ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

39.喜劇の終わり(きげきのおわり)(1)

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39.喜劇きげきわり(1)

「あれ、みかげちゃん。お友達(ともだち)()てくれたんだ。よかったねえ」
ひとしきり(わら)っているところに、(こえ)がかかった。

ネームプレートを()けた(おとこ)(ひと)が、病室(びょうしつ)()(くち)()っている。
(うご)きやすそうなユニフォーム姿(すがた)だ。
医者(いしゃ)さん、かな?

みかげの(はは)が、(われ)(かえ)った(かお)をした。
病室(びょうしつ)(おく)から、丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)する。

(かれ)は、笑顔(えがお)(こた)えると、きびきびと(うなが)した。
「じゃ、お(かあ)さん。リハビリの経過(けいか)報告(ほうこく)がありますので。画像(がぞう)もお()せしながら、お(はな)します。こちらへお(ねが)いします」
別室(べっしつ)でやるらしい。

「はい。ちょっとごめんなさいね」
またもや、(おさな)見舞客(みまいきゃく)たちに(あやま)りつつ、みかげの(はは)()()った。
(すこ)涙声(なみだごえ)だった。だが、子供(こども)(たち)(だれ)気付(きづ)かない。

よかった。これで自分(じぶん)(たち)だけだ。
気兼(きが)ねする必要(ひつよう)がない。

(あおい)は、()()がると、さっさと室内(しつない)にあった車椅子(くるまいす)()してきた。
「ほら、これだろ」
みかげは、(おどろ)きの()()けた。
(あたま)回転(かいてん)(はや)いんだわ、この()

「うん……。ありがとう、(あおい)
「……いや、いいんだけどさ。なんで(よう)(くん)(もも)ちゃんなのに、(おれ)(あかつき)()()て?」
「あ、そうね。なんとなく」
(あおい)(こま)かいよ。いいよ、(わたし)(あかつき)で!」

(こま)かいと()われ、(あおい)が、むっとした(かお)をする。
反論(はんろん)(くち)をついて()てくる(まえ)に、みかげは(あわ)てて(うなが)した。

「あの、よかったら、みんなジュース()んで。(わたし)()みたいから、()にしないで」
さすがは、お(ねえ)さんだ。
気配(きくば)りが大人(おとな)っぽい。

「……ま、ジュースくらい、いいか」
引率(いんそつ)(あおい)が、了承(りょうしょう)した。
()たこともないブランドの、100%果汁(かじゅう)ジュースだ。
(たか)そうだけど、みんなで遠慮(えんりょ)なく(いただ)くことにした。

車椅子(くるまいす)のみかげを(かこ)んで、しばし、リハビリや入院(にゅういん)生活(せいかつ)(はなし)()く。
結構(けっこう)、スケジュールが、びっしりだ。
学校(がっこう)(やす)んでいるけれど、(びょう)院内(いんない)就学(しゅうがく)支援(しえん)プログラムで、勉強(べんきょう)もある。

明日(あした)から冬休(ふゆやす)みなのに?!」
「いや、(あかつき)俺達(おれたち)だって(じゅく)あるだろ」
冬休(ふゆやす)みと同時(どうじ)に、冬期(とうき)講習(こうしゅう)開始(かいし)だ。
今日(きょう)だって、これから(じゅく)なのだ。
中学(ちゅうがく)受験生(じゅけんせい)も、多忙(たぼう)なのである。

「そうだった~。あ、(あおい)。ここ何時(なんじ)くらいに()ればいいの?」
「ん……ああ。そろそろ()ったほうがいいな」
みかげの(はは)(もど)ってきたら、面倒(めんどう)だ。

(あん)(じょう)、みかげが車椅子(くるまいす)(あやつ)って、(ちい)さな紙袋(かみぶくろ)()ってきた。4つある。

「これ、お土産(みやげ)なの。お(かあ)さんが、」
ぶんぶんぶんぶん
全部(ぜんぶ)()(まえ)に、四人(よにん)そろって(くび)(よこ)()る。

「ごめんね、みかげちゃん。なにも(もら)ってくるなって、おかんに厳命(げんめい)されてるの」
(おが)格好(かっこう)をする(あかつき)に、(よう)同調(どうちょう)した。
「ごめんなあ、うちもなんだ」

「お(にい)ちゃんが(もら)いそうになったら、(わたし)()めなさいって」
(もも)補足(ほそく)する。全然(ぜんぜん)信用(しんよう)がない(あに)である。

(こま)った(かお)をするみかげに、(あおい)苦笑(くしょう)した。
ブリックパックを()(たた)みながら、(かた)をすくめて()う。

大人(おとな)大人(おとな)で、色々(いろいろ)あるんだろ。ジュースおいしかったって、お(かあ)さんに(つた)えて。(じゅく)があるから、(いそ)いで(かえ)ったって()って」
実際(じっさい)()くのは(あおい)(あかつき)だけだが。
(いとま)するには、ちょうどいい(ころ)()いだ。

(あかつき)が、通塾(つうじゅく)リュックを背負(せお)って()()がった。
(だれ)よりも(はや)い。()(たた)んだジュースのパックも、ちゃんと()()っている。
そして、みかげの(まえ)で、ちょっと不安(ふあん)そうに()()した。

「あのね、みかげちゃん。この(あいだ)警察(けいさつ)からチュチュを(かえ)してくれるって連絡(れんらく)があったの」
()(きゅう)から(かえ)ってきたときに、(あかつき)()ていたクラシックチュチュだ。

(よう)(あおい)のタキシード、(もも)()ていたドレスもだった。
それぞれ、ご希望(きぼう)なら、返却(へんきゃく)(いた)しますが。

「だけどさ。(おれ)も、(よう)(たち)も、いりませんって(ことわ)ることにしたんだ」
(あおい)も、(あかつき)(よこ)(なら)んで()う。

(よう)もやって()て、こくこく(うなず)いた。
(となり)で、(もも)(ちい)さな(こえ)(つづ)ける。
黒鳥(こくちょう)さん(たち)との、大切(たいせつ)(おも)()だけど……。お(かあ)さんもお(とう)さんも、すごく心配(しんぱい)してるから。これからもずっと(いえ)にあって、()るたびに(おも)いだしたら、(つら)いんじゃないかなって、みんなで(はな)したの」

(おも)()なら、(こころ)(なか)にある。
しっかりと(おぼ)えている。(わす)れはしない。

「まあ、どうせ来年(らいねん)には、()()びて()られないだろうしなあ」
(よう)は、()(ふた)もない。

(あかつき)が、本題(ほんだい)(はい)った。
「でも、みかげちゃんは()しいかな? ()しかったら、チュチュは(わたし)()()って、みかげちゃんにあげる」

だから、(あかつき)だけは、警察(けいさつ)への返事(へんじ)保留(ほりゅう)にしているのだ。
(わたし)は、みかげちゃんに()いてからにするよ。

「どうする? みかげちゃんの、本当(ほんとう)気持(きも)ちを(おし)えてくれる?」
恩着(おんき)せがましくない。(こころ)から、ただ(たず)ねているだけなのが()かる。

みかげは、(あおい)視線(しせん)(うつ)した。
眼鏡(めがね)(おく)で、(ひとみ)(うなず)いている。
(となり)(よう)は、にこにこ(わら)っている。
(ちい)さな(いもうと)(ほう)は、無表情(むひょうじょう)だ。でも、みかげに(かお)()けて、じっと()っている。

車椅子(くるまいす)から四人(よにん)見上(みあ)げて、みかげは、おずおずと(くち)(ひら)いた。
(わたし)……(わたし)は、()しいわ。(もら)ってもいいの?」
「うん!」

「あの……あのね。(わたし)、もし回復(かいふく)できたら、」
まだ(だれ)にも()っていない。
この(のぞ)みを。
(つた)えたいと(おも)った。この四人(よにん)に。
否定(ひてい)されるかもしれない。
それでも、()いて()しかった。

「こんどは、ちゃんと中学校(ちゅうがっこう)()って。それからね、(わたし)、バレエの衣裳(いしょう)(つく)(ひと)になろうと(おも)うの」

四人(よにん)とも、(おどろ)いた(かお)をした。
「だから、マダム・チュウ(プラス)()(リー)(ナイン)()った衣裳(いしょう)を、ずっと()っていたい」
自分(じぶん)(つみ)を、ずっと(わす)れないで、(かか)えていくために。

「そっかあ! みかげちゃん、お裁縫(さいほう)すごく得意(とくい)だもんね!」
「ああ、()いていそうだな。(すく)なくとも、(あかつき)百倍(ひゃくばい)()いてる」

(あおい)評価(ひょうか)は、まだ幼馴染(おさななじみ)(あま)いものだった。
百倍(ひゃくばい)どころじゃない。
(あかつき)作品展(さくひんてん)出品(しゅっぴん)した手提(てさ)(ぶくろ)は、ほとんど西(にし)小学校(しょうがっこう)教員間(きょういんかん)での伝説(でんせつ)だ。
あと数年(すうねん)は、(かた)()がれることであろう。

ちなみに、ダンジョンで()(ひろ)げれらた地獄(じごく)裁縫(さいほう)教室(きょうしつ)のとき、(もも)はいなかった。
(あかつき)壊滅的(かいめつてき)裁縫(さいほう)能力(のうりょく)も、ひとりだけ()らない。
(くび)(かし)げて、(あに)(かお)見上(みあ)げる。

(こた)えは、そこに()いてあった。
ひどいからなあ、(あかつき)のお裁縫(さいほう)って。

なるほど。
みかげに(かお)()けると、こくりと(うなず)(もも)だった。
(よう)も、みかげに同意(どうい)する。
「そうかあ。それなら、退院(たいいん)するのが(たの)しみだなあ」

否定(ひてい)なんて、ひとつもされなかった。
それどころか、全肯定(ぜんこうてい)だ。
びっくりした。しすぎて、言葉(ことば)()てこない。

なにひとつ返事(へんじ)できない状態(じょうたい)のみかげに、(あかつき)気付(きづ)かない。
ぶんぶん()()って、()()こうとする。
「じゃあね! チュチュ()()ったら、()ってくるね!」

ようやく、みかげの(こえ)()た。
「あ、ま、()って! パックこっちで()てるから、みんな()いていって」
「あ、ありがと!」
「ごちそうさま。そうだ、みかげ。食事(しょくじ)も、ちゃんとしろよ」
「……お大事(だいじ)に」
「リハビリ(がん)()れよなあ」

じゃんじゃん手渡(てわた)される。
矢継(やつ)(ばや)()けられる言葉(ことば)に、かろうじて(うなず)(かえ)した。
(はや)い。テンポが(はや)すぎる。
これが普通(ふつう)なのかしら。

あっけにとられている(あいだ)に、四人(よんにん)撤収(てっしゅう)していた。
病室(びょうしつ)が、(きゅう)にがらんとする。
また、ここに一人(ひとり)だ。

「……ふふっ」
でも。みかげの(くちびる)から、(ちい)さく()みがこぼれた。
(ひざ)(うえ)に、きちんと(たた)まれたジュースのパックが、(よっ)(のこ)されていた。

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