カイコン(総フリガナ版)

36.万里(総フリガナ版)

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36.万里ばんり

喧騒(けんそう)の中(なか)。ひっそりと、千里(せんり)は立(た)ち尽(つ)くしていた。

和尚(おしょう)が、商店街(しょうてんがい)の人(ひと)に囲(かこ)まれて談笑(だんしょう)している。
人気者(にんきもの)だ。老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)問(と)わず、親(した)し気(げ)に話(はな)しかけられている。

ちさとは、誰(だれ)か女(おんな)の人(ひと)と会話(かいわ)している。
よほど気(き)を許(ゆる)した相手(あいて)なのだろう。子(こ)どもみたいに無邪気(むじゃき)な表情(ひょうじょう)だ。
愛(あい)らしい美女(びじょ)を、下心(したごころ)満載(まんさい)の男(おとこ)達(たち)が放(ほう)っておくわけがない。我先(われさき)にと話(はな)しかけられて、すごく迷惑(めいわく)そうだ。

万里(ばんり)は、白衣男(はくいおとこ)と盛大(せいだい)にやり合(あ)っていた。
あれが、宇賀神(うがじん)室長(しつちょう)か。
窘(たしな)めているのが、きっと役人(やくにん)の狛(こま)ケンさんだ。

もう、しょうがないな、万里(ばんり)ったら。
女(おんな)の子(こ)たちが遠巻(とおま)きに熱(あつ)い視線(しせん)を送(おく)ってるってのに、全然(ぜんぜん)気(き)づいてない。

千里(せんり)の顔(かお)が、悲(かな)し気(げ)に歪(ゆが)んだ。
もう、自分(じぶん)の体(からだ)は、人(ひと)には見(み)えにくくなっているだろう。

だけど、和尚(おしょう)には挨拶(あいさつ)していきたいな。
ちさとにも、お礼(れい)を言(い)いたいな。

ふっ
視線(しせん)の先(さき)で、和尚(おしょう)が目(め)を瞬(しばた)かせた。
きょろきょろと辺(あた)りを見渡(みわた)す。
目(め)が合(あ)った。

え? 気付(きづ)いた?
千里(せんり)は、驚(おどろ)いて目(め)を見開(みひら)いた。
和尚(おしょう)は、断(ことわ)りを言(い)って人垣(ひとがき)から離(はな)れると、つかつかとやって来(く)る。

打(う)って変(か)わって真面目(まじめ)な表情(ひょうじょう)に、またびっくりだ。
「千里(せんり)、話(はなし)がある。お~い、ちさと、万里(ばんり)! チーム千里(せんり)、集合(しゅうごう)だ!」

「じゃ、またねミイ。必(かなら)ず連絡(れんらく)するわ」
潮時(しおどき)だ。でも、また会(あ)えるのだから問題(もんだい)ない。
固(かた)く約束(やくそく)を交(か)わすと、ちさともやって来(き)た。

万里(ばんり)に、なぜか宇賀神(うがじん)室長(しつちょう)まで付(つ)いてきた。
さらに、狛(こま)ケンさんのおまけ付(つ)きだ。

「あんた達(たち)も一緒(いっしょ)とは、都合(つごう)がいいぜ。確認(かくにん)したいことがある」
和尚(おしょう)が、険(けわ)しい顔(かお)つきで迎(むか)えた。
凄(すご)みすら滲(にじ)んでいる。

千里(せんり)は、ぼうっと眺(なが)めていた。
そっか。普段(ふだん)おちゃらけていても、和尚(おしょう)は大人(おとな)の男(おとこ)なんだ。社会(しゃかい)に出(で)て、父(とう)さんみたいに仕事(しごと)してたんだもんな。

「エネルギーチップについてだ。正体(しょうたい)は何(なん)だ? 言(い)ってみやがれ」
宇賀神(うがじん)室長(しつちょう)は、その質問(しつもん)を予測(よそく)していたのだろう。すぱっと言(い)ってのけた。

「エネルギーチップは、人(ひと)の魂(たましい)です」

ちさとが息(いき)を呑(の)んだ。

だが、驚(おどろ)いているのは彼女(かのじょ)だけだった。
千里(せんり)・万里(ばんり)は、黙(だま)っている。

和尚(おしょう)も、表情(ひょうじょう)を変(か)えずに言(い)った。
「だから、採掘後(さいくつご)は、いったん神社(じんじゃ)に奉納(ほうのう)するのか」

「ええ。最大(さいだい)の礼節(れいせつ)を尽(つ)くし、浄化(じょうか)してから、エネルギーチップとして役(やく)に立(た)って頂(いただ)きます。ごく稀(まれ)に、歪(ゆが)み切(き)ったチップが出(で)るそうですが、それは神社(じんじゃ)に留(と)め置(お)かれるそうですよ」

白衣男(はくいおとこ)は、まったく悪(わる)びれていない。眼鏡(めがね)を光(ひか)らせて、説明(せつめい)を続行(ぞっこう)する。
「特(とく)に機密(きみつ)事項(じこう)というわけではありません。あまり大声(おおごえ)で話(はな)すような内容(ないよう)ではないだけで。知(し)っている者(もの)は多(おお)いですよ」
狛(こま)ケンさんも黙(だま)っている所(ところ)を見(み)ると、本当(ほんとう)なのだろう。

「じゃあ、これも皆(みんな)知(し)ってるってのか?」
和尚(おしょう)は、構(かま)わずに吐(は)き捨(す)てた。

「この荒魂(あらみたま)は、東京(とうきょう)大空襲(だいくうしゅう)で亡(な)くなった人(ひと)たちだ。およそ千人(せんにん)くらいの犠牲(ぎせい)、だと? そんな数(かず)じゃなかっただろ。詐称(さしょう)もいいとこだ!」

これには、宇賀神(うがじん)室長(しつちょう)も虚(きょ)を突(つ)かれた。
「確(たし)かに……そうですね。そんな量(りょう)じゃなかった」
狛(こま)ケンさんも驚(おどろ)いている。
「政府(せいふ)の公式(こうしき)発表(はっぴょう)は、そんな被害数(ひがいすう)でしたか」

そのとき。
「その方々(かたがた)は、何(なに)も知(し)りませんよ」
感情(かんじょう)のこもらない声(こえ)が、割(わ)って入(はい)った。

はっと、皆(みんな)の目(め)が集(あつ)まる。

「ヤタガラス……」
ちさとが唸(うな)った。
初(はじ)めて見(み)た。金色(きんいろ)の羽毛(うもう)をしたやつだ。
体(からだ)も、黒い雑魚(ざこ)タイプと比(くら)べて、二(ふた)回(まわ)りほど大(おお)きい。
電信柱(でんしんばしら)の横(よこ)釘(くぎ)に止(と)まっているが、ちょっと窮屈(きゅうくつ)そうだ。

採掘(さいくつ)が終(お)わった際(さい)に現(あらわ)れるのが、銀色(ぎんいろ)の「お役人(やくにん)」。
だとしたら、この金色(きんいろ)は?
きな臭(くさ)い匂(にお)いがプンプンする。

果(は)たして、この金色(きんいろ)ヤタガラスも、人語(じんご)を喋(しゃべ)った。
「もっともっと上(うえ)の、一(ひと)握(にぎ)りの貴(とうと)い方(かた)しか知(し)らないのです。あなた方(がた)ネコ耳(みみ)は、その真実(しんじつ)を知(し)りたいのでしょうか?」

「ああ、知(し)りたいねえ。教(おし)えてくれんのかい?」
和尚(おしょう)が、怒(いか)りを含(ふく)んだ目(め)で見上(みあ)げた。
金色(きんいろ)ヤタガラスは、冷(つめ)たく見下(みお)ろしてきた。
めんどくさい、とでも言(い)いたげだ。

「では、場所(ばしょ)を変(か)えましょう。河川敷(かせんじき)の方(ほう)は、まだ交通(こうつう)規制(きせい)が敷(し)かれていて、人(ひと)が入(はい)れない。付(つ)いて来(き)て下(くだ)さい」
ばさり、と飛(と)び上(あ)がった。

「万里(ばんり)、先(さき)に追(お)ってくれ!」
和尚(おしょう)の声(こえ)に、頷(うなず)いて万里(ばんり)が飛(と)び立(た)った。
逃(に)げるつもりなら、そうはさせない。

ちさとが、慌(あわ)ててキョロキョロした。
「千里(せんり)は?」
姿(すがた)が見(み)えない。さっきまで、隣(となり)にいた気(き)がするのに。

「ちさと」
呼(よ)びかけられて、びっくりした。
千里(せんり)は、ちゃんと横(よこ)にいる。どうして。

すると、和尚(おしょう)が黙(だま)って千里(せんり)を背中(せなか)に負(お)ぶった。
驚(おどろ)いた顔(かお)をしたものの、千里(せんり)も大人(おとな)しくおんぶされている。

「行(い)くぞ」
和尚(おしょう)が、そのまま飛(と)んだ。

ちさとも続(つづ)いた。
宇賀神(うがじん)室長(しつちょう)と狛(こま)ケンさんの、気遣(きづか)わし気(げ)な顔(かお)が遠(とお)くなっていく。

嫌(いや)な予感(よかん)がするわ。
とても、とても嫌(いや)な予感(よかん)が。

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