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28.コーダ(2)
音楽は、どんどん盛り上がっていく。
だが、現場は大混戦だ。
ソネムネ・タムは、既に行列を崩していた。
うようよとステージに散らばっている。
ぬめぬめした体に触れたくないのは、胡蝶も同じらしい。
避けながら、騒ぎの中心に近寄ろうとするが、みんな腰が引けている。
ようやく近づけた者は、あっさりとド・ジョーに吹っ飛ばされた。
その先にソネムネ・タムがいようが、お構いなしだ。
声にならない悲鳴が、あちこちで上がる。
「急いでちょうだい! もう無理よ~!」
オネエな悲鳴が、劇場内に響き渡った。
マダム・チュウ+999だ。
碧が、振り返って息を呑んだ。
「胡蝶の花道」だ!
ほとんど完成してしまっている。
積み上がった椅子が、天井のシャンデリアに迫っていた。
だが、てっぺんで、ピンク色の風が吹き荒れている。
椅子が、ぼろぼろと崩落していった。
マダム・チュウ+999が蹴り飛ばしているらしい。
巨大なスワンズも、周りに群がっていた。
こちらは空中戦だ。
びゅうっ
急降下しては、体当たりで椅子を崩している。
「我々はァ! 諦めんぞォ!」
リーダーの筋肉一郎が、声を張り上げる。
「押忍!」
残りの三羽が、応えた。
だが、ステージから見た戦況は、敗色濃厚だった。
いくら崩して落っことしても、すぐに他の椅子が飛び上がってくるのだ。
これではキリがない。
「頑張って! みんな!」
碧が、声を張り上げてエールを送る。
間髪入れず。
ぶんっ!
その真横を、陽の体が、勢いよく吹っ飛んでいった。
「陽っ!」
思わず、碧が駆け寄った。
床に転がされた陽は、一瞬で跳ね起きた。
大丈夫だ。しっかり受け身を取っている。
「吹っ飛ばされた、暁に」
陽が、呆然と呟く。
「暁に?」
碧も仰天する。陽は頷いた。
二人の前にいる暁は、もはや青白い炎の化身だった。
脚だけではない。オーロラの齎す光は、踊る暁の全身を包み込んでいる。
いや待て。
碧は愕然とした。
光?
全然、収まってないぞ。
むしろ強くなっているじゃないか。
考えられる可能性は、ひとつしかない。
慌てて、きょろきょろする。
いた。
「オーロラっ!?」
舞台の端っこに、踊っている鳩がいる!
くるりん
白い頭が、こっちに向いた。
きゅぽん
また、頭だけ美女の生首が生える。
その口が、のんきにこう言った。
「あら、碧。せっかくだから、これ見終わってから帰るわね」
「いやそれじゃ全然意味ないだろ!」
速攻で言い返したが、むなしい限りだ。
「あの俺の苦労はなんだったんだよ!」
「桃、早く!」
陽が、妹を急かした。
その間にも、陽は、暁に近づいては、容赦なく吹っ飛ばされている。
小型の台風を相手にしているようなものだ。
だが。桃の様子は変だった。
さっきから、棒立ちで自分の手を凝視しているのだ。
気付いた碧が、慌てて近づいた。
桃が、縋る目を向けてくる。
「碧、ティアラが、」
差し出された小さな髪飾りを見て、碧も絶句した。
「なんだ、これ?」
ただの……ガラクタじゃないか。
錆びた地金。キラキラしていた宝石は、くすんで輝きを失っている。
みかげ! みかげ!
スクリーンの観客が、連呼する。
熱狂的な声が、うつろになった桃の頭にガンガン響いた。
「……どうして?」
桃は、もう涙目だ。
いつの間に、変わってしまったんだろう。
切り札の筈だった。こんなんじゃ、暁の正気を取り戻させるなんて、できっこない。
「桃、なにやって、うわ!」
一人、突撃し続けていた陽が、二人の様子に気付いた。
近寄ろうとして、飛び退く。
しゅるんっ
ソネムネ・タムだ。
薄っぺらい体が、割って入った。
幅広のリボンみたいな腕が、鞭のように撓る。目にも留まらない動きだ。
「あっ!」
碧が叫んだ。
桃が、空っぽになった手に気付く。
「ティアラが!」
奪われた。
ばしゅうっ……!
水の矢が、泥棒のソネムネ・タムに命中する。
だが、遅い。別の腕が、即座にティアラのパスを受け取っていた。
「ちぃっ!」
ド・ジョーが舌打ちする。
水球は、ステージ中央の奥、高い位置。絶好のポジションから、全方位に気を配っていたのだが、わずかに後れを取ってしまった。
ぬめぬめ ぬめぬめ
小さなティアラは、ソネムネタムの波に呑まれていく。
並んだ三日月形の口が、してやったり、とあざ笑う。小憎らしいこと、この上ない。
どうする?
碧は息を呑んだ。
どっちを向いても、見事に八方塞がりだ。
音楽も踊りも、最高潮に盛り上がっている。
終幕は近い。
もういい。いちかばちかだ!
「オーロラっ!」
碧は、鋭く言い放った。
呼ばれた鳩が、振り返る。
美女の生首は消えていた。全身、鳩だ。
「あのティアラを取り返して、暁に付けて! 今すぐ!」
声も鋭いが、眼光がそれ以上に鋭い。
眼鏡の奥から、マッチョ・スワンズをもビビらせる、絶対零度の視線が放たれている。
碧、最強モードだ。
完全に振り切れていた。
こくり
小鳩の首が、思わず頷いた。



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