カイコン(総フリガナ版)

37.万里(総フリガナ版)

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37.万里ばんり

「別(べつ)に詐称(さしょう)ではありませんよ。終戦(しゅうせん)当初(とうしょ)の犠牲者(ぎせいしゃ)発表(はっぴょう)は、1万人(まんにん)弱(じゃく)でした。その公表数(こうひょうすう)を、徐々(じょじょ)に少(すく)なくしていっただけです」

金色(きんいろ)ヤタガラスは、ぬけぬけと言(い)った。

「お前(まえ)たちが操作(そうさ)したってことなのか?」
和尚(おしょう)が、木(き)の枝(えだ)に止(と)まった相手(あいて)を問(と)い詰(つ)めた。

「めっそうもない。我々(われわれ)は、ただ上(うえ)つ方(かた)のご意向(いこう)に沿(そ)うよう、力添(ちからぞ)えをしたまで」

もう戦争(せんそう)は終(お)わったんだ。
いつまでも、敗戦(はいせん)結果(けっか)に拘(こだわ)って、何(なん)になる。
忘(わす)れてしまえ。
忙(いそが)しいんだから。もっといい生活(せいかつ)を手(て)に入(い)れるために。

「我々(われわれ)ヤタガラスは、人間(にんげん)の気分(きぶん)を操(あやつ)れますからね。微々(びび)たるものですが、ちょっとだけ仕向(しむ)けるくらいなら、できるのですよ」

そうして、徐々(じょじょ)に人々(ひとびと)の記憶(きおく)から、空襲(くうしゅう)の悲惨(ひさん)さを薄(うす)れさせていった。
やがて、本(ほん)や教科書(きょうかしょ)の記載(きさい)に、誰(だれ)も疑問(ぎもん)を呈(てい)しなくなり。間違(まちが)っていると主張(しゅちょう)する者(もの)も、現(あらわ)れなくなった。

「見返(みかえ)りは何(なん)だ?」
「我々(われわれ)ヤタガラスの存在(そんざい)を、政府(せいふ)に認(みと)めてもらうことです。我々(われわれ)は、ずっと日陰(ひかげ)の存在(そんざい)だった。否定(ひてい)され続(つづ)けてきた」

代(か)わりに、一族(いちぞく)でエネルギーチップの回収(かいしゅう)業務(ぎょうむ)にあたる。
光物(ひかりもの)は大好(だいす)きだから、族長(ぞくちょう)の命令(めいれい)に皆(みんな)喜(よろこ)んで従(したが)っている。

「まあ、だけど、これで気付(きづ)いた人間(にんげん)も増(ふ)えたでしょう。あの荒魂(あらみたま)は、幻影(げんえい)を体内(たいない)で再現(さいげん)していた。あなたの他(ほか)にも、それを目(め)にした者(もの)がいる。空襲(くうしゅう)の記憶(きおく)がある人間(にんげん)だって、いますしね」

ヤタガラスの族長(ぞくちょう)は、金色(きんいろ)の翼(つばさ)を繕(つくろ)いながら言(い)った。
態度(たいど)も口調(くちょう)も、はっきりと投(な)げやりである。

「別(べつ)に、我々(われわれ)は、もう構(かま)わないんですよ。正確(せいかく)な犠牲者数(ぎせいしゃすう)が発表(はっぴょう)されようが」

自分(じぶん)たちの存在(そんざい)を認(みと)めてもらう。
その目的(もくてき)は、もう果(は)たしたのだから。

「さて、この後(あと)どうなるのでしょうね。あなたがた人間(にんげん)は、この事実(じじつ)が明(あか)るみに出(で)たら、どう語(かた)り継(つ)いでいくのでしょう。悲惨(ひさん)な犠牲(ぎせい)を忘(わす)れずに、ちゃんと未来(みらい)に活(い)かしていけるのでしょうかね」

癪(しゃく)に障(さわ)る。だが、ぐうの音(ね)も出(で)なかった。
和尚(おしょう)は、悔(くや)し気(げ)に黙(だま)り込(こ)んだ。
人気(ひとけ)のない河川敷(かせんじき)に、険悪(けんあく)な空気(くうき)が漂(ただよ)う。

「これだけエネルギーチップが採掘(さいくつ)されたら、供給量(きょうきゅうりょう)が一気(いっき)に増(ふ)えて、価格(かかく)が暴(ぼう)落(らく)しますね。採掘師(さいくつし)の取(と)り分(ぶん)も減(へ)ってしまって、お気(き)の毒(どく)なことだ」

さらに腹立(はらだ)たしい。
カラスの言(い)ってることが、全然(ぜんぜん)わからん。
あとで、ちさとに聞(き)こう。

川(かわ)のあちこちでは、黒(くろ)いヤタガラスが飛(と)び交(か)って、金色(きんいろ)のコインを拾(ひろ)い集(あつ)めていた。
どうやら、当分(とうぶん)、回収(かいしゅう)作業(さぎょう)は続(つづ)きそうだ。

ちさとは、そこまで黙(だま)って聞(き)いていた。
だが、皮肉(ひにく)を滲(にじ)ませたヤタガラスの言葉(ことば)に、すっと顔(かお)を上(あ)げた。

晴(は)れやかな笑顔(えがお)である。
悔(くや)し紛(まぎ)れではない。本心(ほんしん)だった。

「でも、これで世界(せかい)が変(か)わるわ」

胸元(むなもと)で、ニゴちゃんの目(め)もニコニコしている。
「そう! ちさとは、やり遂(と)げたんだから。さっすが、ボクの相棒(あいぼう)!」

ふん、とでも言(い)いたげに、金色(きんいろ)ヤタガラスは枝(えだ)から飛(と)び立(た)った。
口(くち)にしたのは、ほぼ捨(す)て台詞(せりふ)だ。
「あなた方(がた)は、チーム千里(せんり)、ですね。覚(おぼ)えておきましょう。それにしても、おかしな名前(なまえ)ですね」

「おう。三人(さんにん)とも、千里(せんり)って字(じ)が入(はい)るからな。千里(ちり)乙尚(おとひさ)、鳥海(とりうみ)千里(ちさと)、空穂(うつぼ)千里(せんり)だ。覚(おぼ)えときやがれ」

和尚(おしょう)の買(か)い言(こと)葉(ば)に、カラスは鼻(はな)で笑(わら)った。
確(たし)かに、こいつは妖怪(ようかい)とかの類(たぐい)だ。
どこの世界(せかい)に、鼻(はな)で笑(わら)う鳥(とり)がいる。

「“それ”は、人間(にんげん)ではないでしょう。そっちの万里(ばんり)とやらが、本体(ほんたい)だ」

千里(せんり)は、万里(ばんり)と並(なら)んで立(た)っていた。
まったく同(おな)じ顔(かお)。同(おな)じ体(からだ)。同(おな)じ服(ふく)。
だが、血(ち)の気(け)を失った千里(せんり)の頬(ほほ)は、よけい人形(にんぎょう)めいて見(み)える。

「“それ”、元(もと)はエネルギーチップですね。よく出来(でき)ている。シルキングを利用(りよう)して、複製(ふくせい)を作(つく)り上(あ)げるとは。人間(にんげん)の技術(ぎじゅつ)とは、魂消(たまげ)たものです」

ちさとの顔(かお)が、瞬時(しゅんじ)に凍(こお)りついた。
「そう……。そうだったの……」
唸(うな)るように呟(つぶや)く。
思(おも)い当(あ)たる節(ふし)があったからだ。

駄菓子屋(だがしや)で、食(た)べ物(もの)を選(えら)ばなかった千里(せんり)。
シャボン玉(だま)を、上手(うま)く吹(ふ)けなかった千里(せんり)。
それは、生(い)きていない、複製(コピー)の体(からだ)だったから……。

だが、和尚(おしょう)は決然(けつぜん)と言(い)い放(はな)った。
「だからなんだってんだ。なんであろうとも、俺(おれ)たちの仲間(なかま)なんだよ」

我慢(がまん)の限界(げんかい)だ。
「それ以上(いじょう)、グジャグジャ文句(もんく)つけてみやがれ。お前(まえ)を捕(つか)まえて、焼(や)き鳥(とり)にしてやる。ゼロちゃん、網(あみ)を出(だ)せ!」

「はい、和尚(おしょう)!」
いい返事(へんじ)と共(とも)に、裃(かみしも)から白(しろ)い投網(とあみ)が出(で)て来(き)た。
やる気(き)まんまんだ。こっちも、腹(はら)に据(す)えかねていたらしい。

ばさばさばさっ
あっという間(ま)に、金色(きんいろ)ヤタガラスは飛(と)び去(さ)って行(い)った。いい逃(に)げっぷりだ。

さすがに、和尚(おしょう)が呆(あき)れて呟(つぶや)いた。
「……あいつ、印鑑(ハンコ)もらってくの忘(わす)れてやがるぜ」

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