ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

8.嘆きの湖(なげきのみずうみ)(1)

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8.なげきのみずうみ(1)

ばったん!
エレベーターが、冗談(じょうだん)みたいに(ひら)いた。
普通(ふつう)に、()(ぐち)がスライドして(ひら)いたのではない。
(かべ)一枚(いちまい)(うえ)()()がったのだ。
(はこ)展開(てんかい)するみたいに。

(もも)~、()りるぞー」
「よかったね! 無事(ぶじ)()いて」
「おい、(はし)るなよ、(あかつき)

乗客(じょうきゃく)は、ぞろぞろと()りた。
観光(かんこう)バスから降車(こうしゃ)する団体客(だんたいきゃく)のようだ。
まるで緊張感(きんちょうかん)がない。
(もも)ちゃんは、(よう)()っこされたままだ。

マダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()は、ちゃっかり、(あおい)のフードに()()んだ。
()れというのは(おそ)ろしい。(あおい)文句(もんく)()うのを(わす)れている。

ぺらり
フィルムのような(かげ)が、最後(さいご)(つづ)いた。
だが、(だれ)()づかない。

「わあー、(ひろ)いね」
()かれた(あかつき)が、ぐるぐる回転(かいてん)して、(みずうみ)見渡(みわた)した。
()ろされた場所(ばしょ)は、小島(こじま)だった。(みずうみ)()かんだ、()(しろ)(いし)(しま)だ。
つるつるで、なんにもない。

(さい)(だん)か、ステージみたいだな」
(あおい)見回(みまわ)して()うと、(うし)ろから(よう)注意(ちゅうい)()んだ。
「そこ、(みぞ)があるから()をつけろよ」
本当(ほんとう)だ。
(もも)()っこしながら、よく()()(とど)くものだ。危険(きけん)感知(かんち)する「お(にい)ちゃんセンサー」は、今日(きょう)絶好調(ぜっこうちょう)である。

ぴょん、と(あかつき)()()えた。
(はば)は、そう(ひろ)くはない。
だが、(ふか)い。(みず)()まっている。ちょっとした(よう)水路(すいろ)だ。
そして、直線(ちょくせん)ではなく、カーブを(えが)いている。

(あおい)は、小島(こじま)全体(ぜんたい)見渡(みわた)した。
ああ、そうか。
(よう)(たち)にも、()()(しめ)しながら(つた)える。
()て。この(みぞ)(まる)(かたち)になってるんだ。エレベーターは、この()(なか)()りてるだろ。着地用(ちゃくちよう)目印(めじるし)なのかも」

楕円形(だえんけい)の、(しろ)(しま)。その()(なか)に、正確(せいかく)円形(えんけい)()られている。
あれ? (あかつき)()づいた。
「ここ、さっき(うえ)から()(しま)(おな)じみたい」

「そうだな。あっちに()えるぞ」
(よう)が、ハイスペックな視力(しりょく)で、すぐに()つけた。(はな)れて湖面(こめん)(なら)ぶ、双子(ふたご)小島(こじま)だ。

(あかつき)は、(しま)(きわ)まで()くと、(ひざ)小僧(こぞう)()いて、べろりと(した)(のぞ)()んだ。
本日(ほんじつ)も、ジーンズでよかったと(おも)えるポーズである。

すぐ(した)湖面(こめん)だった。
()んだ(みず)だ。水底(みなぞこ)に、びっしりと(まる)(いし)()()められているのが()()れる。

あんまり(ふか)くなさそう。
(つか)かったとしても、(ふと)(もも)くらいまでかな。
「まさかとは(おも)うが、()()むなよ」
幼馴染(おさななじみ)が、(うし)ろで仁王(におう)()ちしていた。
エスパー()みに思考(しこう)()んでくる。

ぴょこん
(あおい)のフードから、マダム・チュウ+999が()()した。
「いやねえ。さすがに、そんなことしないでしょ。(あおい)ったら、(うたぐ)(ぶか)いわねん」
ちょろちょろ、(あかつき)(かた)()っかりながら()う。

「こいつは前科(ぜんか)があるんだよ」
ガルニエ(きゅう)で、オーケストラの(いずみ)にダイブした(やつ)だ。(げん)に、ぶつぶつ()っている。
「サンダルだったら、よかったのになあ~」

「あのなあ……」
(あき)()てた(こえ)が、湖面(こめん)から()こえて()た。
年寄(としよ)りのウシガエルより、さらに(ひく)(こえ)(ぬし)だ。(あおい)には、一人(ひとり)しか(おも)()かばない。
いや、一匹(いっぴき)しか。

「あ、ド・ジョー! ひさしぶり~」
(あかつき)が、呑気(のんき)挨拶(あいさつ)した。(うれ)しそうに(わら)う。

金色(きんいろ)のドジョウが、()っていた。
(さかな)のくせに、人間(にんげん)みたいな恰好(かっこう)だ。
トレンチコートとソフト(ぼう)まで()()けている。
ただし、材質(ざいしつ)(みず)だ。(みず)(あやつ)り、その(かたち)にして()(まと)わせているのである。

ド・ジョーは、()()がらせた(みず)(ばしら)(うえ)()っていた。(まえ)()わらない。
でも、苦虫(にがむし)をかみつぶしたような(かお)をしている。

(ひさ)しぶり~、じゃねえ! もう()るなって()っただろうが。こら、(あおい)!」
ド・ジョーは、いきなり怒声(どせい)()びせてきた。
(いか)りで、さらに(ひく)(こえ)になっている。

「えー。だって、みかげに()れてこられちゃったんだもん。()()(こう)(りょく)だって」
(あおい)弁明(べんめい)すると、(ほこ)(さき)()わった。

「おい! ネズミの(おく)さんよ。あんた、()められなかったのか。(なに)やってんだよ!」
「あら~ん、ごめんなさいね。でも、この()たちなら大丈夫(だいじょうぶ)よお。きっと」
()てしなく能天気(のうてんき)返事(へんじ)だ。
こいつは、(なに)(かんが)えていやがらない。

「あああ……しかも()えてやがる。その、ちっちゃいお(じょう)ちゃんは(だれ)だ? なんで()っこされてる。怪我(けが)でもしたのか?」

おろおろする、ハードボイルドなドジョウである。とても(めずら)しい。
(よう)が、ゆっくりと(いもうと)()ろした。
()たされた(もも)は、唖然(あぜん)とした(かお)でド・ジョーを()つめていた。無理(むり)もない。

だが、(しゃべ)るオネエなネズミがいるのである。
(おな)じく、人語(じんご)(かい)する金色(きんいろ)のドジョウがいたって、おかしくない。

「えっと、こんにちは。大丈夫(だいじょうぶ)です」
(ちい)さな(こえ)会釈(えしゃく)する、()()()(もも)であった。
()()()()一員(いちいん)たる(もの)(ひと)言葉(ことば)(はな)相手(あいて)には、挨拶(あいさつ)をせねばならない。

(よう)が、のんびりと補足(ほそく)した。
(おれ)(いもうと)(もも)っていうんだ」
(いもうと)なのか。いや、()れてくんなって……」
弱弱(よわよわ)しく、ド・ジョーが(とが)めた。

ばたん!
突然(とつぜん)小島(こじま)(おお)きな(おと)がした。
みんな、(そろ)って(かお)()ける。
()って()たエレベーターが、()じていた。
入口(いりぐち)一枚(いちまい)だけ、かぱっと展開(てんかい)されていたのが、透明(とうめい)直方体(ちょくほうたい)(もど)っている。

「しかたねえ。また、あれに()っても、どうせ現実(げんじつ)世界(せかい)には(かえ)れねえだろう。とっとと(かた)づけちまうか」
ド・ジョーは、(でん)(ぽう)口調(くちょう)()()てた。
「いいか。このまま、その(はし)っこにいろよ。こっち()んじゃねえぞ!」

金色(きんいろ)魚体(ぎょたい)が、()ねた。
(きら)めきながら水中(すいちゅう)()()むと、ぐんぐん(およ)いで()く。もう、()えない。

ごううう……
湖面(こめん)も、()()した。
(みず)が、(ごう)(おん)(とも)に、()()がっていく。
あっという()に、ぶっとい水柱(みずばしら)出来(でき)()がりだ。

(あかつき)(たち)は、(みみ)(ふさ)ぎながら、()()()った。
すぐ()(まえ)に、水柱(みずばしら)(せま)って()る。
エレベーターの(はこ)が、(はしら)天辺(てっぺん)()っかった。
あり()ないだろう、という(うご)きである。
でも、これがド・ジョーの能力(のうりょく)なのだ。

ぐおおおおお……
(すさ)まじい(おと)だ。さぞ(おも)たいだろうに、水柱(みずばしら)はそのまま、ぐんぐんと天井(てんじょう)()びていく。

「ちょっと、これ、大丈夫(だいじょうぶ)なの? マダム・チュウ+999!」
(あおい)怒鳴(どな)った。でも、小声(こごえ)にしか()こえない。

「あらん。ド・ジョーに(まか)せておけば、大丈夫(だいじょうぶ)よ~」
(かる)調子(ちょうし)で、(あかつき)(かた)()ったピンクネズミは、保証(ほしょう)した。
(となり)()(あおい)(みみ)に、(くち)()せて(しゃべ)る。
仕草(しぐさ)が、いちいちオネエだ。

(ごく)(ぶと)水柱(みずばしら)()っかったエレベーターは、どんどん上昇(じょうしょう)していく。

ぐらり
いきなり、(みず)(はしら)(ゆが)んだ。
(たか)()()げられていた(はこ)が、よろりと(かたむ)く。
(あぶ)ない!」
(よう)(さけ)んだ。

ごおおおおっ
より(すさ)まじい水流(すいりゅう)が、湖面(こめん)から()()った。
まるで、(りゅう)だ。(みず)出来(でき)細長(ほそなが)(からだ)を、エレベーターの(はこ)(から)ませて、一息(ひといき)(うえ)(はこ)んでいく。

(はる)上空(じょうくう)に、(いわ)天井(てんじょう)()えた。
真上(まうえ)に、(おお)きな(あな)(ひら)いている。

がんっ
(すい)(りゅう)は、エレベーターの(はこ)(あな)(いきお)いよく(たた)()んだ。
そして、自分(じぶん)一緒(いっしょ)(あな)(なか)姿(すがた)()す。
(ごく)(ふと)水柱(みずばしら)も、ぶちりと湖面(こめん)から()()られると、(あな)()()まれていった。
一丁(いっちょう)()がりだ。

「お~!」
小島(こじま)()っている面々(めんめん)は、大迫力(だいはくりょく)のウオーターショーに、思わず(はく)(しゅ)(かっ)(さい)した。
さすがは、ド・ジョーだ。

すると、(きゅう)(もも)(いき)をのんだ。
なぜか、(あおい)()つめながら(くち)(ひら)く。
気遣(きづか)わし()表情(ひょうじょう)だ。
「バッグ、みんなエレベーターに()いてきちゃった」

「あー!」
地底(ちてい)()空間(くうかん)に、(あおい)(さけ)びが木霊(こだま)した。

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