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5.ダンジョンズ(2)
なるほど。そっくり同じ外見の建物が、真向いに聳えている。
『現在地は、西棟、地下61階の外廊下です』
「ああ。ここ、バルコニーじゃなくて、外廊下なのかあ」
陽が納得した。
ゆったりと幅が取ってあるわけだ。
振り返れば、出てきたドアの左右にも、ドアが並んでいる。
ここは、各部屋を行き交うための通路なのだ。
双子の宮殿は、お互いに外廊下側を向き合わせた格好だった。
こっちも向かいも、黄金に輝く欄干が、ずらずら連なっている。
百階×2だ。非常に眩い。
宮殿と呼ばれるだけある、壮麗さである。
「ねえねえ、あれ見て!」
暁の興奮した声が上がった。
下を指さしている。ちょうど、二つの棟の真ん中の位置だ。
建物の底に広がる岩が、大きく盛り上がっていた。
それが、途中から精巧に掘り出されて、巨大な像を形作っていたのだ。
貴婦人の彫像だ。
ドレスの裾は、岩盤に張り付いている。
アップに纏めた髪型。優雅に小首を傾げたポーズも、見覚えがある。
西センターの、噴水の像と同じだ。
ただし、大きさが桁違いだ。
自分達の方が小人になってしまったような錯覚を起こさせる。
暁は、手摺から身を乗り出して、下界の像に見入っていた。
夢中になり過ぎだ。
鉄棒に上がってるみたいに、両足が浮いちゃっている。
おい、めちゃくちゃ高いんだぞ……!
気付いた陽と碧が、息を呑んだ。
下手に叫んで注意するのは、かえって危険だ。
同じ危惧を抱いて、躊躇した瞬間だった。
しゃあ……っ
突如、水が沸き上がった。
手摺の上からだ。
水が幕になって、ゆっくりと左右から暁の前までやって来る。
まるで、カーテンを閉めているみたいだ。
「うわ」
暁が、体を引っ込めた。
ぶらぶらさせていた足が、きちんと着地する。
「きゃっ」
暁の肩から、ネズミが、ぽろっと落っこちた。
暁より、よっぽど乙女らしい悲鳴だ。
「ちょっとお!」
オネエなネズミが、手摺の上を睨み上げた。
返事がした。
「しかたがねえだろ。お客さんの安全第一だ。やれやれ、相変わらず元気なお嬢ちゃんだな」
腹に響くほど、重く低い声である。
こんな主は、彼しかいない。
「ド・ジョー!?」
碧と暁の声が、揃った。
しゅうっ……
急に湧き出した噴水は、波が引くように低くなった。
金色の手摺が、ぽっちり出っ張っている。
同じ金色をしたドジョウが、その姿を現したのだ。
人間みたいに、手摺の上に立っている。
人差し指ほどしかない体には、水が纏わりついていた。
帽子と服を形どっている。水で出来た、ソフト帽とトレンチコートなのだ。
相変わらずだ。
駆け寄った碧は、笑顔を浮かべた。
見れば、手摺の上部は、浅く窪んでいた。
そこに、澄んだ水が溜まっている。
いつの間にか、小さな川が出現していたのだ。
ド・ジョーの足元だけ、水が小さく盛り上がっている。
水を操るオーロラの地宮の住人が、彼なのである。
陽も、寄って来て、人語を発するドジョウを見下ろした。
そして、もちろん挨拶した。
「こんにちは~」
「お、いいねえ。度胸も柔軟性もありそうなヤツだ」
「陽っていうの。碧の“はとこ”だよ。ド・ジョー、はとこって分かる?」
暁が、にこにこ紹介する。
「もちろん分かるぜ。こき使っても構わん人間ってことだよな。おい、文句は身内に言ってくれよ」
ハードボイルドな言い草だ。
慣れている一期生組の二人だけが、苦笑する。
陽が、きょとんとしているところに、ド・ジョーが急に指令を発した。
「おっと、来るぞ。総員、衝撃に備えよ」
しゃあああっ……
水が、手摺の上から一斉に湧き上がった。
さっきとは比較にならない。
あっという間に、上の階まで届いた。
同時に、下からも怒涛の如く水が来る。
なだれ落ちる滝の、逆バージョンだ。
外廊下が、瀑布で覆われた格好である。
ぐらり
床が揺れた。
「うわ、なにっ?」
碧の悲鳴に、宙に浮く案内板が冷静に答えた。
『オートシャッフルです。このダンジョンには、金銀宝石などを含む素材が収納されています。迷い込んだ賊による盗難を防ぐために、各階は時々ランダムに入れ替わるのです』
揺れは、ほどなく収まった。
三人とも、ほっと息をつく。
しゅうううっ……
水も、急激に引っ込んでいく。
『映像を使って、説明を続けます』
一か所だけ、滝が残されていた。
ロールタオルみたいに、白く捻りながら、ぐるぐると欄干を包み込んで流れている。
カッ
案内板の両目から、そこを目掛けて、二筋の光が放たれた。
なるほど、水のスクリーンだ。
建物の見取り図が、映し出されていた。
分厚い板のフロアーが、幾つも重なっている。
色付けされた階が、等間隔で挟まれていた。
カラフルな、だんだら模様を描き出している。
『地下1階、11階、21階など、末尾に1の付く階は、〔マーカー〕です』
だから、マーカーでカラーリングされているらしい。
カーン
音がして、画面の建物がバラバラに崩れた。
まるで、だるま落としだ。
マーカーされた階を残して、無地のフロアーが、全て左右に打ち抜かれた。
ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ
積み木は、左と右で、それぞれ並び順を変えて混ざり出した。
それから、再び中央に戻って、100階建ての建物を形作る。
『オートシャッフルは、各フロアーの位置が、ぐちゃぐちゃに入れ替わります。ただし、〔マーカー〕は、1の付く階にしか動きません。例示します。地下1階が地下31階になる。地下81階が地下61階に動く、などです』
確かに、そうだった。
中央に残された色付き階は、居残り組だけで、フルーツバスケットをやっていたのだ。
だんだら模様の、色の順番が入れ替わっている。
「じゃ、今度は俺が“シャッフル”するぞ。振り出し地点に行く必要があるからな」
超低音の声が、手摺の上から掛かった。
「ド・ジョー、どこにいたの?」
ふむふむ聞き入っていた三人を代表して、暁が驚いた顔で聞く。
ピンクネズミも、いつの間にやら、暁の肩に戻っている。
金色のドジョウは、にやりと笑った。
片方の目だけを吊り上げた、独特の表情だ。
「なあに。ずっと、いたさ。次は、もうちっと揺れるぜ。気を付けてくれよ」
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