ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

10.ヴァリエーション(2)裏メニュー

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10.ヴァリエーション(2)

俺には真似できないよな。
離れて眺めていた碧は、今更ながらに感じ入った。
ほんと、ノリがいい奴。

しかし、なんとか鏡の真似をしようとしているが、お世辞にもバレエには見えない。
しかも、Tシャツにデニムのショートパンツの姿。
きわめつけに裸足である。
だが、本人は、掛け値なしに楽しそうだ。

見下ろすと、オーケストラボックスの演奏も、暁の乱入に熱が入った様子だった。
さっきより、水柱の上下運動がハッスルしている。

指揮者のド・ジョーは、変わりなく飛び跳ね続けている。
果てしない全身運動だ。

疲れそうだな……。
ついつい心配してしまったが、よけいなお世話だろう。
碧は、再びステージを振り返った。
すると。

ひらり
碧の鼻先に、何かが降ってきた。
なんだ?
そのまま、床に落ちた。

ひらり ひらり
また落ちて来る。

紙吹雪だった。
天井から降り注いでいる。
とうとう、演出まで加わり出したのか。
自分以外、すべてノリノリだ。

暁は、鏡に囲まれて、踊り続けている。
脚を高く上げた。
そのポーズで、しばし静止する。
足の甲に、舞い落ちた紙吹雪が、くっ付いた。

姫君の踊りは、ゆっくりと、優雅に続く。
ひらり
ぴとり
まただ。今度は、左の足首に張り付いた。

碧は、床に落ちた紙片を拾い上げてみた。
よく見ると、白色ではない。
薄いピンクだ。
それに、感触と形も違った。
これは、紙じゃない。
「花びらだ……」

ひらひら ひらひら
薄ピンクの花吹雪は、どんどん増えていく。

いくらなんでも、多すぎだろ。
演出にしちゃ、やりすぎだ。

そして、その大部分が、暁の両足に張り付いていくのだ。
吸い寄せられるように。

いい香りが、劇場に満ちていく。
花の芳香(ほうこう)だ。バラだろうか。

なんでだ?
碧は、呆然と見入っていた。

暁の両足は、もはや花びら(まみ)れだ。
まるで、ピンク色の靴を履いているみたいに。

なのに……気付いてないのか?
暁は、頓着する様子もなく、楽し気に踊り続けている。

ひらり
そこに、一枚だけ、青い花びらが舞い落ちてきた。
光の欠片みたいだ。
キラキラと青白い輝きを発している。

ぴとり
(あやま)たず、暁の足に張り付いた。
上から、ピンク色の花びらも、どさどさ続く。
あっという間に、青色は埋もれて見えなくなった。

ひらり ひらり
また、青だ。
ピンクの群れに紛れて、何枚も、暁の足に舞い落ちてくる。

そのせいだろうか。
次第に、暁の両足は、うっすらと青白い光に包まれてきた。

おかしい……。
碧は、息を呑んだ。

花びらも変だし、光る足も変だ。
だが、なにより得心がいかないのは、踊る暁の姿だった。

綺麗に上がる脚。しなやかに揺れる腕。
いつからだ?
もたついていた当初の踊りっぷりは、みじんもない。
音に乗って、軽やかに舞っている。

なんで、いきなり上手になってるんだ?

暁は、クラシックバレエなんか、一度も習ったことがない。
碧には断言できる。
なにしろ、自分達は、0歳児の保育園から、小学校、果ては塾まで、ずっと一緒なのだ。
お互いの個人情報で、知らないことは、ほとんどない。

だが、碧の知らない暁が、そこにいた。
一言で言い表すと、優雅だ。
くちゃくちゃの髪も、気にならないくらいに。

鏡の中のバレリーナ達も、7人、一糸乱れず踊っている。
さながら、エトワールを取り囲む群舞だ。

碧は、思わず目元に手をやった。
眼鏡、ちゃんと掛けているよな。

見間違いじゃない。
顔があるじゃないか、のっぺらぼう達に。
7人とも、まるきり同じ顔だ。

いや、ちがう。
8人とも、同じだ。
みんな、暁の顔をしている?!

暁が、ポーズを決めた。フィニッシュだ。
鏡の中で、バレリーナ達も、同様のポーズで静止している。
観客がいたら、万雷の拍手が鳴り響くところだろう。

演奏終了である。
オーケストラボックスの水柱達は、次々に低くなっていった。
乗っていた楽器の大半が、ずぶずぶと水中へ引き込まれていく。

ほどなく、弦楽器だけが、水面に残された。
当初の姿に戻ったのだ。
アンコールには応じない模様である。

碧は、ただ、呆然と暁を見ていた。
何に一番ショックを受けているのか、自分でも分からない。

すると、碧の背後から渋い声がした。
「それが、お前さんの靴だ。暁」

ぴょーん
碧は、猫みたいに飛び上がった。
死ぬほど驚いた。
振り向くと、ド・ジョーが水柱の上に立っていた。

疲れた顔だ。
水柱も、ひょろひょろ揺れている。
ド・ジョーは、右の胸ビレで指し示していた。

靴?
がばっと、碧が向き直った。

暁が、驚いた顔で、しゃがみ込んでいた。
くっ付いていた花びらは、どこにも見当たらない。
暁の足にも、床にも。

「裸足だったのに……」
暁は、信じられない思いで、足首に巻き付いたリボンを触った。
幻じゃない。つるつるとした感触が、指先に伝わる。

光沢のある淡いピンク。
舐めたら甘そうな、可愛いキャンディの色だ。

汚れ一つない、新品のトウシューズ。
暁の足には、いつの間にか、それが履かされていた。

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