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4.暴露扇
確かに、小鬼だったわよね……。
真維は、出がけに目撃した姿を思い返した。
一瞬、ベッドに寝かせているテディベアかと思った。
縫いぐるみくらいの大きさ。
頭でっかちなところも似ていた。
でも──その顔は、厳つい赤鬼だったのだ。
そして、生きて動いていた。
あのとき。真維の部屋のドアが、パタンと静かに閉まった。そこから出て来たらしい。
小鬼は、慌てた様子でパタパタと廊下を駆けて行く。
まん丸の目が、どことなく剽軽だった。
ミニチュアサイズだけどムキムキで、着ている黒い作務衣はピチピチ。
破けちゃいそうね、と思った瞬間。
ふっ
赤い小鬼の姿は、かき消えてしまったのだ。
「……う~ん」
「大仏さん? どうしたの?」
「そろそろ整列しましょ、もうすぐ先生いらっしゃるわ」
唸っている真維に、同じ体操服姿の級友達が寄って来た。口々に明るく促す。
まだ4月の半ば。入学式を終えて、本格的な授業は始まったばかり。
クラスの顔ぶれにも、ようやく馴染んで来た頃だ。
「大仏」なんて珍しい苗字の真維だが、体操着に付けた名前のゼッケンを「だいぶつ」と読んでくる者はいない。
どうやら大勢に覚えてもらっているようだ。
「ごめんなさい、ぼうっとしてたわ。ありがとう」
返事をした真維は、そこでようやく気付いた。
あれ?
クラスみんなの視線が、自分の手にした扇に集中している。
「大仏さん、その扇、違うわよね」
「間違って、お家の扇を持って来ちゃったの?」
「えっ?」
真維は慌てて目を落とした。
本当だ。色が違う。緑色だ。
扇の色は、クラスごとに決まっている。
この1組の生徒が持っているのは、紫だ。
真維は、扇を開いてみた。
やっぱり緑色だ。しかも一回り大きい。
「わあ、綺麗な色……」
「中骨に透かし模様が入ってるわ。凝った作りね」
「ほんと、素敵だわ」
こぞって級友達が褒める。
確かに、学校から配られた扇とは格が違った。
根元の要に、房も付いている。金糸も混じっていてゴージャスだ。
おかしいわ。こんなに違うのに、どうして気付かなかったのかしら。
夜、カバンに入れた時は、小袋に収めた状態だった。中身まで見てはいないけど……。
考え込む真維に、級友の一人がねだった。
「ね、大仏さん、ちょっと貸してもらっていい?」
不思議な扇面だった。緑一色なのに、じっと見つめているとユラユラと揺らいでいる感じがする。手に取って近くで確かめてみたい。
あまり親しくないクラスメイトだ。でも、大らかな真維は「ええ」と頷いた。
扇をいったん閉じると、要側を相手に向けて両手で差し出す。
が。
ずしっっっ!
「重っ!?」
いきなり、その子は悲鳴を上げた。
まるで何キロもある鉄アレイを受け取ったかのようだ。扇を持った両手が、ぶらりと伸びきっている。今にも体がつんのめりそうだ。
「え? うそ、大丈夫?」
「それ、そんなに重いの? ちょっと貸して」
真維を取り囲んだクラスの面々は、授業前だというのに騒ぎ出した。
もはや真維の許可も取らずに、何人もが扇に手を伸ばす。
「わ、ほんとう、重~い!」
「両手で持つのがやっとよ、これ」
「どうしてこんなに重たいのかしら?」
「何で出来てるの?」
「大仏さん、よく持てるわねえ」
気付くと、級友達は揃って興味津々といった顔を真維に向けていた。
正直、自分にもわからない。
わからないことだらけだ。
ただ、これだけは自信をもって言える。
「私、けっこう力持ちだから」
真維は、おっとりと微笑んだ。
ひょいっ
級友が両腕でプルプルぶら下げている扇を、あっさり受け取る。
「けっこう」どころではない怪力だ。
実は、体育だけではなく、これまた非常識なレベルで力持ちの真維であった。
運動会の綱引きでは、真維のいるチームが常に圧勝。
勝負にならなすぎて、小学校時代は競技メンバーから外されていたくらいだ。
そんなバックボーンをまだ知らない中学のお嬢さん達は、唖然とした。
クラスで一番可愛い。実は、大多数の級友にそう認められていた真維である。
しかし、なかなかに規格外のキャラクターらしい。
「大仏さん、今日は先生に扇を借りたら? それじゃあ舞の所作はできないでしょう」
驚きに固まっていた級友達は、冷静な指摘にはっとした。
クラスで一番の美人が、にこりともせずに真維を見つめている。
整い過ぎた目鼻立ちが、美人なのに冷たい印象を与える。クールビューティーだ。性格もクールらしい。
真維も、すらりと背の高い級友を見つめ返した。名前のゼッケンは──青木さんか。
「えっと大丈夫よ。ほら、」
真維は、あっさりと扇を開いた。
手首を柔らかく動かし、優雅に仰いでみせる。
とんでもない重さの扇だというのに、全く問題ない様子だ。
しかし、問題は起こった。
ぶわっっ!
体育館に、にわかに暴風が巻き起こった。
「きゃあ……っ」
体操服姿のお嬢さん達が、たまらずに悲鳴を上げる。みんな、反射的に腕で顔を庇った。
「……えっと、ごめんなさ……いぃ?」
真維の声が、途中で裏返った。
ようよう収まった風に、級友達がやれやれと顔を上げる。
その中に、一人、鬼がいた。
青鬼だ。体操服を着ている。
ゼッケンは、「青木」──




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