ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

6.永えのピョートル(とこしえのピョートル)(1)

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6.永とこしえのピョートル(1)

ディスプレイに映(うつ)った青年(せいねん)は、穏(おだ)やかな笑(え)みを浮(う)かべた。
『よろしく。私(わたし)は「永(とこし)えのピョートル」と呼(よ)ばれている。ずっと前(まえ)から、この「人(ひと)の針(はり)」に乗(の)ってる者(もの)だよ。時折(ときおり)、針(はり)の反対側(はんたいがわ)に迷(まよ)い込(こ)んだ人(ひと)が乗(の)ることがあるが、こんなに沢山(たくさん)の子供(こども)と話(はな)すのは、初(はじ)めてだ。嬉(うれ)しいよ』

口調(くちょう)も柔(やわ)らかい。
背広(せびろ)姿(すがた)なのだが、見(み)たことがないレトロなデザインだ。

暁(あかつき)が、首(くび)を傾(かし)げた。
「とこしえ? ってなに?」
『永(なが)く変(か)わらないこと。いつまでも続(つづ)くこと。永久(えいきゅう)』
即座(そくざ)に、案内板(あんないばん)の音声(おんせい)が、エレベーターの室内(しつない)に降(ふ)ってくる。

「ふ~ん」
子(こ)ども三人(さんにん)は、感心(かんしん)して頷(うなず)いた。
碧(あおい)だけは、頭(あたま)を抱(かか)えて呻(うめ)いた。
「暁(あかつき)、来年(らいねん)は受験(じゅけん)だぞ。大丈夫(だいじょうぶ)なのか? 絶対(ぜったい)に、今(いま)、覚(おぼ)えろよな! テストに出(で)るぞ」

「ピョートルさんは、ずっと乗(の)ってて、何(なに)をしてるの?」
しかし、そんな小言(こごと)は言(い)われ慣(な)れているのだ。
暁(あかつき)は、自然(しぜん)に無視(むし)して、次(つぎ)の質問(しつもん)に移(うつ)っていた。

『私(わたし)かい? そうだな……。順(じゅん)を追(お)って、お話(はなし)しようか。まず、下(した)を見(み)たまえ』
ディスプレイの中(なか)の青年(せいねん)は、時代(じだい)がかった身振(みぶ)りで下界(げかい)を指(さ)し示(しめ)した。

広大(こうだい)な筒(つつ)の底(そこ)は、いろんな青(あお)の見本(みほん)市(いち)だ。
キラキラ埋(う)め尽(つ)くされている。

『綺麗(きれい)だろう。数多(あまた)の宝石(ほうせき)が浮(う)かんでいる。これは、人間(にんげん)の思(おも)いなのだ。笑(わら)い。悲(かな)しみ。怒(いか)り。そして、喜(よろこ)び』

一色(いっしょく)ではない。喜(よろこ)びに悲(かな)しみが混(ま)じり、怒(いか)りに笑(わら)いが入(はい)ってしまうこともある。
千差万別(せんさばんべつ)の輝(かがや)きを放(はな)ちながら、生(う)まれては、やがて消(き)えていく。古(いにしえ)より変(か)わらない、人(ひと)の思(おも)い。

『人(ひと)は生(い)きる。そして、人(ひと)と出会(であ)う。寄(よ)り添(そ)い、離(はな)れていく。人(ひと)は、人(ひと)と関(かか)わることで、新(あら)たな模様(もよう)を描(えが)き出(だ)す』
万華鏡(まんげきょう)のように。
絶(た)え間(ま)なく変化(へんか)し続(つづ)けながら。

動(うご)く肖像画(しょうぞうが)は、笑(え)みを浮(う)かべた。
『そして、様々(さまざま)なものを創(つく)り出(だ)すのだ。そのうちの一(ひと)つを、お目(め)に掛(か)けるとしよう』

すっ
ピョートルが、腕(うで)を構(かま)えた。
そして、小刻(こきざ)みに動(うご)かし始(はじ)めた。
手(て)で、何(なに)かに語(かた)りかけるような仕草(しぐさ)だ。

音(おと)が応(こた)えた。
微(かす)かな音色(ねいろ)が、徐々(じょじょ)に大(おお)きくなっていく。

「あ、これ知(し)ってる。バレエの音楽(おんがく)だよ」
暁(あかつき)は、けっこうクラシックバレエに詳(くわ)しい。
情(じょう)操(そう)教育(きょういく)と自(みずか)らの趣味(しゅみ)を押(お)し付(つ)けた、母親(ははおや)の苦労(くろう)の賜(たま)物(もの)だ。

「くるみ割(わ)り人形(にんぎょう)。だよね、碧(あおい)」
「ああ。クリスマスに、観(み)に行(い)くやつな」
碧(あおい)も、ほぼ毎年(まいとし)、連(つ)れ出(だ)されている。
もはや年(ねん)中(ちゅう)行(ぎょう)事(じ)だ。

「なんか、聞(き)いたことがあるかなあ……」
陽(よう)は、自信(じしん)なさげだ。
「お話(はなし)なら、絵本(えほん)で読(よ)んだ」
小(ちい)さく、桃(もも)が述(の)べた。

うきうきする音色(ねいろ)が、クリスマスパーティーの始(はじ)まりを告(つ)げる。
招(まね)かれた客(きゃく)人(じん)たちが、こぞってシュトゥールバウム家(け)に向(む)かって行(い)く。

メリークリスマス!
輝(かがや)くツリーに、リボンで飾(かざ)られたプレゼント。
「これは、お前(まえ)にだよ」
ドロッセルマイヤー伯父(おじ)さんがクララに贈(おく)ったのは、くるみ割(わ)り人形(にんぎょう)だ。

「永(とこし)えのピョートル」は、目(め)をつむり、無心(むしん)にタクトを振(ふ)っていた。
と、ぱっちり、こちらを見(み)た。
いたずらっぽく笑(わら)いかけてくる。

あれ? なんか違(ちが)う?
暁(あかつき)だけが、一人(ひとり)、首(くび)を傾(かし)げた。
こんなに、おじさんだったっけ?

ぱっ
ディスプレイが、もうひとつ、ピョートルの下(した)に出現(しゅつげん)した。
青(あお)い水面(みなも)が映(うつ)る。近(ちか)づいた映像(えいぞう)だ。
浮(う)かんでいる宝石(ほうせき)が、はっきり見(み)えた。

それは、ぴちぴち水面(すいめん)を跳(は)ねていた。
みんな、細長(ほそなが)い。
活(い)きのいい魚(さかな)のように、こぞって身(み)を躍(おど)らせている。

ピョートルが口(くち)を開(ひら)いた。
『よく見(み)てごらん。宝石(ほうせき)は、杼(ひ)なのだ。シャトルとも言(い)う』

ぱしゃん
乳白色(にゅうはくしょく)の宝石(ほうせき)が、トビウオのように飛(と)んだ。
オパールのように輝(かがや)く、白(しろ)い糸(いと)を引(ひ)いて。
ぽちゃり
着水(ちゃくすい)する。
すると。反対側(はんたいがわ)から、別(べつ)の魚体(ぎょたい)が飛(と)んだ。
今度(こんど)は、エメラルドだ。
青緑(あおみどり)の糸(いと)を引(ひ)いて飛(と)んだ。

ぱしゃん ぽちゃり
ぱしゃん ぽちゃり

飛(と)び交(こう)う宝石(ほうせき)の魚(さかな)たちは、行(い)っては帰(かえ)りを繰(く)り返(かえ)す。
そして、みるみるうちに、布地(ぬのじ)を織(お)り上(あ)げていった。

『分(わ)かるかい? 経糸(たていと)は透明(とうめい)なんだ。目(め)に見(み)えない、時間(じかん)という代物(しろもの)だ。人(ひと)の思(おも)いが、緯(よこ)糸(いと)となる。そして、織(お)り上(あ)げていくのだ。時(とき)の筒(つつ)に、芸術(げいじゅつ)という織物(おりもの)を』

音楽(おんがく)、絵画(かいが)、歌(うた)、お話(はなし)。そして、踊(おど)り。
多岐(たき)にわたる。それらは、時(とき)を経(へ)るにつれて、様変(さまが)わりしていく。

ゆらり
織(お)り上(あ)がった布地(ぬのじ)が、舞(ま)い上(あ)がった。
あっちでも、こっちでも。
色(いろ)も模様(もよう)も、それぞれ異(こと)なった織(おり)物(もの)となって。

すい~
一枚(いちまい)が、エレベーターの箱(はこ)まで上(あ)がって来(き)た。
暁(あかつき)たちの目(め)の前(まえ)で止(と)まると、スクリーンのように平(たい)らに広(ひろ)がる。
かなり大(おお)きい。エレベーターの壁面(へきめん)よりも、幅(はば)がある。

「楽譜(がくふ)みたいな柄(がら)だな」
碧(あおい)が評(ひょう)した途端(とたん)、布地(ぬのじ)に描(か)かれた模(も)様(よう)は、ぐにゃりと歪(ゆが)んだ。
どんどん変(か)わっていく。
人(ひと)の形(かたち)になった。そして踊(おど)り出(だ)す。

「バレエだ!」
いち早(はや)く、暁(あかつき)が叫(さけ)んだ。

くるみ割(わ)り人形(にんぎょう)の音楽(おんがく)に合(あ)わせて、クララが踊(おど)っている。
金平(こんぺい)糖(とう)の精(せい)。悪(わる)い鼠(ねずみ)のマウゼリンクス。
まるで立体(りったい)映像(えいぞう)だ。

「すごい! 桃(もも)ちゃん、こっちにおいでよ。そこじゃ見(み)えにくいでしょう」
暁(あかつき)が、興奮(こうふん)して手招(てまね)きした。
高(たか)い所(ところ)が苦手(にがて)な桃(もも)を慮(おもんぱか)って、付(つ)け加(くわ)える。
「大丈夫(だいじょうぶ)。さっきより高(たか)くないよ。ずいぶん下(した)まで降(お)りてきたから」

「え……でも……」
「マダム・チュウ+(プラス)9(スリー)9(ナイ)9(ン)も、こっちに来(く)ればいいんじゃない?」
ピンクの巨大(きょだい)毛玉(けだま)に引(ひ)っ付(つ)いている桃(もも)に、碧(あおい)が提案(ていあん)した。現実的(げんじつてき)な対応(たいおう)策(さく)だ。

「んま! お誘(さそ)い頂(いただ)いちゃったわん」
マダム・チュウ+999は、目(め)をハートにした。絶対(ぜったい)、なにか誤解(ごかい)している。
ピンクネズミは、むりやり桃(もも)の手(て)を引(ひ)っ掴(つか)むと、碧(あおい)の隣(となり)に割(わ)り込(こ)んできた。鼻息(はないき)が荒(あら)い。

壁(かべ)は鈴(すず)なりだ。
「うわっ。ちょっと、狭(せま)い! なんだって、今日(きょう)はそんなに大(おお)きいんだよ。一体(いったい)、何(なに)が入(はい)ってるの?」
碧(あおい)が、ピンクネズミに、ぶうぶう文句(もんく)を言(い)う。
「うふん。後(あと)で使(つか)うものよ~」

勢(いきお)いで、みんなと並(なら)んだ桃(もも)は、真下(ました)を覗(のぞ)き込(こ)んで青(あお)ざめた。
暁(あかつき)ったら。まだまだ高(たか)いじゃない!

「ほら、コアラでいいか?」
兄(あに)が腕(うで)を差(さ)し出(だ)す。桃(もも)は頷(うなず)くと、両手(りょうて)で縋(すが)りついた。
ユーカリの木(き)にくっ付(つ)く、コアラの出(で)来(き)上(あ)がりだ。

「見(み)れる? 桃(もも)ちゃん」
碧(あおい)に尋(たず)ねられて、桃(もも)は小(ちい)さく答(こた)えた。
「うん。なんとか大丈夫(だいじょうぶ)」

「あれ? あそこ、何(なん)だろ?」
急(きゅう)に、暁(あかつき)が言(い)い出(だ)した。
織物(おりもの)の右下(みぎした)を指(ゆび)さしている。

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