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23.作戦開始(2)
「とにかく、この泉を渡してやる。待ってろ」
ド・ジョーのヒゲが、ぴょいと蠢いた。
ぷかぷか
出前迅速だ。演奏中のオーケストラから、楽器がひとつ、はぐれてきた。
ハープだ。けっこう、でかい。
「みんな、こいつに乗っかれ。そっとな。壊すんじゃねえぞ」
ド・ジョーが、泉の端っこだけ、水面を盛り上げる。
ぐんぐんと、隅っこに寄せられた巨大な竪琴が、持ち上げられていった。
あっという間に、仕切り壁の高さまで来る。
そこで、ぴたりと止まった。
「桃、しっかり捕まってろ」
陽の反応は、早かった。
さっと妹を抱っこすると、ハープの天辺に跨らせた。
くびれている部分に、ちょうどお尻が乗っかる。限定一名様の特等席だ。
怖気づく間もない。桃は、ただ言われた通りに、腕木に縋りついた。
碧は、その間に、なんとか自力でハープの支柱にしがみ付いていた。
豪華な台座を足場にするしかない。
非常時の行動だ。よい子はマネをしないで欲しい。
陽も、するりとそこに降りてきた。
碧の背後に着地する。
小柄な体を両腕で囲い込むと、しっかりとハープの支柱を両手で握った。
これで万全だ。揺れても落っこちないだろう。
陽が、ド・ジョーに笑顔を向ける。
「いいぞ、やってくれ」
ぐいん
ハープが、慎重に動いた。
水面を、ゆっくりと進んでいく。
舞台側への、応急の渡し船だ。
距離は短い。あっという間に接岸した。
桃は、目を丸くした。
絶妙の位置だった。右足のすぐ下に、ステージの床がある。
苦も無く桃が降り立つと、ハープは、さらに上昇した。水位が上がったのだ。
台座に立っていた陽と碧が、ぴょんぴょん飛び降りてくる。
上陸、完了だ。
「ありがと、ド・ジョー」
碧が、泉を見下ろして、口早に言った。
水柱に立っている金色のドジョウも、早口で応える。
「おう! 俺も終わり次第、合流するぜ」
声は威勢が良い。
だが、燕尾服とトップハットは、よれよれだった。
身にまとった水の形が、歪んでしまっている。
やっぱり、大変だったか。
碧は、申し訳なく思った。
なにしろ、ド・ジョー曰く、
「どっちゃり出た夏休みの宿題を、死ぬ気で一日で終わらせて、残りの日々を自由に過ごそう作戦」
なのだから。
「おっと、そろそろ踊りの出だしだ。ここは、俺が調整しねえとならん。じゃあな!」
ちゃぽん
金色の魚体が、慌てて泉に潜った。
じゃあね、と返す間もない。
音楽が、次第に盛り上がっていく。
その理由は、披露宴に招かれた賓客たちが、身振りで教えてくれた。
ほら、いらしたわ!
ご結婚、おめでとうございます!
オーロラ姫! デジレ王子!
例によって、舞台セットと出演者たちは、みんな後ろ向きだ。
舞台奥の壁には、沢山の観客が、ゴマ粒みたいに映っている。
そちらに向かって演じているのだ。
今は、これも好都合だった。
碧たち三人は、その遥か後ろにいた。ステージ手前の、しかも端っこだ。
寄せられた幕の後ろに隠れて、こっそりと舞台を覗き込む。
誰も捕まえに来ない。
気付かれていないみたいだ。
王子に腕を取られて、姫君が登場した。
なんか、見たことのある衣装だな。
碧は気づいた。
さんざん、苦労させられたのだから、見間違えようがない。
みかげの、あの、オーロラ姫のチュチュだ。
集まった人々が、こぞって祝福する。
優雅に微笑み返す姿は、光り輝くようだ。
まさに夜明けの光、その名に相応しい。
麗しき、オーロラの姫君!
「暁、だよなあ?」
思わず、陽が首を傾げた。
「ああ。完璧に操られてる」
碧が、苦い顔をした。
言いなり茸だ。
しかも、桁違いに強く暗示をかけられている。
でなきゃ暁が、あんな、しゃらしゃら歩くわけない。
「三本……いや、四本かな。ずいぶん挿さってるなあ」
陽が、碧の推測を裏付けた。
ぽうっ ぽうっ ぽうっ ぽうっ!
青白い光が、忙しく点滅していた。
暁の耳は、保安灯を巡らした工事現場みたいになっている。
これは、解除するのが大変そうだ。
全てを見て取った陽は、思わず顔を顰めた。
「とにかく行こう」
碧が促す。
この場に突撃はしない。無駄だからだ。
二人は、そうっと舞台袖に侵入した。
あれ? 桃が、ついて来ていない。
はっと気付いて、同時に慌てて引き返した。
「桃ちゃん?」
小声で、碧が呼びかける。
赤いドレスよりも赤い頬をして、桃は突っ立っていた。
幕の布地を握りしめて、ぽうっと暁を見つめている。
「暁、すてき……かわいい」
だめだ、こりゃ。
桃も、完璧に魅了されている。
陽が、急いで妹の手を引っ張った。
このまま、ここで観ていたら、暁の未来は電球一直線だ。
音楽は、さらに盛り上がる。
オーロラ姫とデジレ王子は、ポーズを取った。
いよいよだ。
ジャン!
オーケストラの音色に合わせて、二人は踊り始めた。アダージオだ。
脇役の胡蝶たちも、みんな静かに見惚れている。
タキシードとドレスを着た侵入者には、誰も気付かなかった模様だ。
四羽の白鳥とピンクネズミは、ほうっと息をついた。
まずは、よかった。ここまでは作戦通りだ。
自分達も、碧に言われた通りの場所に移動していた。
客席フロアーの、ど真ん中に陣取っている。
後ろ向きだが、舞台がよく見えた。
流麗な調べに乗って、姫は軽やかに舞っていた。
優雅な肢体を最大限に美しく見せるように、王子が支えている。さりげなく、だが、しっかりと。
麗しい姫よ。
私は、あなたを永遠に愛します。
王子の身振りと同時に、オーロラ姫も答えた。
ええ、私も、あなたを愛します!
羽ばたく小鳥のように、姫は王子の許に飛び込んだ。
キスの寸前で、いたずらっぽい微笑を浮かべて、ぴたりと止まる。
足を高く上げたままだ。
美しい。100点満点のポーズだ。
ぶんっ
重たい客席が、いきなり飛んできた。
「うおっ!」
一番素早かったのは、筋肉一郎だった。
叫びつつも、すかさず飛び上がると、客席を弾き飛ばす。
「ふっ……、させるかよ」
きらり
巨大白鳥の瞳が、輝いた。
「花道など作らせない! 我々があ! 筋肉でもって、阻止するのだ!」
がたがた がたがた
がたがた がたがた!
騒がしい音が、リーダーの宣言に応えた。
客席が揺れている。
観客の熱狂に呼応して、どんどん激しくなっていく。
「あらん……ちょっと、まずいみたい」
マダム・チュウ+999の顔が、引きつった。



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