フルオーケストラの布陣だ。

すいーっ
ド・ジョーの水柱が、水面を移動していく。
正面中央の位置だ。
そこに陣取ると、金色ドジョウは、従う楽器達をずいっと見渡した。

満を持して、水柱から、ド・ジョーが身を(ひるがえ)す。
ぱしゃん!
宙に舞った金色の魚体が、きらりと光った。

その途端。
豊かな音色が、ガルニエ宮に響き渡った。

「……眠りの森の美女、だね」
(あかつき)が、流れる曲を言い当てた。
バレエ音楽に限っては、詳しい。
母親の教育の賜物である。

(あおい)も、無言で頷いた。
一緒に何度も観劇に連れて行かれているのだ。
有名どころであれば、さすがに分かる。

今や、ステージから見下ろす泉は、大賑わいだった。

楽器を乗せた水柱は、音色に合わせて、伸びたり縮んだりしている。
まるで噴水のショーだ。

よく見れば、弦楽器の弓を操っているのは、細い水の指だった。
太鼓の(ばち)を握っているのは、水の両手。
全ての楽器を、水が演奏しているのだ。

オーケストラを束ねるド・ジョーは、水柱の上で、絶え間なく跳ねていた。

細長い黄金の体が、跳ね上がった頂点で、丸の形を描く。
ぱしゃんと着水すると、また跳んだ。
次は、少し体を曲げた、くの字の形になる。

楽器たちは、それに呼応して、音色を変える。
強く、弱く。
優しく、激しく。

暁と碧にも、じきに分かった。
指揮をしているんだ。その体の形で。

オーケストラの演奏を生で聴いたのは、初めてではない。
子供向けのクラシックコンサートにも、二人まとめて強制連行されている。

だが、舞台の前方ギリギリに立って、オーケストラボックスを見下ろしながら聞いたことなんてない。
ここは、あり得ないアリーナだ。

すごい迫力だった。
音が、物理的な力を伴って、体に打ち掛かってくる。

「すごいね……」
碧が、素直に感嘆した。
幾度か聞いたことのある曲だ。
だが、まるっきり違う。

お城の重厚な佇まい。
妖精の軽やかな姿。
邪悪な存在への畏怖(いふ)
情景も雰囲気も感情も。その全てが、音から、どんどん生み出されていく。

(暁……)
隣に立っていた暁が、ふと振り返った。

「暁?」
「呼んだ……あの子が」
「え? この大音量だぞ。ほんとに聞こえたのか?」
大声で聞き返す碧に、暁は頷いた。

聞こえたのだ。
まるで、真後ろから名前を呼ばれたみたいだった。
でも……、そんな筈ない。
傍にいるのは、碧だけだ。

「あ、タオル、ありがと」
ようやく思い出して、暁は碧のスポーツタオルを返した。
肩に引っかけたままで、ほとんど私物と化していた。
短い髪は、もう半乾きになっている。

演奏の響くなか、碧を残して、暁は鏡に近づいて行った。
木のフロアーを踏んで、サンダルがキュッキュと鳴き声を立てる。

碧は、思わず苦笑いした。
後ろの髪は、前よりも、さらに(じゅう)(おう)()(じん)に跳ねている。
寝起きのライオンよりも、ひどい有り様だ。

気にする様子も無く、暁は、さっさか歩いて行く。

舞台の真ん中に並んだ姿見は、7枚そろって真っ黒に変わっていた。
いつのまに変わったんだろ?
どれにも、自分の姿は映らない。

のっぺらぼうのバレリーナは、変わらず、真ん中の鏡にいた。
ぶらりと手足を伸ばして、ふよふよと浮いている。

「ねえ、呼んだ?」
鏡の前に立って、暁が呼びかけたときだ。

ひときわ美しい音色が響き渡った。
オーケストラが、新たな場面を語り始めたのだ。
眠りの森の美女、第一幕、オーロラ姫のヴァリエーションだ。

すると。
浮かんでいた人形に、命が吹き込まれた。
だらんとした体躯に、力が行きわたる。
裸足(はだし)の足が、鏡の中で、きちんと着地した。
ふわり
両腕が動いた。脚がステップを踏み始める。

鏡の中のバレリーナは、踊り出したのだ。

暁は、思わず目を奪われていた。
ほぼ等身大の少女が、目の前で踊っている。
こんなに至近距離で、バレエを見たことなんてない。

ああ、お姫様なんだ。
優雅に上がる腕の動きだけで、分かる。
脚が曲がり、ポーズを取り、ステップを踏んで進んで行く。
軽やかな所作だ。

溌溂(はつらつ)とした、この上なく愛らしい姫君。
他国の王子たちが、こぞって魅了されるシーンだ。

でも、ちょっと変だよね。
こんな動きが、トウシューズなしの足で、できるわけがない。爪先が死ぬ。
実体が、鏡の中で本当に踊っているわけじゃないんだ。
映像か幻影か、その類なんだろう。

ふわっ
のっぺらぼうのバレリーナが、鏡を突き抜けて飛んだ。
隣の鏡に移った。そこでも、踊り続ける。

あれ?
元の鏡にも、同じようにオーロラ姫が踊っていた。
二人に増えている。

また、その隣に進んだ。
増えた。三人だ。

暁は、きょろきょろと居並ぶ鏡を見渡した。
楽曲は続いている。
真ん中の鏡で踊る姫君は、今度は左隣に進んでいた。
そっちも、また増えていく。

あっという間に、7枚の鏡すべてに、顔のないバレリーナが映っていた。
音色に合わせて、全く同じポーズで踊っている。
クローン状態だ。

(ゆる)やかに取り囲む鏡から、同じ声が掛かった。
『一緒に踊って、暁』

「ええー! やったことないよ」
せいぜい、運動会のダンスくらいだ。

『いいの、真似するだけで』
『裸足になって』
『せっかくのオーケストラじゃない』
『ステージもあるわ』
『こんな機会なんて、めったにないわよ』

代わる代わる、鏡から声が掛かる。
のっぺらぼう達だから、誰が言っているか分からない。
誰一人、止まることなく踊り続けている。

また、声が揃った。
『楽しいわよ。さあ!』

暁に、スイッチが入った。
「そっかあ。そうだよね!」
入ると早い。頷いたと同時に、屈みこんで両足のバンドを一気に剥がす。
サンダルが宙に舞った。
着地した時には、既に、暁の体も踊り出していた。

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