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22.墓場(2)
心では動揺しているのに、冷静な声が勝手に口から出てきた。
碧の返答に、桃と陽がぎょっとする。
「ああ、そうだ」
金色のドジョウは、沈鬱な表情で頷いた。
「だがな、料理されて食われるわけじゃない。ここで、ただ腐るに身を任せ、やがて干からびる。なにもできずに」
現実の世界では、意識の抜け出てしまった肉体が、やがて息絶えて。
夢の世界に囚われた心は、そのうち誰からも忘れられて、ひとり、ゆっくりとここで腐っていく。
ガルニエ宮の奥深く、誰も寄りつかない、汚い台所で。
「だから、ここは墓場だ」
漂っているのは、かつて夢の世界を羽ばたいていた、胡蝶の腐臭だ。
三人は、腐ったかぼちゃを見つめた。
こんなに沢山いるんだ……。
悼む気持ちが湧いてくる。
だが、鼻を押さえた手はそのままだ。
臭いものは臭い。どうしようもない。
ちょろちょろ
マダム・チュウ+999が、桃のドレスを這い上がってきた。
こいつも、この悪臭を気にした様子はまったくない。
ドレスのポケットから、勝手にハンカチを取り出すと、桃に差し出す。
「ほら、これで鼻を覆うといいわよん」
「あ、うん、ありがとう。でも、黒鳥さん達の方が、ずっと辛そう。大丈夫?」
受け取って鼻に宛がいつつ、桃が気遣った。
確かに。
巨大なスワンたちは、四羽そろって打ち震えていた。
両手、じゃなくて両羽で、顔を覆っている。
こいつらだけは、臭いを感じるんだろうか?
床に着地したマダム・チュウ+999は、やれやれと言いたげに肩をすくめた。
ド・ジョーも、呆れた顔を向ける。
「いい加減にしろ、お前ら。ここはもう掃除しないって決めたんだろうが」
「いや、そうなんだが。いくら片づけようが、キリがないのは身に染みている」
筋肉二郎が、そのポーズで固まったまま、ぼそぼそと弁明する。
「だから見ない! なるべく目に入れない!」
横で同じ格好をしつつ、リーダーが言い切った。大声だ。
なんだか、やけっぱちに聞こえる。
どうやら、臭いに耐えかねたわけではなく、目隠しをしていたようだ。
「でも、キノコも生えてきちゃうし」
黒鳥が、ぽつりと反論した。
こいつだけは、ちょっと違った。羽の隙間から、ちらちらと部屋を覗き見ている。
キノコ?
三人も、釣られて周りを見渡した。
ぽうっ
何か、青緑色に光った。これは……
「言いなり茸だ!」
碧と陽が、同時に叫んだ。
ぽうっ…… ぽうっ……
あっちにも、こっちにも。
かぼちゃの上で、しょぼい光が点いたり消えたりしている。
イルミネーションを飾りつけたみたいだ
碧は、そう思ってから、即座に否定した。
ちがう。飾られているんじゃない。
「生えてるのね……」
桃が、正解を口にした。
マッスル左衛門は、そう言ったのだ。
いくつも、いくつも。
肌色の小さなキノコが、茶色く腐ったかぼちゃの果皮から、ぽこぽこと生えている。
囚人のなれの果てを、格好の床として。
ひどすぎる。
三人とも言葉を失っていた。
これが、囚人の辿る末路なのか。
この場所が忌避される理由が、十分すぎるほど分かった。
自分達だって、もう二度と来たくはない。
キノコ狩りには絶好のスポットかもしれない。
でも、言いなり茸しか採れない狩場だ。
だが、この中でダントツに嫌がっているのは、筋肉三郎だった。
羽で固く目隠ししたまま、訴える。
「やっぱり、ここも綺麗にしたほうがよくないか? 汚いと、ソネムネ・タムが寄り付くだろ?」
筋肉三郎は、ぬとぬとした気持ち悪い奴らが、この世で一番大っ嫌いなのだ。
仲間内でも一際でかい図体で、ぶるぶる震えている。
すぅっ……
かすかな気配に、陽がいち早く気付いて、指差した。
「ああ、本当だ、あそこ」
影法師が、薄暗い部屋の隅で、ひらひらしている。
二、三人いるようだ。とても分かりにくい。
三郎は、ひいっと喉元で悲鳴を上げた。
さらに縮こまる。元がでかいから、あまり小さくなった感じはない。
「ったく、しょうがねえなあ」
ぽこん
ド・ジョーが、乗っている水球から、もう一つ水の球を生み出した。
浮かぶ電球、第二号だ。
ついーっ
部屋の隅っこに飛んでいく。
ぶわわーっ
そこで、大きく膨れ上がった。
部屋の隅を明るく照らし出す。
効果は抜群だった。
しゅううぅ……
ソネムネ・タム達は、かき消されるようにいなくなった。殺虫スプレーと同等の効果だ。
ド・ジョーは、大型電球を、そのまま一周させた。
これだけの筈が、ないからだ。
案の定、他にもいたソネムネ・タムが、あぶり出されては、消えていく。
明るい。さっきまでとは雲泥の差だ。
汚い台所の様子が、まざまざと見て取れる。
山ほど積まれた、かぼちゃの死骸たちもだ。
今度は、桃が顔色を変えた。
ぽとり
鼻を押さえていたハンカチが、思わず手から落下する。
「っとお!」
はっし!
足元にいたマダム・チュウ+999が、床に着く寸前にキャッチした。電光石火の早業だ。
「顔がある!」
桃は、兄のタキシードを掴んで、泣きそうな声で訴えた。
陽は、黙って頷いた。とっくに気付いている。
碧も、青ざめた顔で部屋を見回した。
丸いかぼちゃが、揃ってこっちを向いていた。
しわしわの果皮に、みんな同じように、でこぼこが浮いている。
横に二つ並んだでっぱりが、まるで人の目みたいになっていた。
鼻も、口もある。
凹凸が足し合わされて、表情を形作っていた。
恨めしそうな顔だ。
ハロウィンのかぼちゃよりも、ホラー度が勝る。
生首をずらりと並べたかのような眺めだ。
碧も陽も、もはや鼻を覆うことを忘れて、見入っていた。
桃も、そうだ。
拾ったハンカチを差し出してくれているピンクネズミにも、気が付かない。
悪臭も、気にならなくなっていた。
そもそも、全員、いいかげん鼻がばかになっていたせいもある。
さっきから聞きたかったことを、碧は口に出した。
「みかげも、こうなるの?」
住人たちは、誰も答えずに、辛そうに俯いた。
それが答えだった。
どうしよう。どうすればいい?
このままだと、暁は、みかげの身代わりになって、電球になってしまう……かもしれない。
みかげはみかげで、かぼちゃの仲間入りだ。
次が、最後のチャンスなんだ。
考えるんだ。うまくいく作戦を。
『お知らせいたします』
びくっ
いきなり、胸元から声がした。案内板だ。
『加羅みかげのエントリーが入りました。これが最後の挑戦となります』
来た。
『演目は、眠りの森の美女。第3幕より、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥです』



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