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14.帰還(1)
ほっとすると、へたり込みそうな疲れが、どっと碧を襲った。
「よかったあ!」
横で、暁が明るい声を上げる。
そして、ばたんと、ひっくり返った。
床の上で仰向けになったまま、ころころ笑い出す。
碧も、釣られて、ひっくり返った。
暁と並んで、簡易ベンチの下に寝っ転がる。
「ああ、ほんと、よかった……」
はー……
笑いよりも、深い溜息が漏れた。
「案内板の言う通りだったのか。疑っちゃって、悪かったな……」
結局、ちゃんと西センターに帰れた。
しかも、指定した通り、ここは一階のエントランスホールだ。
「うん。ほんと、よかったね、碧」
顔を横に傾けて、嬉しそうに暁が笑いかけた。
目を合わせた碧も、ようやく笑顔になる。
だが、一秒後に、笑顔が凍り付いた。
「いや、よくない」
頭が、ようやく回り始める。
こんなふうに寝っ転がってちゃ、まずい。
まるで、このベンチで前回りをしたあげく、落っこちてしまいました、って図だ。
がばっ
碧は、やにわに身を起こすと、鋭く促した。
「立って、暁」
暁は、きょとんとしている。
それでも、反応は速い。碧に倣って、素早く立ち上がった。
まずいぞ。向こうで、警備員さんが、こっちを見てる。
眼鏡を掛けていないから、よく見えない。
どっちだ? 鬼塚さんか、仏崎さんか。
それによって、運命は分かれる。
とにかく、速やかに、この場を離脱するんだ。
「行こう、説明は後だ」
だが、あっという間に、警備員さんは接近して来た。
げっ。「鬼」の方だ!
ますます、まずい。
碧は、暁の手を引っ張った。
何気ない態で、玄関に向かおうとする。
だが、がらがらの大声が、二人の背中越しに掛けられた。
「西小の子かい? 駄目じゃないか。これで遊んじゃいけないって、先生からも言われているだろう」
頭ごなしだ。
かっちーん
自分の頭から、固い音が響いた。
その瞬間、碧は振り返って反論していた。
「いや、遊んでた訳じゃないです」
だが、相手は、小学生の口答えなんかに動じる玉ではなかった。
赤ら顔をしかめると、鬼のような形相になる。
まさに、名は体を表す、だ。
「じゃ、なにしてたの。寝っ転がって」
うっと、碧は詰まった。
地下にある「夢の世界」に行っちゃって、そこから帰還するために、レッスンバーで前回りをしたら、何故だかベンチの下にいたんです。
なんて、言えない。
いや、でも、なんとか誤解を解きたい。
西センターの簡易ベンチで前回りをした児童の末路は、決まっている。
学校通報コース叱責連続コンボだ。
とにかく抗弁しようとして、碧は、はっと気づいた。
隣に、前科一犯が立っていた。
あっちゃぁ……
頭を抱えた碧を、暁は不思議そうに見返した。
全く動じていない。
叱られ慣れている者の余裕が、漂っている。
恐る恐る、碧は鬼塚警備員を窺った。
この子は知ってるぞ。
顔に、そう書いてある。
ダメだ、こりゃ……。
「何年生? 名前は?」
鬼塚さんは、重々しく問い質した。
実刑宣告を下したに等しい。
「……5年、双海碧です」
「5年、一ノ瀬暁です」
似たようなスポーツバッグを肩に掛けている子どもは、二人とも素直に名乗った。
一方は、不承不承。
もう一方は、あっけらかんとしている。
非常に対照的だ。
どんな態度を取られるにしろ、正しいルールを説くのが、警備員たる者の務めだ。
「5年生なんだね。だめだよ。もう高学年なんだから、どうしてやっちゃいけないか、分かるだろう?」
危ないからです。このベンチは、遊び道具じゃない。
そんなこと分かってますよ。高学年なんだから。
碧は、反射的に、すらすら言い返しそうになった。
万事これ優等生の碧は、これまでの人生で、まったく叱られ慣れていない。
むくむくと反抗的な気持ちが湧いてくる。
「はい」
代わりに、隣りに立つ暁が、きっちり返した。
ああ、開始ボタンを押してしまった。
怒涛の勢いで、お説教がスタートする。
「はい。……はい。……すみません」
暁は、一切、口答えしなかった。
実に程良いところで、お返事する。
合いの手を入れてるような呼吸だ。
横目で盗み見ながら、碧は感心した。
妙技の域だ。
どことなく、鬼塚警備員の顔も、満足気になってきた。
口調にも、張りが生まれつつある。
そうか。
碧の目から、鱗が落ちた。
下手に言い返すと、かえって火に油を注ぐ。
この方が、短く終わるのか。
はい、というお返事も、欠かしてはいけない。
「はい、私は、ちゃんとお話を聞いています」の意味合いなんだ。
聡い碧は、一気に色々と悟った。
暁は、効率の良い叱られっぷりを会得しているのだ。
さすが、叱られるようなことを頻繁にしでかしているだけある。
よし。
碧も、暁に倣って、神妙に首を垂れた。
息を合わせて、一緒に、はいはい言うことにする。
お説教は、だらだら続いた。
要約したら、10文字以内にできそうだな。
こんなことをするな、とか。
ルールは守りましょう、かな。
右から左に聞き流しつつ、碧が気を紛らわしていると、ようやく、救いの神が現れた。
ピッ ピッ ピッ
ポォーン!
時報の音だ。
碧と暁は、反射的に顔を上げた。
壁の大画面からだ。
いつもは下方に表示されている時刻表示が、ぐいんと画面中央に拡大されている。
正時ごとに、鳩時計よろしく、違ったアニメーションが流れるのだ。
17:00
え?!
二人は、驚いた顔を見合わせた。
まだ、午後5時?
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