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18.カウントダウン(1)
『1分を切りました。ご案内を続けます。残り54秒、53、52、51、』
案内板の音声が、吹き抜けに響き渡る。
カウントダウンを聞きながら、碧は頭をフル回転させていた。
暁は、こっちに着いたら、指示をしなくてもシューターに飛び込んでくるだろう。
そうしたら、自分も、すぐに滑り出せばいい。
大丈夫だ。暁は速い。
このカウントダウンも、耳に入っている筈だ。
間に合う、きっと。
眼下に、赤い滑り板が広がっていた。
エグい斜度だ。もはや、斜めの壁である。
地下1階から100階へ。
これが素材集めの時だったら、見た途端、断固として利用を拒否していたところだ。
高い……。
ごくり
無意識に、碧は左手首のブレスレットを握りしめていた。
右の手のひらに、嵌めている碧玉のビーズが食い込む。
大丈夫だ、きっと。
きっと、守ってくれる。
「碧! 行け!」
はっと我に返った。
反射的に、体がプログラミングしていた動きを実行していた。両手が、座り込んだ体を漕ぎ出す。
がっ
走ってきた勢いを少しも落とさずに、暁が手摺の棒を掴んだ。
ぐいん、と体を浮かせて、手摺棒の間を潜り抜ける。流れるように、シューターの板に滑り落ちた。
見事な動きだ。パルクール大会にも出場できそうである。
見届けた陽が、すぐに続いた。
暁を誘導する位置に屈んでいたのだが、その体勢から、ひらりと手摺を飛び越えた。
さすがは、勇仁会主将だ。
ぼよん!
滑り板が、弛んだ。
所詮はプールの筏が巨大化したような代物だ。
陽が落下した衝撃は、大きかった。
碧と暁の体が、跳ね上がる。
「碧!」
がばっ
この機を逃さず、暁が碧の背中に飛びついた。
ちょうど真後ろだ。
陽の狙い通りだった。
同一線上を滑るように、手摺を潜る位置を暁に指さしていたのである。
そして、もちろん自分も同じ位置に飛び降りていた。
がつっ
落ちてきたところに、間髪入れず自分も連結する。
「よし、行くぞ!」
これで、はぐれる心配はない。三人一緒だ。
一気に加速した。
『30、29、28、27、』
カウントダウンが、真上から聞こえてくる。
三人は、暴走する串団子だ。
案内板は、その上に付いて来ていた。
見上げたら、笑った顔をこっちに向けて、一緒に高速移動するピエロのお面が見れたことだろう。
なかなかにホラーな眺めだ。
だが、そんな余裕は誰にもなかった。
滑っているというより、ほとんど落下しているような状態だ。
互いに離れないよう、しがみ付くので精一杯である。
「……っ」
真ん中の暁は、思わず顔をしかめた。
鷲掴みされた肩が、痛い。陽のフルパワーだ。
もうちょっと緩めて欲しい。
なんて、もちろん言える状態じゃない。
ところが、ほんの少しの身じろぎで、伝わっていたらしい。
陽の腕が、暁の肩を離した。素早く、碧の腰を代わりに掴む。
ぐいっ ぐいっ
最初に右、次に左。
暁の体は、がっちりと二人に挟まれた形になった。
これなら、ぐっと楽だ。碧の肩を、死ぬ気で掴んでいなくてもよくなる。
やっぱり、すごいなあ、陽は。
思わず感心した。お礼も言いたかったが、したくてもできない。
速い。まるでジェットコースターで落ちていくみたい。
本物のジェットコースターで、碧のシャツのボタンを嵌めるという芸当をした経歴がある陽だ。楽勝なんだろう。
ちなみに、そのときは、降り立った後、碧が涙混じりにキレていたものだ。
「わざと開けてたんだよ! 危ないから二度とやらないでよね」
まさに、てっぺんから真っ逆さまに落ちていく最中だったそうである。
あれ? 碧、胸元のボタンが開いてるぞ。
「だいたい、なんでそんなことができるんだよ。わけがわからない」
『14、13、12、11、』
碧の方は、自分の腰を陽が掴んだのに、まったく気付かなかった。
先頭は、一番きついポジションだった。
視界を遮るものは、ない。
列車に例えるなら、先頭車両に設けられた展望席状態だ。
先に、シューターの終着駅が見える。
滑り板が、唐突にぶった切られて終わっているのだ。
もう、絶対に止まれない。
碧の脳裏に、マダム・チュウ+999が浮かんだ。
ころころと俵転がしで転がった挙句、壁に激突して伸餅になった姿だ。
どうなるんだ、このまま行ったら?!
しゅううう……
青白い光を引いて、人間橇が滑り落ちていく。
あり得ないスピードが生み出す光なのだろうか。
さらに不思議な事が起こった。
しっぽに棚引いていた光が、まるで細長い袋みたいな形状に変化したのだ。
くるり、と先っぽが捲れ返った。
どんどん、三人の方へと引っ張られていく。
まるで、みかんの入った袋状のネットを、ひっくり返していくみたいに。
やがて、青白い光は、最後尾の陽を包み込み始めた。
『10、9、8、』
暁は、異変に気付いた。
右も左も、青白く光っている。
なに?
陽も、とっくに気付いていたのだが、口には出せなかった。
物凄い勢いで滑り落ちながら、陽は、二人を重ねて、がっちりと抱き込む。
守るんだ。絶対に、この手は離せない。
『7、6、5、4、』
とうとう、光のネットは、先頭の碧まで到達した。
ひゅうっと通り越すと、きゅっと先っちょで窄んだ。すっぽりと三人を包み込んだ形だ。
青白い光が、前後左右から降り注いでくる。
なにも見えない。
まぶしい!
みんな耐え切れずに、ぎゅうっと目を瞑った。
だが、カウントダウンは止まらない。
直滑降も止まらない。三人は、光の中を猛スピードで滑り落ちていく。
『3、2、1、』
「うわあああ……!!!」
碧と暁の悲鳴が、静かな空間に響き渡った。
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