ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

2.暁(あかつき)(2)裏メニュー

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

2.あかつき(2)

暁は、腰掛けていた簡易ベンチから、勢いよく身を起こした。
ぱっ
同時に、足元に置いていたスポーツバッグをすくい上げる。

ぴょん
バッグは、生き物のように跳ね上がった。
太い肩紐が、少女の肩に着地する。
デニムのショートパンツを履いた足は、もう歩き出していた。
全ての動作が、早い。あっという間だ。
すんなりと伸びた四肢は、小気味よいほど、きびきび動いている。

暁は、かなり整った目鼻立ちをしている少女だった。
可愛らしいというより、上品な容貌の部類に入る。

だが、所作には、品よりも圧倒的に元気の方が溢れていた。
着ているTシャツも、シンプルで甘さがないデザインだ。
自らの美少女っぷりを、全く意識していないらしい。

暁は、きょろきょろしながら歩いた。
ショートヘアが、ぴょんぴょん跳ねる。
髪まで、元気いっぱいだ。

エントランスホールが、こんなに空いているのは、初めてだった。
リニューアルオープンした当初は、連日、テーマパーク並みに混んでいたのだ。

ほんと、おしゃれになったなあ。
それに、広々として見える。

なんでだろう?
全部建て直したわけではないから、床面積は同じ筈なのに。

暁は、ちょっと立ち止まった。
さっきまでいた待合コーナーを、振り返る。

あそこに、ベンチが無くなったからかな。

リニューアル前には、背もたれの無い長椅子が、いくつも並べられていたのだ。
座面の色と面積は、見事にバラバラだった。
歴代に渡って買い足してきたベンチを、ゲームのテトリスみたいに、組み合わせて置いていたのだ。

それらは、全て撤去されていた。
代わりが、あの簡易ベンチだ。

ここから見ると、まるでホチキスの芯だった。
コの字型の芯が、いくつも並んで、床にぶっ刺さっている。
モダンアートまがいの、風変りな椅子もどきなのだ。

西小学校の児童には、大不評だった。
椅子というより、中途半端に低い鉄棒だ。
かといって、座面の役割をする上部には、ぐるりとクッションが巻き付いている。
これじゃあ、太くて握れない。
逆上がりもできないではないか。

ただし、オープン当初、数人の児童が、前回りならば可能であると立証した。

ちなみに、そんなことをやらかしては、いけない。
警備員さんに叱られる。
その上、小学校に連絡されて、担任の先生にも、がっちり絞られる。
その後、親にもばれて、更に怒られる。
連続叱責コンボ三連発を喰らうわけだ。

その()えある第一号が、他ならぬ暁である。 

15:20

大画面の時刻表示が、視界に入った。
スクリーン下部には、日付と時計の表示が映し出されている。
時刻表示は、アナログの時計盤と、デジタルの24時間表記の両方だ。
たいへん分かりやすい。

おっと。ほんとにリミットだ。
急がなくちゃ。

暁は、画面を背にして、トレーニングルームに上がろうとした。
その時だった。

ひときわ大きな音が響き渡った。

オーケストラの、重厚な音色だ。
素晴らしい。劇場で聴いているのと遜色なかった。
ようやく、この設備が備えたスペックが、遺憾なく発揮されている模様だ。

あ、この曲……。
知ってる。バレエの「眠りの森の美女」だ。

暁は振り返った。
大画面に、再び目をやる。

眠りの森の美女 バレエ
8月28日 午後5時から
5階児童館にて

画面は、黒々と塗り潰されていた。
そこに、白抜きで、でかでかと書かれている。
どことなく古めかしい字体だ。
レトロを通り越して、ホラーの趣を醸し出している。

またもや、イラスト無しの、文字だけCMである。
驚きだ。勇仁会空手教室のより、ひどい。

「あれ?」
暁は声を上げた。

これ、今日だ。
しかも、ちょうど稽古が終わる時間からだ。

「へーえ。バレエの上映するんだ。珍しい」
暁の母親も、知らなかったようである。
知っていたら、自分も一緒に行きたいって騒いでいただろうから。
まあ、平日で会社だし、もう間に合わない。

お金、かかるのかな?
児童館の催し物は、たいてい無料だ。
でも、何も書いてない。

まあいっか。もし必要なら、観ないで帰ればいいだけだ。
寄ってみようっと。

決めたら、また早い。
オーケストラの音楽が響き渡る中、暁は、さっさと歩き出した。

1分で稽古着に着替えなきゃ。
全力でダッシュしたいけど、そんなことしたら、警備員さんに注意されてしまう。
今は姿が見えないけど、油断禁物だ。

暁は、一直線に歩き出した。
キュッキュッ キュッキュッ
足元で、サンダルが、イルカの鳴き声に似た音を立てる。
そうとう早口のイルカだ。

ん?
女の子が、一人、こっちを見ていた。
白鳥像の横にある、電子案内板を使っていたらしい。

目が合った。
画面にかざした手が、止まっている。
ええと。そんな険しい顔を向けられるほど、速度オーバーだったかな。

ふっと、その子が目を逸らした。
また画面をタッチして、何か操作を続ける。

暁も、止まらず歩き続けた。
今日は、階段を上がっている時間はない。
貴婦人の噴水前を大きく逸れて、エレベーターに直行する。

エントランスホールに響き渡っていたオーケストラの音色は、徐々に小さくなっていった。
CMも、終わりのようだ。

ポーン
エレベーターの扉が、開いた。
暁が、ぴょんと乗り込む。一人きりだ。
すぐにボタンを押して、手動で閉めてしまう。

エントランスホールは、がらんとした。
さっきまで、ちらほら簡易ベンチにいた利用客も、もういない。
(なぎ)のようなひとときが、訪れていた。

そこに、警備員が、ゆっくりと階段から降りてきた。
おや、ずいぶん空いてるな。
利用客は、案内板のところに、女の子が一人きりだ。

オーケストラの音楽は、とうに終わっている。
それなのに、映し出された白文字は、そのままだ。
だが、大画面を見ている者は、誰もいない。

かちゃかちゃ かちゃかちゃ
かすかに、何か作動しているような音が流れた。その直後。

すうっと、白文字が痩せ細っていった。
ずぶずぶと黒に沈んでいく。

ブツッ
大きな音を立てて、いきなり画面の映像が動き出した。
音声も、途中から流れ出す。

警備員が、反射的に壁の大画面を見た。
コマーシャルは続いている。

「なんだ。また不具合か」
まだ、色々とエラーが多いのだそうだ。
区の職員が、こぼしていた。

館内放送の協賛業者も、まだ少ないんだな。
また、この信用金庫のCMだ。
もう、覚えてしまった。

警備員が、ラストの決め台詞に、小さく唱和した。
「地元のみなさまと共に、歩んで参ります、っと」

間仕切り線

読んで下さって、有難うございます! 以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。

ロゴ画像からサイトの著者ページへと移動します

ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくおいします↓

小説全ての目次ページへ

免責事項・著作権について リンクについて