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16.狂乱の場(2)
何事もなかったように、またジゼルの絶望が始まった。
あなたは私を裏切ったの?
恋人では無かったの?
操られた暁は、あっちこっちに激しく動き始めた。
陽に捕まらないためではない。
舞台を広く使って、ダイナミックに観客に訴えているのだ。
まずい。そんなに熱演しちゃだめだ。
花道が完成してしまう。
「放せ!」
陽は声を荒げた。
ハシビロコウが鳴き喚いたくらい、珍しいことだ。
だが、相手が、そのレア度を理解するわけがない。負けじと睨み返してきた。
別の村人も加勢して、陽の左腕を押さえてきた。
成人男性、二人掛かりだ。これじゃ敵わない。
陽は、両脇を抱えられて、ずるずるとステージから引きずり出されてしまった。
「言いなり茸に操られているんだ!」
陽は、連行されながら、必死に訴えた。
だが、村人の二人は、聞く耳を持たない。
見事なほど、揃って無表情&無言だ。
軽くはない陽の体を、完璧なユニゾンで舞台袖に叩き込んだ。
碧は?
陽は、がばっと跳ね起きた。尻もちをついてる場合じゃない。
だが、またもや二人掛かりのブロックに阻止される。
村人の肩越しに、碧の姿が見えた。
今、ようやく橋を渡り切って、駆け出して行く。
暁!
と呼びかけるつもりだったのだろう。
だが、アの時点で、碧の声は、ぶった切られた。
舞台を邪魔する不埒者、第2号である。
出演者の反応も、速い。
今度の対戦者は、大柄な村娘だった。
つかつか近づくと、ひょいと碧の襟元を引っ掴む。
碧が、ぐえっと固まった。
突然、喉元を締め上げられたのだから、たまらない。
村娘は、碧を片手でぶら下げて、すたすた歩き出した。
「ちょ、ちょっと、放せよ! 言いなり茸を解除しないといけないんだってば!」
仔猫みたいに運ばれながらも、碧が、ぎゃんぎゃん言い募る。
だが、村娘も、息巻いている碧を相手にしなかった。
あっという間に舞台袖まで運搬してくると、ぽいっと放り投げた。
陽が、慌てて碧を抱き留める。
じゃまっけな荷物を退かしたような扱いだ。
見向きもしないで、さっさと舞台に戻ってしまう。
男達も、村娘に続いた。
床に打ち捨てられた二人に向かって、「ここにいろ」とジェスチャーで示し、戻って行く。
「碧、大丈夫か?」
「……ああ」
碧の顔が、悔し気だ。
「もう一度、突撃するか、一緒に」
ぎろり
陽が口にした瞬間、舞台の村人たちが、一斉にこっちを向いた。
殺気を込めた視線が、いくつも突き刺さる。
だめだ。すっかりマークされてしまった。
「どうするかなあ」
陽が天を仰いだ。
これじゃ、寄ってたかって、またここに戻されるのがオチだ。
音楽が、ドラマチックに盛り上がる。
いよいよクライマックスを迎えているらしい。
ジゼルと猟師の男、それにアルブレヒト公。
三人が、すったもんだしている。
舞台の袖から眺めていた陽が、つい零した。
「……どういう状況なんだ、あれ?」
『あらすじのご案内をご希望ですか?』
間髪入れずに、音声が流れた。
案内板だ。碧の胸元に、一輪の花と見まがう利器が刺さっている。
幾多のアクションを経ても、幸い落っこちなかったようだ。
「あー。手短に頼む」
考え込んでいる碧が、上の空で返事した。
花弁に包まれた小さな顔が、話し始める。
『猟師のヒラリオンは、ジゼルに恋していました。自分に振り向いて欲しいため、アルブレヒト公の身分を暴露したのです』
横恋慕。それゆえの暴走だ。
『アルブレヒトは、結局、貴族の婚約者を選びました。真実を知ったジゼルが、それを受け入れられず、徐々に狂っていく。それが、この狂乱の場です』
「へー。ひどいなあ」
「まったくだ」
碧も、つい同意した。
聞けば聞くほど、胸糞の悪い野郎だ。
身分および氏名詐称のうえ、二股をかけた挙句に、それか。
もしも、自分の幼馴染にそんな仕打ちをする男がいたら、絶対に許さない。
蹴りの一発でも、お見舞いしてやりたい。
いや、そんな場合じゃなかった。
舞台のアルブレヒト公を睨みつけていた碧は、慌てて現実に戻った。
「陽、考えたんだけど、なんか投げて当てる、っていうのはどうかな?」
「暁に?」
碧は頷いた。
「とにかく、ショックを与えればいいんだ。一気に近づいて、止められる前に投げちゃえば、大丈夫だろ?」
なるほど。やってみる価値はある。
「よし。じゃあ、なにかを……」
陽と碧は、辺りを見渡した。
だが、みごとに何もない。
綺麗に片付いてしまっている。
「花道の椅子をぶん投げるか? いや、暁がケガしちゃうなあ」
もっと軽いものはないか。
碧が、はっと息を呑んだ。
「桃ちゃんのヘアゴムだ! 大きな丸い飾りが付いてるから、うってつけだよ。あれを暁の顔に当てれば」
陽の目が、輝いた。
そうと決まれば、急ごう。
二人は、素早く舞台の前方に出て行った。
ただし、村人を刺激しないよう、こそこそと端っこを伝っていく。
陽は、ボックス席に向かって、両手をぶんぶん振った。
そんなアクションは、不要だ。残された面々は、身を乗り出して注目していた。
「案内板、陽の顔を向こうのスクリーンに映せる?」
『はい。実行します』
陽が、ジェスチャーを始めた。唇も動かす。
桃の・髪ゴムを・俺に・寄越して。
「どうしよう!?」
ポケットから取り出して、桃は狼狽えた。
よく分からないけど、これが必要らしい。
投げる?
いや、あそこまで届くだろうか。
持っていったほうがいい?
ここから降りて?
うろうろ
もう涙目だ。どうしたらいいんだろう。
そこに、優しい声が掛かった。
「待って、桃。お届けなら任せて」
筋肉四郎五郎マッスル左衛門だ。
うにょん
黒鳥は、頸を桃に差し向けた。
赤い嘴で、桃の髪ゴムを受け取る。
ばさり!
狭い部屋の中、巨大なブラックスワンが羽ばたいた。
椅子に駆け上り、そこからバルコニーの縁に飛び移る。
被害は甚大だ。
残りのスワン二羽は、黒鳥の羽パンチを、まともに食らった。
マッスル左衛門が、桃だけを避けようとした結果だ。
風も巻き起こった。
「あ~れ~」
マダム・チュウ+999の小さな体が、バルコニーの縁から吹っ飛ばされていく。
悲鳴をたなびかせながら、ピンク色の塊が、彼方に飛んで行った。
ちなみに、二回目だ。
さっき、スワンズ2号が碧の救出に向かった折も、同様に吹っ飛ばされている。
だが、その折は、二郎よりも早くロージュに戻ってきた。
今回も速い。ピンク色の細い帯が、バルコニーから部屋に踊りこんできた。
止まると、荒ぶるピンクネズミの姿が出現する。
「まったくもう! 気を付けて頂戴!」
ぷんすこ、文句を言う。
この台詞も、二回目だ。
「来る!」
碧が、黒鳥を見て叫んだ。
隣に立つ陽は、もっと見えていた。
「よし! 嘴に銜えてるぞ!」



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