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13.アクセス(1)
夢の世界、ガルニエ宮。
それが、西センターの地下深くにあるなんて、思ってもみなかった。
案内板の説明通りだと、現実の世界とガルニエ宮は、物理的に繋がっているということになる。
根性出して、地下100階を上り切れば、ちゃんと帰れるわけだ。
でも、楽観はできなかった。
そもそも、ここは閉鎖された空間だ。
ドアも通路も、見当たらない。
まず、西センター地下100階まで、どうやって行けばいいのか。
巨大な岩石を刳り貫いた中に、この劇場があるという。
要は、岩石の上に、無駄にひょろ長い西センターが乗っかっているって寸法だ。
果たして、アクセスなんて、あるんだろうか?
黙って考え込んでいる碧に、暁が話しかけてきた。
「ここも、西センター扱いなんだね」
垂直方向に、かなりの距離があるが、そうなっているらしい。
「ああ。だから、さっきの聞き方じゃダメだったんだ」
西センターへのアクセスを教えて。
はい、到着しました。
で、終わりだ。
どう尋ねればいい?
どうすれば、正答が導き出される?
しばらく考えてから、碧は、ゆっくりと口を開いた。
「1階のエントランスホールへのアクセスを教えて」
また、沈黙だ。
碧と暁は、じいっとピエロのお面を見つめた。
「止まっちゃったか?」
「作動中なのかも……」
まったく見当がつかない。
「やっぱりダメかな……」
碧が諦めかけた時だ。
『アクセスをご案内致します』
「よかった!」
暁が笑顔になる。
ほっとしたのも束の間だった。
流暢なアナウンスは、こう続けたのだ。
『下手側の舞台袖に置いてあるバーで、二人同時に、目をつぶって前回りをして下さい』
「はぁ?」
碧は、速攻で聞き返した。
とても感じが悪い。
おもむろに手を伸ばすと、お面をガタガタと揺らす。
「やっぱり壊れてるのかな」
「ちょっと、碧。かわいそうだよ」
すぐに暁が止めた。
無生物の案内板に、なんだか情が移っちゃっている。
もちろん、お面は表情を変えない。
淡々と説明を続けた。
『それがアクセスです。そうすれば、1階エントランスホールに到着します』
「嘘だろ」
碧は吐き捨てた。
自分の頭で納得できなければ、信じないし、行動にも移さない性格だ。
だが、その真逆を体現した幼馴染が、元気よく提案した。
「とにかく、やってみようよ!」
「……言うと思った」
誰よりも暁を理解している碧は、がっくり肩を落とした。
「ダメだったら、また案内板に聞けばいいでしょ」
暁は、あっさり言ってのける。
悔しいが、その通りだった。
試してみないことには、始まらない。
碧は、しぶしぶ頷いた。
「下手側って、どっち?」
暁が、さくさく話を進める。
舞台袖は、左右両方にある。
『客席側から見て、左を指します』
ああ、あれのことか。
記憶を辿っている碧の腕を、暁が引っ掴んだ。
「分かった! ありがと!」
言うなり、歩き出した。
ほぼ、走っているのと同じ速度だ。
「うわ、ちょっと待って暁!」
引きずられた碧が、悲鳴を上げた。
ピエロのお面は、もちろんノーリアクションだった。
鏡を縁どる蔓バラに、じっと埋もれている。
青と白に塗り分けられた顔は、ぴくりとも動かない。
弧を描いた赤い口は、なぜか、ちっとも笑顔に見えなかった。
シュンっ
鏡面から、動作音が響いた。
まだ、さっきのタスクを続行しているのだ。
描き終えた画が、一気に縮小された。
真っ黒なキャンバスに、地上8階、地下100階の建物が浮かび上がる。
その下に、ガタガタと曲がった線が描かれ始めた。これが岩石のようだ。
黄金の筆は、止まらない。
岩石は、相当、でかいらしい。
全てを鏡面に収めようと、建物の姿は、どんどん小さくなっていく。
岩の中に、ぽっかりと空洞が描かれた。
その空間に、黄金の線が走り始める。
劇場、ガルニエ宮だ。
そして。鏡面の端っこの方でも、お絵描きが始まった。
岩石の上に、もう一つ、画が描かれ始める。
西センターの地下部分だけを、コピーしたような建物だ。
お揃いの一対が、並んで建った。
見る者は、誰もいない。
なのに、黄金の筆は、まだ止まらない。
案内板は、静かに、オーロラの地宮の姿を描き続けた。